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14 貴族少年の来訪

「あれ?お嬢様ったら!何も準備されていないじゃないですか!」


 部屋に来たミルフィーユは、アイがベッドでゆったりとくつろいでいる様子に驚いた。


「ふぁぁ……何々?今ようやく、二度寝から覚めたところだけど……」


「今日はお客様が来る日だって言っておいたでしょう?」


「へっ?……たしかにそうかも……」


 アイが思い出すと、エスからそんなことを言われていた気がしてきた。

 あの一件以来、エスと会うと平常心でいられなかったアイだったが、エスの方はというと、全く表情一つ動かさない、いつも通りの態度だった。

 なんだかこっちだけがどぎまぎするのも癪なので、アイも平然とした振りをして接していた。



「……って、やばいじゃん!」


「何考えているんですかぁもう!!」




 ドタバタと衣服を身に着け、アイがミルフィーユに化粧や髪を整えたりされている間に、既に客の方はと言うと、アイの両親に挨拶をしていた。


 応接室で腰かけているのは、灰色の髪を、少し長めの目にかからないほどに伸ばした、身なりのいい14~5歳くらいの少年だった。

 アイよりかすかに背が低いくらいだが、スタイルもよく、細身の衣服を身に着けていることもあり、年齢より大人びて見られることが多かった。

 しかし、アイの両親達と話す時にはおずおずとした控え目な態度をしており、まだ少しあどけなさが残っている。




「久しいな、グレイ。背が伸びたんじゃないか?」


 グレイと呼ばれた少年は、アイの父親に対して、明るい笑顔で応える。


「おかげ様で。無理を言ってお邪魔してしまい、すみません」


「構わんよ。いつでも来てくれたまえ」


「ええ。そうですわ。グレイくんくらいの年のお友達は、アイにも少ないですから。ぜひ仲良くしてやってください」


 アイの母親がにっこりと笑う。


「で、その……アイはいつ来るんだね……」


 父親が困ったようにエスを見ると、エスは肩を竦めて、部屋の外の様子を伺った。


 ちょうど、その時、走ってきたアイとミルフィーユが、部屋の前で一瞬息を整え、飛び込んできた。

 エスは素早く身を引いて避けた。



「お、お、お待たせしましたーッ」


 隠しきれない程息が上がったアイの様子を見て、父親は頭を抱えた。


「アイ。いいから座りなさい」


「はーい……」


「ええっと、お久しぶりです?」


 グレイは、苦笑いしながら言った。


「お、お、お久しぶりですわ!」


 いまだに息を切らしながら、アイは答えた。


「何だか、雰囲気が本当に変わりましたね……。話には聞いています。お見舞いに来れず申し訳ございませんでした……」


「いや、グレイ君が気にすることはないんだよ。ところで……手紙を読んだのだが……」


 父親は話を切り出した。


「アイに魔法を教わりたいと……」




「ええ、そうなんです。アイさんが、紅蓮騎士団長のカラムさんを”倒した”とお聞きしまして!」




「いやいやいや!!!!」


 思わず大声で、アイが割って入る。



「倒してない!倒してないから!って……あっ……!!」




 倒してない、という発言はある意味、戦ったこと自体は否定していない。

 せっかくミルフィーユが両親には伝えずに置いたというのに、アイは焦って自爆してしまった。


「ほう……」


 そう言いながら、後ろで静かにしていた母親が、口元に扇子を当て、隠した。


 アイの顔から血の気がさーっと引いて行った。


「や、やだなぁもう、変な噂が広まっちゃって……ちょっとあれよ?一緒に歩いてアドバイスとかしただけよ?」


「えっ、そうなんですか?父が直接見たとか……」


 嘘だろ……

 アイが挨拶した客人の中に、グレイの父親がいたということだろうか。

 アイは必死で取り繕う。


「直接見たなら何で間違えて……!……いや……見間違い……かなぁ?あはははは~……」


 いよいよ言い逃れできなくなってきたアイは、語れば語るほどボロが出た。


「アイ~?」


 後ろから、氷よりも冷たい母親の声が、いつも高くて綺麗な母親の声が、なぜか今日は地を這うように、アイには聞こえてきた。

 アイは気づかないふりをして、必死でグレイに話す。


「グレイ君は魔法が強くなりたいんだね!立派だね!男の子だもんね!私と違って!私と違って!私はそんなこと考えたことないけど!めっちゃいいことだと思う!」


 そう早口でまくし立てながら、アイは席を立ち、グレイの傍に寄った。

 正確に言うと、母親から距離を取った。


「えらいなぁ~。直ぐに見てあげる!見てあげたい。そうよね?お父様!きっとそうした方がいい!」


「あ、いや、それは嬉しいですが」


 グレイも明らかに様子のおかしいアイを見て、戸惑っている。


「じゃあさっそく、裏庭に行きましょう!あれ?裏庭なんかで、魔法を使ったら危ないかなぁ!どう、お父様?いいですよね、ねぇお父様?」


「お、あぁ、構わんが……」


 父親はアイが裏庭で魔法を練習をしていることを知っているので、今さらではあったが、母親は知らないので余計なことは言わなかった。


「やったねぇ!グレイ君!では、さっそく出発だぁ!ほらほら立って、何してるの行くよ!」


 アイは無理やりグレイを立たせると、肩を押して部屋から出て行った。

 どうやら、パッションで乗り切る作戦は成功しそうだ。


「ミルフィーユ……?」


 アイが部屋を出る瞬間、一緒にこっそり抜け出そうとしていた哀れなメイド長が、母親に呼び止められた。


「アイさま……?」


 すがるような目で見つめるミルフィーユに、無言で首を横に振ると、アイは無情にもその場を立ち去った。


「アイさまぁ~……」


 許せ、ミルフィーユ。


 訓練の場であったことを、報告しなかったことに関して、ミルフィーユはこれから母親に問い詰められるであろう。

 そして、絶対に正直に話すな。何とかして誤魔化してくれ。



 泣きそうな声を聞きながら、アイは犠牲を胸に前へと進んだ。


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