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13 執事エスの、取るに足らない日常(3)

 屋敷の東側、小さな裏の門の前で、ミルフィーユはデッキブラシを構えていた。


「はぁ……今日が私の命日かも……」


 ミルフィーユの背丈の二倍程はある、片腕だけがカニのようにやたらと育った人型の化け物が、その目の前に立っている。

 皮膚は漆黒に染まり、人間の頭の位置には目、鼻、口、耳などのあるべき器官がない、ただの球体がある。そして後ろに生えている黒い尻尾は何股にもわかれ、うねうねと蠢いている。


 巨大な右腕を振り回し、無作為に叩き付けるのを、ミルフィーユは軽い身のこなしで躱す。


「ふっ……!メイド殺法!」


 メイド殺法……それは古くからメイドにのみ伝承される、屋敷に仇なす者へ制裁するための暗殺技術。メイドの中でも選ばれた者のみが引き継ぐことを許され、メイド長のミルフィーユともなれば、当然身に着けている技術だ……


 実際にはそんなものは存在しないが、取り回し慣れたデッキブラシをくるくると回し、的確に魔物の頭部らしきところへと、重い一撃を見舞った。


 ゴツン!と思い音が響いたにも関わらず、まるで痛みなど感じないように、魔物は腕を振り回し続けていた。


「くっ……」


 頭部が弱点ではないのか?ミルフィーユは驚きながらも距離を取る。


 犬猫大の魔物であれば、ミルフィーユは何度も追い払ったことがあったが、今回のはわけが違った。


 その時、魔物が振った腕を避けたミルフィーユに、魔物が身をひるがえすと追い打ちをかけるように魔物の尻尾がしなり、叩きつけられた。


 必死でミルフィーユはデッキブラシを構えて、それを受け止めた。


 バキィ!と音が鳴り、デッキブラシがど真ん中で折れた。


「きゃぁっ!」


 それとともに、ミルフィーユが吹き飛ばされる。


 あっ、やばっ、死んだかも。


 ミルフィーユの顔が恐怖にゆがんだ。


 次の瞬間、氷の雨が、ズドドドドッと重い音を立てて、ミルフィーユのすぐ目の前から奥まで、降り注いだ。


 地面にいくつもの氷の錐が刺さり、魔物の硬い皮膚にも、当たって砕け散っている。


 魔物は必死で宙へと腕を振るうが、一部の鋭い氷が、皮膚に突き刺さって、黒い血を散らした。



 ミルフィーユが振り向くと、ネグリジェ姿のアイがミルフィーユの方へと駆け寄ってきた。

 遠くから音を聞きつけ、様子を見に来ていたのだ。


「大丈夫?!ミルフィーユ!」


「お嬢様!来てはいけません!何を考えているんですか!!!」


「えっ?だって……」


 助けに来なければ死んでいたかもしれないにも関わらず、ミルフィーユは必死の形相で、ミルフィーユを立たせようとするアイを押しのけた。

 ミルフィーユにとっては、自分の命よりもアイの命の方がはるかに重いかのようだった。


 グゴオオオオオォ!!!


 口も無いのにどこから叫んだのか、魔物が雄たけびを上げる。

 アイはミルフィーユの声に耳も貸さずに、腕を身体の前に構えた。


「ちょっと怖いけど、大丈夫……模擬戦で私の実力、見たでしょう?」


「そう言う問題ではないのです!早く屋敷に戻りなさい!」


 ミルフィーユも珍しく、一歩も引かなかった。




 アイが魔法を発動しようとして、手の周りに青い光が集まりだしたその瞬間……


 トスッ、と軽い音と共に、小さなナイフが、魔物の脳天に突き刺さった。

 アイの魔法ですら軽く弾かれたというのに、パンにでも刺したかのように、そのナイフは刺さっていた。



「ミルフィーユの言う通りです。お嬢様は出てくるべきではなかった」



 その声は、なぜか魔物の後ろから聞こえた。


 魔物は急に大人しくなり、力尽きるように、その場にドサッと倒れた。


 倒れた魔物のその背中には、一瞬にして、十本を超える程のナイフが突き立てられていた。



「エス……?!どうしてエスが……」


 当然、屋敷の中から走ってきたエスは、ナイフを投擲して魔物の頭部に突き刺すと同時に、目にもとまらぬ速さでその後ろへと回り込み、一瞬にしてどこから取り出したのかもわからない幾つものナイフを突き立てたのだった。



「これは……我々の取るに足らない毎日の仕事の一つなのですから」



 エスはそう言いながら、手に持っていたナイフをパッと手を振るうと同時に、手品のように消して見せた。


「消えた……」


 気が付けばエスも同じように姿を消し、いつの間にかアイの直ぐ後ろに立っていた。


「えっ?!」


 驚いてビクッと反応するアイに、エスは顔を近づける。


「お嬢様。よもや、屋敷を守れるのがご自身しかいないなどとお思いではないでしょう。ご令嬢は大人しく窓の内に座るのが趣というものです」


「ち、近っ……」




 構わず、エスは耳元で囁く。


「それでも、もし、ここから逃げ出したいと思ったのなら。どこまでもお供いたしましょう……貴女の望みは全て私が叶えて差し上げます……その気になったらいつでも、声をおかけください」



 呆然とするアイを残し、エスは音もなくゆっくりと歩き、屋敷の方へと立ち去って行った。


 アイはへなへなとその場に座り込んだ。

 屋敷の方から数人のメイドが、アイとミルフィーユの方へと駆けてきた。



「お、お嬢様?大丈夫ですか?」


 ミルフィーユが恐る恐る、アイに尋ねる。


 エスが囁いた言葉は、耳元で発されたこともあり、アイにしか聞こえていないようだった。



「う、うん……ごめん、なんかもう、何か、立てない」




 エスがあんなに強かったなんて。一体何者なんだ?というか、なぜあんなことを言ったんだろう?

 ぐるぐると巡る考えに一つも答えは出ず、アイはメイドに助け起こされるまで、瞬殺された哀れな魔物をぼけっと眺めながら、その場に座り込んでいたのだった。


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