21 誘拐
「ハァ……!ハァ……!」
身動きし辛いメイド服で、ミルフィーユは必死で走っていた。
何かで眠らされ、目が覚めた時には、ミルフィーユだけが馬車の傍で倒れていた。
襲撃者たちは一人残さずその場を去っており、それどころか、アイとマドレーヌの姿も見当たらなかった。
ミルフィーユの懐には、脅迫状が持たされていた。
ミルフィーユはそれを持って、駆ける。
近くに村があったはず。
私はどれくらい寝ていたのだろうか?
道のり的には、屋敷へ帰るより、騎士団に助けを求めたほうがいい。
脅迫状の宛名も、ご主人様ではなく、カラム様へ宛てたものだった。
必死で走るが、歩きづらいヒールの高いブーツは何度も地面に足を取られ、ミルフィーユは頭から前に転んだ。
頬が痛い。
口の中で血の味がする。
もう、何度転んだかもわからない。
膝からは、血が流れてて、ブーツの中にまで垂れて来て気持ちが悪い。
汗で髪が顔に張り付く。
差し込む明かりを頼りに森を抜けると、すぐそばに村があった。
「やっと……!やっと……」
言葉にならない声で、ようやく少しほっとすると、ミルフィーユは村へと走った。
村へ入ると、既に中心部に、紅蓮騎士団員が数人いた。
「あっ!あなたは!」
騎士団の一人が、ミルフィーユを見つけて、駆け付けた。
「ハァ……ハァ……よかった……騎士団もこの村に来ていたんですね」
「お三方が到着しないので探し回っていたんです。何があったんですか?」
「こ、これを……これをカラムさん、に……」
ミルフィーユは息を切らしながら、脅迫状を差し出した。
騎士団員は顔面蒼白になり、直ぐに駆けだして行った。
ミルフィーユはその場にうずくまり、わんわん泣いた。
その声で数人の騎士団員が集まり、ミルフィーユはようやく保護されたのだった。
アイが、意識を取り戻すと、辺りが薄暗いことに気付いた。
ここはどこだろう、と見回すと、暗い部屋の真ん中に、ぽつんと椅子が置いてあり、座らされているようだった。
「ぅ……」
手足は縛られておらず、しかし思う様に動かなかった。
毒、だろうか。
ぼんやりと見える正面の扉が開き、大柄の男が入って来る。
「おい、マドレーヌ。お前は移動だ」
部屋の中にマドレーヌもいたらしい。
マドレーヌは男に言われるままについていく。
部屋を出る直前に、ちらりとアイの方を見たが、アイからは表情までは見えなかった。
意識がぼんやりとしている。
手足は痺れている。
でも、動かなくては。
ここから逃げ出さなくては。
「く……ぅ……」
動きたくない、と脳に伝えてくるかのような手足を、無理やり動かし、椅子から立ち上がる。
脚がガクガクと、嘘みたいに震え、アイは椅子にもたれようとしたが上手く掴めず、椅子ごと地面に倒れ込んだ。
「あっ……!」
痛みの伝わり方も、鈍い。
アイは身体を動かすのが面倒になり、立ち上がることもできなかった。
だるい。頭が痛い。
アイは地面に横たわったまま、動かずにいることしかできなかった。
しばらくすると、男二人が部屋の外で話す声が聞こえる。
「問題ないかな?」
「ああ。もういいのか?」
「俺が行ってしばらくしたら、殺すんだ。いいな?楽しめ。それで今回のお前の仕事はおしまいだ」
「楽な仕事だぜ」
「それにしても、何故いつもここなんだ?」
演技がかったような話し方をする男が尋ねる。
「兄貴、わかるだろう?塔の上でいい女をヤると、まるで一国の姫様をヤッてる気分になるんだよ」
「あぁ……そうかい。今回のはそれなりの身分だ。まぁ好きにしろ」
アイは虚ろな目で、部屋の外が青白く光るのを見た。
その後、外からは何も聞こえず、静かになった。
内心の焦りとは裏腹に、アイは少しも身体を動かせないでいたのだった。
カラムは、部下から報告を受けるとすぐに、部下を数人引き連れて、ミルフィーユのいる村へと向かった。
「何てことだ……!」
村についてすぐに、ミルフィーユが持ち帰った脅迫状を読み、手を震わせたが、それが恐怖ではなく怒りからなのは明白だった。
傍らに控えたネロが尋ねる。
「どういう要求だったんです?」
「婚約者を預かった。私一人で、北方の廃村に顔を出せと……」
「廃村……騎士団が手懐けたドラゴンの親が、焼いた村でしょうか」
「そこのことだろう。いくつか建物は残っていると聞いた」
「お供します。一人で行くことはありません」
「ああ。気づかれないように、廃村を取り囲め。隠密行動に長けた者を、副団長に選定させろ。村へは私一人で入る」
「し、しかし……!」
「いいな?」
そう告げたカラムの眼光は、鋭く、無駄口を許すものではなかった。
「はっ……!すぐに手配致します」
ネロは姿勢を正し、その場を走り去った。
「私に用があるのなら、直接襲ってこればいいものを……!」
カラムは感情的になり、傍の樹を殴りつけた。
「アイのみならず、マドレーヌまで攫うとは……何かあったらと思うと……クソ!!」
カラムが叫び、部下達の方へと去ると、カラムが歩いた道に生えていた雑草が、いつのまにか全て焼け焦げ、真っ黒な炭になっていた。




