33 テロリストになった令嬢
アイがルカとともに消えた翌日。
都市、ミトナの屋台街に、呆けた表情のアイと、ルカの姿があった。
アイは、長身のルカの隣でその腕を取り、普段身に着けているのとは違う純白のワンピースを身に着けていた。
「よし、ここだ。いいぞ」
「はい、ご主人様……」
アイはそうつぶやくと、突然地面に手をかざし、剣山のように氷柱を自分を中心にしていくつも生やした。
「う、うわぁぁぁ!!!!」
数人が氷柱に吹っ飛ばされ、大勢でごった返していた屋台街から、人々が逃げ惑う。
「氷?氷魔法だ!」
悲鳴が響くが、アイは表情一つ変えない。
ルカが屋台を指さした。
すると、アイはその屋台をいくつもの氷柱で吹き飛ばした。
「うわぁぁ!!」
もともと人々が大声で叫んでいたところに、更に大きな悲鳴が局所的に響く。
木でできた簡素な屋台は、爆発でもするかのように軽々と吹き飛ばされ、その木々をまき散らす。
「いいぞ、アイ。あっちもだ」
アイは指示される通りに、ほとんど全ての屋台を氷魔法で吹き飛ばして行った。
「何をやっている!」
駆けつけて来た憲兵達を見ると、巨大な氷の壁で、進路を塞いだ。
「楽しいな、アイ!逃げるぞ」
氷の壁に塞がれているうちに、逃げ惑う人々に紛れ、アイとルカはその場所から姿を消した。
また、別の時間、ミトナの別の大通りの、建物の屋根の上に、ルカとアイが座っていた。
「さぁ、アイ。ここから氷の雨を降らせたら、楽しいと思わないか?」
ルカはアイの肩を抱き、耳元で囁いた。
「そうですね、ご主人様」
アイは虚ろな目で、ルカに身体を預けた。
「やるんだ。徐々に、粒を大きくしていくんだぞ」
下の通りを歩いていた一人の男が、上から降ってくる白いものに気づいた。
「雪……?ミトナで雪なんて……」
しかし、掌に落ちたそれは、体温ですぐに溶け、明らかに雪そのものだった。
見上げると、白い衣服の美しい少女が、屋根の上に立っていた。
「あの子が降らせているのか?」
ぱた、ぱた、と、雪の粒が大きくなっていったかと思うと、硬い小さなあられ……氷の粒が降り始めた。
人々が、空を見上げ、少女を目にし、奇妙だと思いながらも、足早に過ぎ去っていく。
それがいつしか、目に見えて大きな固まり、ひょうになり、地面に叩きつけられる大きな音がし始める。
何人かがそれにぶつかり、うずくまりながら建物に避難する。
大通りの一区画だけに氷が降り注ぎ、さらに大きく、氷の剣となって地面に突き刺さる。
石畳がえぐれ、めくれ、飛び散る。
そんな異常に近づかずに、人々は恐れながら、屋根の上にいる少女の姿をじっと見ていた。
その日、街のいたるところで、白い服の美しい少女が、氷魔法で破壊活動をする姿が目撃されたのだった。
「なんてことだ……」
ビィフは何度も騒動がある場所に駆けつけたが、到着するといつも、すでにそこに犯人の姿はなく、氷の残骸だけが残されていた。
「酔った僕にめちゃくちゃ怒ってるわけじゃないよな……?どっちにしろ、このままじゃ帰れない……アイさんの無事を確認しないと」
ビィフはミトナを駆けまわって探したが、次の日以降、全く事件は起こらず、アイを見つけることもできなかった。
しばらくすると、ミトナで騒ぎが起こることはなくなり、アイの目撃情報が得られなくなった。
手がかりの無くなったビィフは、アイがもはやここにはいないと考え、最も近い都市へと向かった。
ツァータというミトナの東の都市……もし、アイが東の自分の屋敷へ向かうなら通るはずの都市へ、ビィフはたどり着いた。
「あの~すみません、人を探していて……」
ビィフは屋台で果物を売る男に声をかけた。
「ほう……どんな相手だ?見ての通り、大通り沿いで毎日店を出しているから、見かけているかもしれねえが……」
「あ、これを一つください」
ビィフが手前にあった食べやすそうな果実を、硬貨と共に店主へと渡した。
「毎度。交渉上手だな、坊や」
まずは物を買っていけ、と心の奥で思っていた店主も、つっかかっていたものが取れたように、笑顔になった。
「こういう人なんですが……」
ビィフが杖をかざすと、その先端にの空中に映し出されるように、小さく薄い映像が浮かび上がった。
アイの上半身の映像が、一定のサイクルで再生されている。
肘をついて、少し面倒そうにビィフを見るアイの姿は、ビィフが酒場で見た、記憶にある限りの最後の姿だ。
派手ではなかったが、モカに教わっているビィフだからこそ、使える魔法でもあった。
「こりゃたまげたな」
店主は見たこともない魔法に目を見張ったが、杖の先に浮かぶアイの映像を見て、何かに気付く。
「おいおい、この女は、ツァータで手配中だぞ。俺も被害にあったんだ!」
「えぇっ?!」
「長身の男と一緒でな……男が果物を勝手に持って行こうとしたから注意したら、女が氷の剣で脅してきたんだ。”ご主人様に何か用か”とか何とかいってな」
「ご主人様……」
ビィフが知っている限り、アイは使用人を使う立場であっても、誰かに仕えるような立場ではないはずだ。
「それからほどなくして、二人の手配書が出回ったんだ。きっと他でも色々やってるんだろうな、ほら、これだ」
男が差し出した手配書には、黒髪の女性と、同じく長い黒髪の男性が描かれた手配書があった。
見慣れない服を着た姿で描かれているが、きりっとした顔の特徴なども、よくアイの姿を捉えて描かれていた。
「アイさんだ。間違いない……やはり、催眠魔法か」
長身の男と一緒に行動していると聞いた時点で、もしかして、とは思っていたが、その可能性が高いと、ビィフは思った。
しかし、アイに記憶が戻って、別人のようになってしまった可能性も捨てきれていなかった。




