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2 地獄みたいな


 現代日本から転生した男が、生まれ変わった悪役令嬢、アイ。


 アイは身体中を打撲していることもあり、しばらくはベッドで安静にしていた。


 怪我を負った直後に回復魔法で治療されたらしく、目に見える傷は減っていたが、残った痛みを確かに感じていた。


 そこに、メイドが部屋を尋ねてきた。


「失礼いたします、お嬢様」


「あー……どうぞ」


「あ、そうでしたね。記憶を失われたので、私も自己紹介をしなくては」


「すみません」


「謝らないでください!私はメイドのミルフィーユ。ミルフィーユ・フォン・ダンショコラですわ」


「ふぁっ?!」


 なんだ、その、ぼくのかんがえた最強のお菓子みたいな名前は。変なところでお菓子の名前を切るな。思わずアイは心の中で突っ込んだ。


 とはいえ、自分のフルネームだって、恥ずかしくて言えたものではないのだが。


「お嬢様が幼き……私自身も幼き頃からですが……一緒の育ちながらも付きっきりで身の回りのお世話をさせていただいておりました……それが記憶を失うだなんて……」


 涙ぐみながらミルフィーユは語った。


「そっか……なんかありがとうね……」


「?!お、お嬢様……!」


「え、どうしたの」


「い、いえ。お嬢様が感謝の言葉を口にするなんて……」


「めずらしいんだ」


「全くなしです」


「全くかぁ」


 さすが悪役令嬢。アイは少しぐったりとした。


 今までこのアイが積み重ねてきた悪行が、自分が謀略の対象とされるまでに及んでいないといいが。


「ところでミルフィーユ。このアイ……私?の今までのことを少し聞きたいんだけど……。まずその、平民女と婚約者?について」


「ええ、ええ。まず真っ先ににご説明しないわけにはいきませんわ。全くもって、お嬢様こそが渦中の人のなのですから」


「聞くのをやめようかと迷い始めたよ」


「まず、婚約者の、カラム・レッドホット騎士団長に関してですが……」


 え、なんて?と聞き返すのを、アイはぐっと堪えた。


 この世界はこういうものなのだ、名前にツッコミを入れるのは無粋だ。


 今後は極力、何事もなかったかのように流せるようにしなくては、会う人に自己紹介するたびに、無礼を働いてしまう。


「王国でも伝統と実力を兼ね揃えた、紅蓮騎士団の騎士団長です。紅蓮騎士団は初代の構想を受け継ぎ、炎魔法に秀でた者たちのみで構成される、由緒ある騎士団なのですよ」


「へぇ~」


 婚約者の炎魔法対、アイの氷魔法。ゲームとかで言えば、完全に効果が抜群そうな相性だ。


 婚約者の魔法が、悪役令嬢の苦手属性とは。


 アイにはある意味、狙ってされた設定とすら思えてきた。


「カラム様は歴代の騎士団長の中でも最年少で抜擢されるほどの、炎魔法の使い手なんです。アイお嬢様のお父様と、カラム様のお父様が親しくしていることもあり、お嬢様とカラムさまは生まれる前から既に、性別が違えば許婚とする約束をされていたのですよ」


「決められた運命ってやつですか」


「その通りです。ロマンチックですよね!当然というか、どちらも容姿端麗で能力もあるお方に育たれて……ところが、そこに突然横やりを入れられたような形です」


「平民の子……ねぇ」


「あの女は、マドレーヌ・ストロベリーというらしくて……」


「地獄みたいなネーミングセンスの親を殴りたい」


 アイは絶対に名前には突っ込まないぞ、と固く決めたそばから、口に出してそう言ってしまった。


「ですよね!まったくあの女にはふさわしくないほど可愛らしい名前です」


「違う、そういうことではない」


「とにかく、カラム様が辺境で魔物を討伐されていた時に……」


「え、魔物いんの?!モンスター的なこと!?」


「……います。いなくていいのですが。ともかく……」


 魔物に魔法。俄然アイはやる気がわいてきた。


 こんな家を飛び出して、すぐにでも冒険者として身を立てたいところだ。


「カラム様は任務で大けがを負ったのです。その時、近くの村で唯一の回復術士の娘だったあの女が、たまたま通りかかり、カラム様を治療、一命を取り留めたのです」


「なるほどねぇ……よくあるやつ」


「よくないです。その後も完全に回復するまでわざとらしく……甲斐甲斐しく世話をして、裸の鍛え抜かれた身体を拭いたり揉んだりそれ以上のこともきっと……許せません!」


「お願いだから観測できている事実だけを教えて」


「……こほん。つまり、命の恩人ということもあり、マドレーヌは名誉騎士団員として、紅蓮騎士団の一員の地位を与えられています。騎士団長ともあれば、そういうことが可能ですし、今や騎士も三割ほどは女性ですから」


「じゃあ平民っていうか騎士なんだ」


「平民の生まれであることには変わりありません!所詮は夢を見ることが許されない身分なのです!」


「まぁ、まぁ落ち着いて」


「そして先日舞踏会で、お嬢様も同じ心持になられたようで」


「あちゃーそうだった」


 他人事のように思っていたが、アイが起こした大事件も、明らかにミルフィーユと同じ考えの元に行われた行動だろう。


「お嬢様は、その場にマドレーヌがいることも気に入らないというのに、あろうことか綺麗に着飾ったマドレーヌを、カラム様が皆に命の恩人だと紹介し……」


「頭が痛くなってきた」


「我慢ならなくなったところで抗議するも、カラム様が冷たくあしらったことに腹を立てて、氷魔法をマドレーヌへと振るおうとし……」


「その辺は覚えてる」


「防ごうとしたカラム様との事故で、階段から……うぅっ!」



 心底悔しそうに話すミルフィーユだったが、アイはそこまで感情移入しきれていなかった。


 ここまで、ありきたりな悪役令嬢のストーリーだ。


 しかし、問題はこれから、どううまく生き抜いて、バッドエンドらしきものを避けるかどうかだろう。



「ありがとう、よくわかったよ。ところで……」


 アイはうずうずとしていた。自分が気になっている一番のことは……


「氷魔法について、もっと教えて!」


「ええ。お嬢様は、氷魔法に秀でていらっしゃって、そこらの騎士であれば圧倒できるほどの魔力をお持ちなんです!昔から、私に美しい魔法を見せてくださいました。しかし、ご主人様はあくまで、女性として婚姻を通してお家を支えてほしいようで……」


「へぇ。じゃあ結構強いの?」


「強いです!騎士団の試験はきっとすぐパスできますし、そうすればお嬢様はきっと騎士団長まで昇りつめますので、そんな人生も素敵だと思います!」


「それは素敵っぽい」


 アイがパッ、と手を開くと、まるで隠した爪を伸ばすかのように、氷の爪が五本の指から生えた。


 それをうっとりと表から、裏から、眺める。


 氷魔法だけが、アイがこの世界で得られる癒しに思えた。


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