15 水の魔法の使い方
「それにしても、本当に、別人みたいですね」
屋敷を並んで歩きながら、グレイはアイにそう言った。
「あ、そう?やっぱりそうなんだ」
「以前のお嬢様は何というか……地獄のような方でしたから」
「地獄って人を形容できる言葉なの……?」
グレイは少し俯きながら続けた。
「覚えていないんですね……僕が苦手な虫を、服の中に突っ込んで来たり……好きなデザートを目を盗んで食べてニヤニヤしたり……魔法を教えてと言ったら氷の石をひたすらぶつけて避けさせたり……」
「うん……ごめんね?本当にごめんね?」
自分がやったわけではないが、誰かが謝らねばならぬと、アイは思い、以前のアイの所業を素直に謝った。
「いいんです。本当言うと、父に言われたから来たんです。でも、どうせアイさんの記憶が戻っていて、一言返事で断られて家に帰るだけだと思って、ここに来ましたから」
「そんな覚悟で来てたんだ……」
自分が人に物を教えられる程魔法がうまいとは思っていなかったが、アイはグレイにできるだけのことはしてやろうと思ったのだった。
裏庭に着いて、アイはグレイに尋ねた。
「それで……グレイ君はどういう魔法が使えるの?」
「僕は、水魔法が使えるんです。でも、水魔法は戦闘向きではなくて、薬学、薬草学や、錬金術の学問に進む人が多いんです。僕も幼いころからそのあたりは叩き込まれました」
「ほぇ~……薬草学、錬金術、確かに水が重要そう?」
「ええ、でも僕は、騎士団に入りたくて……」
「騎士団って、紅蓮騎士団みたいなの?」
「騎士団にも色々あって、紅蓮騎士団みたいに炎属性で固める騎士団は稀なんです。最近は、いろんな種類の魔法を使える人や、戦闘技術が優れた人をバランスよく集めて小隊を組ませるところが多いんですよ」
「そうだったんだ……でも、それなら、心配いらないじゃん」
「でも、水魔法で戦う人はほとんどいません。そういう人は剣技を磨いて、そちらで入る人の方が多いんですよ。そして、炎を扱う魔物と戦う時には、重宝されるみたいですが……」
「じゃあ、水魔法の人もいないわけじゃないんだね」
「ええ。でも僕は結構、魔力量は結構あるのですが、剣技はあまり得意ではなくて……」
「なるほどねぇ」
アイは思案した。
確かに、水で戦うと言われると、大量の水で押し流す、くらいしかすぐには戦い方が思い浮かばなかった。
「どうやって戦うんだろう?」
「一つ、考えたのは、窒息させるっていうことです」
「おーこわ。でも確かに強そう」
グレイが手をかざすと目の前の空中に、三十センチほどの水の泡が浮かび上がった。
「わぁ。綺麗だねぇ」
光を反射して輝く水の泡を見て、アイは素直に感想を述べた。
「えっ?綺麗って……わっ。うわぁっ!」
それを聞いて頬を赤らめたグレイは、慌てて水泡を崩してしまい、びしゃっと地面に水が落ち、弾け飛んだ。
「なるほど……」
グレイは自分の魔法を綺麗と褒められたことなどなく、率直な感想に照れていたが、アイはそれに気づきもせず、思案していた。
グレイの魔法も、アイと同じように、自分の近くで自由に水を操れるということか。
それなら自分が教えるというのも、まったく役に立たないわけではないかもしれない。
「ねぇ、それ、私にやってみてくれない?」
「え、えぇ?!できませんよそんなこと!!」
「いいから早く、強くなりたいんでしょ!」
そう急かされるままに、グレイは、目の前に立った、アイの顔を覆う様に、水魔法を発動した。
「ごぼぼ……」
地上に立っているにもかかわらず、顔だけを水に包まれたアイは、一瞬驚くが、水越しにみる不思議な光景に、少し興奮していた。
そして顔を横にずらすと、ばしゃっと音がして、水泡から顔が出て、呼吸が出来るようになった。
「すごいね!面白いよコレ」
そうして、水泡に手を突っ込んでみたり、バシバシと叩いて水を散らせたりして、遊んでいた。
「やっぱり、そうやって遊ぶくらいのものですよね……」
少し落ち込んだ様子のグレイを見て、アイは真っ向から否定した。
「何言ってんの?!これ最初に顔を包まれた時、めちゃくちゃ怖かったよ?」
いきなり地上にいるのに、水に顔だけ包まれる心地は、分かっていたから耐えられたが、知らずに急に襲われたら、ひとたまりもないだろうと、アイは思った。
「実用化に足りないのは……」
「え?」
「これ、私の顔が動いても、その位置に合わせて移動できる?」
アイの顔があるところに、グレイは水泡を移動させようとしたが、その動きは遅く、逃げれば追いつかれないほどだった。
「少し、遅いね。まとわりつかせないと、窒息はさせられないよ」
「確かに……」
グレイは地面へとゆっくりと落として、水泡を解除した。
「狙った位置に、正確に水泡を出して、相手が暴れても、纏わりつかせるコントロール、が必要かな?」
「そう、そうですね……!」
「それができるようになったら……あれ?私じゃ勝てないぞ?」
まとわりついてくる水泡に、窒息させられながら、どうやって相手を倒すのかと想像してみて、その難易度にアイは少しぞっとしたのだった。
「それともう一つ。思いついたのもあるんだけど……」
「なんです?」
「いや、まだやめとく。グレイ君が思ってるより……君の能力は、危険かもしれない……」
教えを請われて調子に乗ったアイは、少しもったいぶってはいたが、いたって真剣な表情でそう呟いた。
「水ってさ、すごいんだよ。無限の可能性がある気がする。氷よりも、自由かも」
「そんなこと言う人、初めてです……」
グレイは、照れながらそう言った。
「でも少し、嬉しいかも」
「え?」
「アイさんと、水と氷の能力って、似ている気がして」
「確かに!似たもの同士だね!」
アイはそう言って笑った。
グレイは爽やかに笑うアイを、今までとは違う目で見ていた。




