10 ライバルとの帰り道
紅蓮騎士団の合同訓練も終わる頃、カラムはアイのところへ挨拶に来た。
「今日はありがとう。それで……君さえよければ、だが」
「はい?」
「次回からも、毎回来てもらうことはできないだろうか」
「来ます!」
アイは即答した。
「い、いいのかい?迷惑だったら……」
「来たいから来るのです」
「そうか。それなら、うん、有難い。君との模擬戦の後、部下達の熱の入りようがまるで違ったんだ。焚き付けられたみたいにね」
「あー、そ、そうですか」
アイは何とも言えず目を逸らした。
「次からは部下をしごいてやってほしい。実戦形式ではなくても、君に指導してもらうことは大きな経験になるよ」
「いえいえ、私はただの……一般人ですから……」
そんな話をしている頃、遠巻きに話を聞いていたのか、二人の元にマドレーヌがやってきた。
「あのっ……私も一緒に来てもいいでしょうか!」
そもそも名誉騎士団員であれば来ているものと思っていたが、今回の参加が初めてと聞き、アイは驚いた。
「ああ。マドレーヌも怪我の治療を手伝ってもらって助かったよ。次からもよろしく頼む」
「はい!精一杯頑張ります!」
マドレーヌは両手をぎゅっと握り締め、小さく両手でガッツポーズを決めた。
アイは何の感情もなく、それをぼんやりと見つめていた。
今日はここにきてよかったと、アイは心から思っていた。
カラムは強く、心から尊敬できた。もちろん男なので、恋愛感情はゼロだ。
むしろアイは、カラムを倒すことを一つの目標にしたいとさえ思っていた。
尊敬できるライバルというところだろうか。
そんな風に、少し好意的に思ったからこそ、マドレーヌとカラムがくっつくことは、果たしてカラムにとって幸せなのだろうかと、思ってしまう。
「マドレーヌさん」
「アイさん?なんでしょう?」
「お送りいたしますわ。ご一緒しませんか?」
ふと考えついたとおりに、アイは気づけばマドレーヌを誘っていた。
アイは未だに女性言葉をできるだけ避けるように喋っていたが、裏に打算がある時は意外とすんなり出てくる事に気付いた。
ある意味、情報を引き出すために他人を演じるスパイのようなイメージだろうか。
「いいんですか?!」
「というか、来るときはどうやって来たんです?」
「歩いてきました」
「え……?」
馬鹿な……。馬車で2時間程だぞ。
何時間かけて歩いた??それでそんな小綺麗にしていられるものか?
アイはカラムを睨んだ。
「つ、次からは迎えを出すよ。すまない、当然馬車で来ているかと……」
カラムもお坊ちゃんなのだろう。どうやら平民の事情には疎いらしい。
それは置いておいて、アイは帰りの馬車で、マドレーヌと話す時間を作ることができた。
馬車に揺られながら、アイはマドレーヌと話している。
馬車は歩くよりは当然いいが、舗装された道で車に乗る事に慣れているアイにとっては、かつてバスの中で立っていた時よりも、ガタガタの道を歩く馬車に座っている方がよっぽど苦痛だった。
「でも、ほんとに、ほんとに、すごかったです!アイさんの氷魔法!」
「そんなこと。マドレーヌさんこそ、回復魔法でみんなを癒して回っていて、感謝されたんじゃありません?」
「ええ、みなさん本当に喜んでくださったので、やりがいがありました」
「素晴らしいです。私も、人の役に立てる魔法が使えたらよかったのですが……」
そんな上っ面な話をする横で、ミルフィーユだけが不機嫌に窓の外を眺めていた。
アイが勝手にマドレーヌを送ることを申し出たことが、とことん気に入らないらしい。
「ところで。今日ここに参加したということは、先日の悩みに、答えは出たのでしょう?」
アイは切り出した。
先日の悩みとは、カラムとマドレーヌの関係性について、アイの見舞いに来た時にマドレーヌが話したことだ。
「ええ。あれから色々考えました。カラム様は素敵な方です。けれど、アイ様という美しく優しい、決まった相手もいらっしゃるから……だから私決めました」
「ふむ……」
「騎士団員として、お役に立てればと!」
「騎士団員として?」
「ええ。今は名誉騎士団員ですが、いずれ本当に一員となって、カラム様のお役に立ちたいな、と」
「それは……なかなか……危険ではありませんか?」
「ええ。魔物と戦ったり、戦争に行くこともあると思います。でも、それでもカラム様の傍でお役に立てるなら、私は頑張ります!」
「なるほど……」
健気なことだ、とアイは思った。
だがどうだろう。どうにもアイに気遣ってそう言っているだけで、カラムを諦めきれないが故の言葉にも思えた。
「では、私がもしいなければ……どうしていましたか?」
口に出してから、少し意地悪な質問だったな、とアイは思った。
「それは……そんな質問、ずるいです……」
わかりやすいな。
アイは簡単に答えを得た。マドレーヌは変わらずカラムを諦められず、好きなのだろう。
そもそも、カラムがマドレーヌにそう思わせるようなことをしすぎている気もする。
そうなれば、次に確かめるべきはマドレーヌというより、カラムの気持ちの方かもしれない。
両親には悪いが、二人が相思相愛なら、それこそバッドエンドを避けるためにも、二人の恋路を邪魔することを、アイは避けなければいけない。
それはそれとして、隣りで聞いているミルフィーユの握りこぶしが、血管から血が吹き出そうなくらい強く握られているので、この話題はこれくらいにしようとアイは思った。
「そうですか。でも、方向が見えたのなら、よかったですね!騎士団員になる夢、応援します!」
無理な笑顔でアイがそう言うと、マドレーヌは満面の笑みで応えた。
「そうだ、次の訓練も、お迎えに行きますので、一緒に行きましょうか」
「えっ?!さ、さすがにそれは……」
「お嬢様?!何を言っているんですか?」
ついにミルフィーユが口を挟んできた。
貴族が平民の村に迎えに寄るなどあり得ないと言った目をしている。
「あー、そうだね。じゃあ、前日とかに、家に来たらどうでしょう?」
「お嬢様!」
「い、いいでしょ、それくらいなら。家には来たことがあるんだし、マドレーヌさんだって一応騎士なんだし、問題はないでしょ」
アイはそう言って、無理やりミルフィーユを説得したのだった。




