表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/109

31 疑念


 ネロを行かせた後、カラムは少し冷静になって思案することができた。


「マドレーヌか、アイか、選ばせたのは、何故だ?」


 普通の場面であれば、カラムに人質を取った相手が要求するものなんて、カラムにも想像するのは容易い。

 抵抗せずに殺されろ、金品を用意しろ、騎士団長を降りろ、そういう要求だ。

 しかし、ミストが口にしたのは、そのどれでもなかった。


 あえて、二人をさらって一人を選ばせる……

 もし、そうする必要があるとしたら、動機は?


 私怨だ。


 単純に、カラム自身を可能な限り苦しめたいと思ったとき、二人の大事な女性を人質に取り、どちらかを選ばせるのは、実際にも効果はてきめんだった。

 自分を恨む人間は、いくらでもいるだろう、だが、そこまでして苦しめたいと思う相手となると、数は絞られるはずだ。


 最年少の紅蓮騎士団長。なぜ自分より先に上の立場に、と思う相手はいくらでもいるだろう。

 カラムに強い恨みを持つ人間……


 カラムは頭を振り払う。


 あまり、考えないようにしている。


 しかし、その考えは何度も頭に浮かんでくる。



 邪悪に、妖艶に、笑う美しい女。

 カラムがよく知る、以前の、アイ。


 他でもないカラムが階段から突き落としてしまって、記憶を失ったアイ。


 もし、アイが記憶を取り戻したら?


 以前よりも強く、カラムを恨み、最大限に苦しめようとするだろう。



 アイは殺されたと言われて以来、その姿を見たものはいない。

 殺されていない可能性だってある。捕らえられている可能性も。

 でも、彼女が首謀者の可能性も、状況的には否定できなかった。


「やめるんだ、カラム。妙なことを考えるな」


 カラムは自分に言い聞かせるように言った。

 アイの両親は、そんなことに協力する人たちには見えなかった。

 アイ、若い令嬢一人で、そんなことを計画できるとも思えない。


「失礼いたします」


「どうぞ」


 扉をノックし、マドレーヌが入室してきた。

 あれ以来、マドレーヌはカラムがいる騎士団の詰所に、よく来るようになっていた。


「お茶をお持ちしました。ストレスに効くんです」


 マドレーヌは柔らかく笑って、カラムの前にお茶を差し出した。


「ああ。すまないね」


 カラムがカップを口に運ぶと、甘い香りがしたが、味はそこまで甘すぎず、身体が温まり、少し落ち着いた。


「カラム様。どうですか?落ち着きました?」


 マドレーヌはカラムの耳元に、必要以上に近づくと、囁いた。


「あ、あぁ……」


「少し、眠くなるような、ぼんやりとするような、心地がするんじゃありません?」


「そう……だな……」


「どうか、休んでください。ストレスを溜めすぎると、何もかもがうまくいかなくなってしまいますよ」


 マドレーヌはカラムの頭を抱き、胸元に押し当てた。


「何を……」


「身を任せて……今だけは、全て忘れて……」


 カラムはぼーっとしてしまい、何も抵抗せず、頭を預けてしまっていた。


「もし、アイさんが記憶を取り戻したら……」


「あぁ」


「私は殺されてしまうでしょうね」


「どうしてそう思う?」


 マドレーヌから少し離れ、不審そうな顔をして、カラムが尋ねる。


「分からないふりをしないでください。カラム様だって、そう思うんでしょう?」


 ついさっき自分が考えていたことを、思い出してしまう。


 強い私怨をカラムに持ったアイが、記憶を取り戻し、マドレーヌを攫う。

 マドレーヌとアイの、どちらが大切か、最後に問う。

 それにマドレーヌと答えたカラムに、彼女は失望するだろう。


 その次にアイがすることは?

 だとすれば、何故あの時、マドレーヌを殺さなかった?


「だとすれば、君は、あの時殺されていてもおかしくなかった」


「アイさんが犯人だとお考えなんですか?」


 カラムははっとした。

 マドレーヌは、今回の件のアイが犯人だとか、そんなことは一言も口にしていない。


 記憶が戻ったアイは、マドレーヌを殺したいほど憎む、という話をしただけだろう。

 自分が勝手にマドレーヌの発言と、アイへの疑いを結びつけただけだ。


「もし、もしそうだとしたら。彼女が君を殺さない理由なんてないよな?だから君が、ここにいることは……彼女の無実の証明じゃないか?」


 カラムは、少し明るい表情で、マドレーヌを見上げた。


「カラム様は……女心をわかってらっしゃらないのね」


「そうか……?」


「そこで私を殺したら、カラム様は、一生死んだ私に心を奪われて、アイ様を愛さないかもしれない……」


「それは……」


「でも、逆にアイ様が亡くなったと聞かされたら?今のように、カラム様は私のことなんて忘れて、アイ様のことばかり考えてしまっているのに。その後、もし、無事に帰ってきたりしたら?」


 カラムは、そんなこと考えもしなかったというように、言葉を失った。

 確かに、今アイが、無事に戻ってきてくれたら、どんなに嬉しいことだろう。

 もう二度と、離すまいと、そう決意しただろう。


 しかし、マドレーヌの語ったことで、事前にカラムはそんな単純な思考回路を外されたような感じがした。


「カラム様。盲目になりすぎないで。……どうか落ち着いて。今、ここに、ちゃんと目の前にいる私と、一緒に考えませんか?」


 窓から指す光に照らされ、カラムから見たマドレーヌは、天使のように美しく見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ