16 グレイと息抜き
グレイは、アイの指導を受けながら、屋敷に泊まり込みで修行を続けていた。
水泡を出す速度を速くし、思い通りの位置にコントロールし続ける練習を進めていた。
グレイは、アイが浮かべたバスケットボール大の氷に水泡を纏わせて、アイがいくら氷を動かしても、氷が水泡から出ないようにコントロールし、まとわりつかせる。
「よっ……ほっ!まだまだ動くよ~?」
アイは楽しそうに氷を無茶に動かした。
「くっ……ちょっと……速くないですか!?」
「こんなもんじゃないよ!」
グレイは遊ぶように氷を動かすアイに、必死で食らいついていた。
そんな様子を、仕事をさぼりがてら遠くから、メイドのミルフィーユは眺めていた。
「楽しそうですわねぇ」
「ふむ……お嬢様も自分の練習をご両親から隠さなくてよくなったので、機嫌がいいな」
いつの間にかミルフィーユの隣に来ていたエスが、独り言に応えた。
とはいえ、あのグレイというガキ、どう考えてもお嬢様のことが好きではないか。
忌々しいのがまた増えたな。
そう思う彼の心は全く表情に出ないので、ミルフィーユも全く気づかない。
「そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないか?」
「これも立派な仕事ですわ。エスだって、そう思っているからここにいるのではなくて?」
「お前と一緒にするな」
二人がいることに気づいたのか、アイはエスとミルフィーユの傍へと駆けてきた。
「お嬢様、そう慌てずに」
「なにが?慌ててないけど?」
アイが走って駆けつけることそれ自体が、ある意味、令嬢らしくないのだということが、アイに全く伝わらなかった。
「ねぇミルフィーユ、グレイにずっと修行させているのも可哀想だし、グレイが以前来た時に、外へ出かけるようなことはなかったの?」
「昔はよくありましたわね。近くの街まで出ていくことは……」
「街があるんだ。私出たことないな?」
「もちろん、以前にはよく行っていましたが……」
「私も出ていいなら、グレイを連れて出たいな!」
アイは少しわくわくしながら、そう言った。
アイはまだこの世界の外の様子を、ほとんど知らなかったのだ。
「ううーん……」
困った顔でミルフィーユはエスの方を見た。
「では、お父上に確認して参りますよ。特に、問題はないでしょう」
「ありがとう、エス」
アイに外出の件を頼まれ、その場を離れたエスに、ミルフィーユは追いついて尋ねる。
「ねぇ、大丈夫かな?お嬢様は最近あんまり街に行かなくなっていたけど……」
「構うまい。誰かが手を出すわけでもないだろう。ただお嬢様が街で好き放題したせいで、嫌われているだけだろう?」
「それはそうだけど……はっきり言いすぎじゃない?」
その翌日、アイは馬車に揺られて、グレイとミルフィーユと共に、街へと到着した。
アイは記憶が戻らないままなので、父親は外に出すことを少し心配したが、エスが見事アイの父を説得し、外出の許可を得たのだった。
しかし、外出には街によく出かけるミルフィーユが付き添うことになったので、エスは内心少し残念がっていた。
「おぉ~ッ!街じゃん!」
「何を言っているんですか、お嬢様は……」
当然のことに興奮するアイを、ミルフィーユはたしなめた。
「石畳だ!手作りだよね?」
アイがよく知っているアスファルトの地面とは違う、人の手で作った石畳で、街の地面は覆われている。
人力か、あるいは魔法かで建てられた建物は、ほとんどが3階建て以上の立派なものだった。
「うーむ、テーマパークのようだ」
「テーマ?なんです?」
「何でもない」
きょろきょろと辺りを見回すアイは、そろそろ我慢の限界が来たミルフィーユにがしっと腕を掴まれ、落ち着かされた。
周りの人々が、じろじろと怪しい挙動のアイを白い目で見ていた。
「いいですか、お嬢様。ただでさえ有名人なのですから、みんなに見られていると思って行動してくださいね?」
「有名人なの?私は」
アイは、ミルフィーユが遠足に来た時の先生のようだな、と思って適当に聞いていた。
それより騎士団の訓練以外で初めて屋敷の外に出たことに、喜んでいた。
「では……それはもう。そうですね……まずは私が買い出しに来るときに周る店など行ってみましょうか」
「それでいい?グレイ君?」
「ええ。僕は何でも。来たことありますし」
「なんだ、冷めてるね!かわいくないぞー」
アイは自分だけが興奮しているのが癪だと思い、ノリの悪いグレイにちょっかいを出す。
「子供じゃないし」
「子供だろ~」
「お嬢様だって子供です」
軽い言い合いを始めた二人に頭が痛くなってきたミルフィーユは、いいから、と二人を連れてとにかくその場を離れた。




