12 執事エスの、取るに足らない日常(2)
ミルフィーユは騎士団の訓練で起きたことを、洗いざらいエスへと話した。
アイの両親にさえ伏せていることでも、エスにだけこうして話すことは、今回が初めてではなかった。
誰にも話せないことをエスに話せるというのは、ミルフィーユにとってもストレス発散になっていたし、エスとしても屋敷の中の情報を収集することは、仕事の一環でもあった。
模擬戦に参加して団員を負かしたり、騎士団長に善戦したことを聞くと、先ほど仏頂面、と表現されたエスも、さすがに目を見開いて話を聞いていた。
「そうか……お嬢様は確かにお強いが、そこまでとは……」
やはり、生まれ変わってからのアイは、結婚よりも氷魔法で身を立てることを目指しているのかもしれない、とエスは考えた。
「そうなの!本当にすごいのよ!私感動しちゃった……ご立派だったわ」
クソっ、見たかった。
エスは心の中で悪態をついた。
性別が違うこともあり、いつでもべったりというわけにもいかず、素直に悔しい思いをすることもあった。
「カラム様なんて、終わった時、感動してアイ様に抱きついちゃったんだから。人前でよ?」
殺そう。
いけ好かない……ゴミを燃やすしか能のないガキが。
全く表情を変えずに、エスはそう考えていた。
お嬢様の幸せが第一だが、もしお嬢様が望んでいないにもかかわらず、カラムと結婚させられるようなことがあるのであれば……
いや、この際、お嬢様が望む望まぬにかかわらず、エスはアイをいつか攫って屋敷を抜け出してやろうと考えていた。
あの美しく、透明な氷細工は、一瞬のものなのだから。
それと比較すれば、全てのものは、無価値なのだ。
エスはもうほとんど決心しており、それはいつ起きるかわからないが、いずれ起こす行動と決められたものだった。
しばらく後、アイの父親、つまり館の主人の部屋で、エスは指示を仰いでいた。
「次ですが……ファンタプ家のご友人が、ご子息をしばし預けたいと」
「ほう?預けたいとはどうしたことだ?」
アイの父親は疑問を口にする。
「あー……いえ、手紙の内容をそのままお伝えするのであれば、紅蓮騎士団の訓練で、美しい技を見せたお嬢様の元で、魔法の指導を賜りたいと……」
「何だと……!訓練で一体何があったのか。エス、君はまさか知るまいな。同行しておらんのだから」
「ええ。私は聞き及んでおりませんが……いかがいたしましょうか」
つい先ほどミルフィーユから聞いたばかりだが、エスは嘘をついた。
「まあ、あれも魔法の腕は確かなのだから、断る理由もないだろう。毎日、修練に励んでいるようだしな」
「ご存知なので?」
「妻は気づいておらんだろうが……言ってやるな。それと、気づいているのなら私にだけは報告しなさい。悪いようにはしないのだから」
「ご報告が漏れており申し訳ございません。以後、気を付けます」
エスにとっても意外なことに、父親だけは、アイが魔法を練習しているのに気づいていたのだった。
それも、母親に話すとどうなるかわからないので、自分も気づかないふりをしているらしい。
「よい。あれのしたいことも……まあわかっておる。しかし家を存続させねばならぬ私の立場もわかってもらいたいものだ」
「きっと伝わっておりますよ」
「だといいのだが」
ファンタプ家のご子息か。以前も屋敷には来たことがあるが、その時はまだ幼く、よくアイ様に虐められては泣いていた。
彼の父親はそれを分かって送り込むのだろうか。まあ、今のアイ様にそんな心配は不要だろうが。
エスはそう考えながら、来客滞在のスケジュールを一つ頭に加えた。
主人がすぐに返事をしたためたので、それが向こうに届いてしばらくすれば、いずれ屋敷に来るであろう。
アイたちが晩餐を済ませた後片づけをチェックして、メイドたちが問題なく働いていることを確認した後、エスは自らも自室で夕食を取ると、身だしなみを整え直し、また部屋から出た。
すると、そこに息も絶え絶えにメイドが一人駆けてきた。
「エスさまぁ~~~!!!!」
「どうした、騒々しいぞ」
「ま、まも、まものです……魔物が出ました!」
「それで?」
息を整えるメイドを、冷静にエスは待った。
近頃は魔物の動きも活発になっている。
危ないことに、屋敷周辺で、小さな魔物が出ることも珍しくなくなってきていた。
「直ぐ近くだったので、外を見回っていたメイドが襲われて、駆けつけたミルフィーユ様が戦っているのですが……強いのです」
「そうか。どこだ」
ミルフィーユが手こずるのであれば、それなりの事態だろう。
自分が出るべき場面だと判断したエスは、場所を聞くと音もなく猛スピードで屋敷の廊下を駆けた。




