32 催眠
アイはモカの計らいで、ビィフに案内されて森を出て自分の家への旅を開始していた。
森には魔物も多数いるようだったが、ビィフにとっては庭のようなところらしく、大きな問題もなく、無事に森を抜け、最初の都市にたどり着くことができた。
「ここが自由都市国家連合、最南の都市、”ミトナ”ですよ!」
高い防壁に囲まれて、中が見えなかったが、入ると、中には背の高い建物が多く並んでおり、買い物をする人々もたくさん行きかっていた。
「ミトナの特徴は森で取れる果物、動物や、伐採した木々が多く集まる都市というところですね。魔物が多い森と近いこともあり、都市国家連合の防波堤のような役割も持っているんですよ」
ビィフの説明を聞きながら、アイはきょろきょろとあたりを見回しながら歩を進める。
確かに、動物の皮や、伐採された木材が、馬に引かれて多く運ばれている。
「森から近いこともあって、僕が主に利用するのもこの都市の商店なんです」
「へぇ~、すごいとこだ。久々にビィフとモカさん以外の人間を目の当たりにしたきがするよ」
「言われてみればそうですね」
ビィフはそう言って笑った。
その後ビィフに連れられて、アイ達は宿屋に泊まることになった。
部屋はそれほど広くなかったが、広いベッドと小さな机、大きな窓のあるところで、落ち着けそうなところだった。
「それじゃあ、僕は隣の部屋にいますから、何かあったら呼んでくださいね」
「え?一緒に泊らないの?」
「何、言ってるんですか……」
ビィフが珍しく、照れたように顔を赤らめた。
「あ、いや、だって、ビィフは私の中身が男だって知ってるじゃん!」
「知ってたって意識するものは意識するでしょ!」
何故かむきになって、ビィフも言い返した。
「え?あ、そう?」
そこまで言われるとアイも照れて、おとなしく引き下がった。
しばらくして、ビィフに呼ばれると、晩御飯を食べに酒場へ向かった。
「アイさんはねぇ、油断しすぎなんです。だいたい……」
向かいに座る、酒の入ったビィフが、よれよれの声でアイに言う。
この世界では、ビィフくらいの年頃なら、平気でお酒を飲むようだ。
「まぁ、まぁ、ビィフ、飲みすぎなんじゃない?」
「飲まずにいられますかぁ……アイさんはねぇ。まずその姿が可愛い。可愛いんですよ?中身が男とかしらないです。それなのに油断しすぎで距離近いし、平気でくっついてくるし、どうしてくれるんですか?僕の性癖が歪んじゃったのを!責任取ってくださいよ……」
「性癖とか言うな……」
思っていたことを吐き出したビィフに、アイは戸惑う。
そんな目で見られていたのか。
宿屋の部屋が別でよかった、とアイは今さらほっとしていた。
「僕なんて、ほんと、どうです?僕はこれでも伝説の魔法使いの弟子ですよ?モカさんはすごいんだぁ……モカさんのすごさ、しらないでしょう。他の誰に聞いたってわかるんですよ。アイさんは他の世界から来たから知らないけど……そこがいいんですけどね。僕が、モカさんの弟子だって聞けば、みんなモカさんと会いたいとしか思わない。でも僕だってちょっとは、すごいんですよぉ」
「う、うん……そうだよね……ビィフもすごいと思うよ」
アイはとりあえずでビィフをなだめる。
「ほんとにそう思ってます?じゃあ僕と一緒にいてくださいよ。それで、おっけーって、ことですよね?」
「うーん、まずはお酒をやめたら、考えるかな?」
にわかに辺りの人々の注目を集め出したビィフの熱烈なアタックを、なんとかやめさせようと、アイはそう言う。
「アイさんはずるい……そうやってかわして、僕のことなんて何とも思ってないんだ……アイさんは……ずるいんだ……」
そう言うと、目をとろんとさせ、ビィフはそのまま机に顔を突っ伏した。
「ビィフ?」
返事は無い。
ふーっと、アイはため息を吐いた。
なんだ、この激重変態少年は。
相手が男だろうとお構いなしとは。
今まで純粋で、アイの為にわざわざ付いてきてくれる優しい少年というイメージだったのに、一気に崩れ去った。
もう二度と、自分の前では酒を飲ませないと、アイは固く誓った。
アイはビィフに肩を貸して、よろよろと歩き、宿屋へ帰った。
「アイさん……あいさぁん……」
起きているのか寝ているのか、アイの名前を呼び続けるよっぱらいをアイはベッドに寝かし、自室へと戻った。
「はー、疲れた……」
アイは薄暗い部屋の中で、ようやく一息ついた。
ぞっと寒気がした。
部屋の中に、人影があることに気づいたのだ。
「誰……!」
「おかえり、アイ」
暗い部屋の中に、何故か真っ赤な瞳だけが、光を反射したように輝いていた。
アイがそれを見ていると、なぜかそこから目が離せなくなる。
「あ、れ……」
「よぉーく見て……俺の目を見るんだ」
男が近づいてくる。
アイよりかなり背が高い。
アイは身体が固まったように、動けない。
「ほら、もう目が離せない」
言葉通りに、アイはそれ以外のことを全て忘れるほど集中して、男の目を覗き込んでいた。
男はアイの肩を両手で掴み、目と鼻の先に顔を近づける。
まずい、これ以上見てはだめだ、と思っているのに、魅入られるようにじっと見てしまう。
「あ……」
「スクリーム家のアイだな?」
「はい……」
虚ろな目で、ため息でもつくような声で、アイは返事をした。
「あぁ……嬉しいな。君が綺麗でよかった。君が好みじゃなかったら、命令に背いて殺して終わらせてしまうところだったよ……」
ミストと以前話していたその男、ルカは、興奮してそう言うと、アイの頬を撫でた。
「いいかい?これからは俺が君のご主人様だ。何でも言うことを聞くんだよ?」
「はい……ご主人様……」
光を失った目で、アイはそう答えた。
翌日、はっと目を覚ましたビィフが上体を起こすと、残った酒で頭がガンガンと痛んだ。
「痛っ……」
街の遠くの方から、人々が大声で叫ぶのが、微かに聞こえ、祭りでもあるのだろうか?とビィフは思った。
しかし、嫌な予感がして、アイの部屋を訪ねると、扉が開いており、中にアイはいなかった。
モカに持たされた荷物はそのままに、それどころか普段着まで部屋に置かれていた。
「まずい……まずいまずいまずい……!」
完全に自分の失態だ!ビィフは瞬時に部屋から駆け出した。
遠くで聞こえる叫び声が、アイに関係ないといいのだが。




