30 万能の魔女
アイは森の魔法使いの小屋の中で、しばらく過ごさせてもらっていた。
モカは滅多に部屋から出てこなかったが、食事をするときだけは匂いにつられて出てきて、ビィフとアイと食卓を囲んだ。
アイにとっては、モカと話すチャンスはその時だけだった
「モカさん、それで、私の魔力が二人のものっていうお話ですが……」
「ひっ……話さなきゃだめぇ?」
モカは不安げにビィフの方を向いた。
「教えてあげましょうよ」
ビィフは子供を諭すように、モカにそう言った。
「むぅ……えっとね、言った通りだよ?あなたの氷魔法に馴染んだ魔力は、生まれた時からあなたの身体にあったもの。でも、もう半分は、この世界で見たことのない、魔力の色」
「色があるんですか?」
「ものの例えよぉ……揚げ足とらないでよぉ……」
「いえ、そんなつもりは……実は、その、聞いてほしい話があって……」
「なぁに?」
「私が……別の世界から来たって言ったら、信じてくれますか?」
モカの目つきが変わった。
「聞かせて」
アイは初めて、自分の身に起こったことをこの世界の人間に話した。
今まで誰に話したところで、信じてくれないだろうとは思っていたが、今ここで話せば、もしかしたら信じてくれるかもしれないと思ったのだ。
「そんな話……信じられない……」
隣で聞いていたビィフは、驚きながらそう言った。
モカは話を聞き終わると……ぶつぶつと独り言を言い始めた。
「神話に出てくるエピソードとは似ている……しかしあれは異世界を見た者の、こちらの世界への帰還だ……この者はこの世界に縁が無いと言った。二つのエピソードは階段から落ちる、という部分だけが共通している……」
「今までもそんな話はないのですね……」
「無い。私が最も有力だと思っているのは、君が異世界の、ニッポンとかいうところの、夢や妄想を見て、虚偽の記憶を持っているというものだ……」
「しかし……そんなレベルの記憶じゃないんです。聞かれたことは全て説明できます」
信じて欲しいと、アイは訴えるが、確かに言葉以外で証明する手段などない。
それを答え合わせするには、同じく現代日本を知っている相手がいないと不可能なのだ。
そうでなければ、アイが話したことは全て、想像力豊かな狂人の弁だろう。
「アイさんが、男の人……びっくりです」
ところがビィフは人を疑うことを知らないのか、アイの言っていることを信じ切った上で、驚いていた。
「でも、モカ先生がわからなかったら、この世界で分かる人なんていませんよ」
ビィフはアイに得意げにそう言った。
「言いすぎよぉ……」
対照的に、モカは不安げにそう言う。
「なんたって、モカ先生は、”万能の魔女”ですからね」
「万能?」
「ええ。モカ先生はどんな魔法でも使えるんです。ふつうは、一つの属性だけしか使えないか、訓練しても多少いろいろなものが使える程度なのですが、先生だけは、あらゆる魔法を自分のもののように使えるんです。世界一の魔法使いですよ」
「あなたもでしょぉ……」
モカはビィフにそう言った。
ビィフも同じようにどんな魔法でも使えるということだろうか。
「それに、貴女も、二種類あるって言ったでしょう?」
モカは相変わらず不安そうに、アイにそう言った。
「私も、氷以外の魔法を?」
モカはうなずいた。
「でも、何ができるのかはよくわからないわぁ……見たことがないから。研究してもいいなら、いろいろ実験させて欲しいけど」
「そうなんだ……実験って、どんな?」
「まずは頭を切り開いて……」
「パス」
「ちゃんと元に戻すから大丈夫よぉ……」
モカは、なんでーと玩具を取り上げられた子供のような顔をしている。
「ところで、アイさんはこれからどうするんですか?」
危ない話を遮り、ビィフが尋ねる。
「元の世界に戻りたいんだけど……」
モカは静かに首を横に振った。
「その辺の話はさっぱりよぉ……」
「じゃあせめて、家に帰りたいんだけど」
「だってぇビィフ、連れてってあげて」
「え、でも場所、わかるんですか?」
「スクリーム家でしょぉ?北上して、森を抜けたら、ずーっと東にいけば、あるから……」
そう言い残して、思い切ったようにスープを一気に飲み干すと、モカは再び自室に戻っていった。
「何でも知ってるんですね、モカさんは」
「なんたって万能ですから!」
自分のことのように誇らしげに、ビィフはそう言った。




