17 きれいな指輪
最初にミルフィーユが二人を案内した店は、金具やアクセサリーを扱うような店だった。
大きな看板は掲げているものの、こぢんまりした店構えで、小さな窓からは店内の様子があまり伺えなかった。
「お嬢様のアクセサリーなど、たまに買いに来るんです。一般市民も利用しますが、ここは珍しい異国の品など、高級品の品ぞろえもあって、面白いんですよ」
「へぇーいこいこ」
ミルフィーユが扉を開けるのも待たず、自ら扉を空けてアイは中に入った。
「ちょちょちょ!勝手に行かないでくださいよ!」
ミルフィーユが慌てて追いかけて来る。
「いらっしゃい、あら、お屋敷の……えっ!」
店番をしていた、白髪の婦人は、頬杖をついて暇そうにしていたが、アイの方を見るとびくっとして立ち上がった。
「お久しぶりです~」
アイを警戒する婦人に、ミルフィーユは引き攣った笑顔で挨拶をした。
アイはというと、店に並んでいる品物に興味深々で、そんな様子を気にもしていなかった。
店には、ブレスレットやネックレス、綺麗な宝石がついたものから、時計や何に使うのかわからない部品まで、様々な小物が並んでいる。
アイは見たことも無いような、虹色で光る宝石や、水も無いのに中身が浮遊しているスノードームをみて感動していた。
「メイドさん、今日はどうしたんだい?」
声を潜めて、婦人はミルフィーユに尋ねた。
「何か、以前買ったもので文句があったのかい?直ぐに取り換えるから……わざわざ来るってことは、何かひどかったのかい?」
「いえいえ、ちがうんです。今日はそういうのじゃなくて……」
「えぇっ?そうなのかい?」
アイが店に来る理由なんて、そんな文句の時しかないとでも言いたげに、婦人は大げさに驚いた。
「ほら、後ろに子供のお客さんが来ているでしょう?観光案内なんです」
「そうかい……そりゃあ……たまげたねぇ」
婦人はほっとするよりも、驚きの方が勝つようで、遠慮もなくアイとグレイの方をしげしげと見ていた。
「見てみて!すごくない?コレ!」
アイにとってはあれもこれも見たことのないもので、楽しそうにグレイに紹介するが、グレイからしたら特に珍しいものもないようだった。
「え、ええ。そうですね。アイさんは本当に楽しそうに見ますね……」
「これは?これは何に使うの?」
「僕の話なんて聞いちゃいない……」
夢中になっているアイは、マイペースに、全部の品物を見るかのように一つ一つかじりついて見て回っていた。
グレイはそんな様子に少し戸惑いながらも、気が付けば幼い子供を見ている時のように微笑んでいた。
「ん?これは」
ありきたりな物ばかりの中に、グレイはふと、珍しい指輪を見つけた。
「お姉さん、この指輪、触っても?」
「えっ?!あぁ!もちろん構わないよ!自由に触っておくれ」
婦人はお姉さんというような歳ではなかったが、グレイにそう呼ばれ、照れたように答えた。
グレイが手にした指輪は、一、二センチ程の宝石が付いており、それは深い青と、淡い水色が小さなガラスの玉の中で常に波打っているような、不思議な宝石だった。
「坊ちゃま。それは珍しい品なんですよ。なんでも、宝石じゃなくて、どんな毒でも解毒してしまう薬が透明な殻の中に入っているっていうんです」
「なるほど……どおりで動いているように見えるんですね」
「眉唾ものだけど、信頼のおける行商人がそう言うもんだから、もしかしたら本物かもしれないと思ってね。60万の高値になってるんだよ。効果は保証できないしね」
「60万……!」
ミルフィーユがそれを聞いて驚く。
「なんだ、たったの60万ですか。ではこれを貰えますか?」
「えっ?!」
婦人もその言葉に驚いた。
まぁ、グレイからしたらはした金だよね、とおもいながら、ミルフィーユは鞄から、グレイから預かっていた包みを出すと、紙幣を数え始めた。
「いいんですか?薬なんて、偽物かもしれないですよ?」
自分が数える紙幣の束が分厚くなるにつれて、不安に思ったミルフィーユがグレイに尋ねた。
「これはその効果通りじゃないにしても、珍しい薬が入っているのは間違いないよ。僕は水魔法に適性があるから、薬学も親から学ばされている。少なくとも、ド素人ではないからね……。薬の中には美しいものもあるんだ」
グレイのその言葉を聞いたことで、少し納得して、ミルフィーユは要求された金額を婦人に渡した。
「あ、ありがとうございます……」
婦人もグレイの身分を察したのか、それ以上は何も言わなかった。
「何々?何か買ったの?」
店中のものを見終わったアイが、何も知らずに会計台の方へと歩いてきた。
「右手を出して」
アイがグレイに言われるまま、頭に疑問府を浮かべながら右手を差し出すと、グレイは今買った指輪を、すっ、とアイの薬指に嵌めた。
「おわっ?!」
アイが急なことに驚いて変な声を出すが、グレイは何でもないという平然とした顔をしている。
「サイズも合っていてよかった。元々女性用か。少し大きいかな?」
「いえ、ぴったりですけど……何?何これ?」
何で突然指輪を買ったのか、自分に付けたのかわからず、アイは混乱していた。
そもそも他人に、指輪を自分の指に付けられるという経験が人生初めてで、アイはなぜかくすぐったく、恥ずかしい気持ちで、頭が真っ白になった。
「やぁグレイ様も隅に置けませんねぇ」
「何言ってるんですか。こうして出かけたら贈り物の一つくらいはするでしょう」
ミルフィーユに小突かれ、平然としていたグレイも少し照れたように笑った。
「ありがとう……?」
首をかしげながら、アイはお礼を言った。
しかし、指輪の宝石は見れば見るほど不思議で、綺麗だったので、アイもじっと見入って、少し気に入った。
その値段を知らなかったからこそ、アイは素直に受け取れたというところもあったが、それを伝えるのは無粋なので、ミルフィーユはにやにやとしながらただ眺めていた。
「氷みたいに綺麗だなって思ったんです」
そんなアイに、グレイはそうして声をかけた。
「うん……綺麗」
脳の処理が追いつかず、指輪を光に透かして見て、ぼんやりとしたまま、アイは答えた。




