寝具による寝具のための争い
火照った青い景色から熱が奪われていくように、世界が白銀に塗り替わっていく頃。
過ぎ去った季節を惜しむように、街中にたたずむアパートの一室で、身を縮こませる。
「…………やばっ……二度寝してた。」
いつもと変わらない組み合わせの服をベッドの上に放り投げ、着替えながら、牛乳に浸したシリアルで軽く胃を満たす。
歯を磨いているときも、一緒に三度寝をしようよ、とベッドから誘ってくる声が聞こえる。
とても魅力的だけど、今日は平日だから。また土曜日に声をかけてくれると嬉しいな。
いつも通り空いているカバンのスペースに水筒を突っ込み、玄関へ向かう。
「いってきマンモス!」
我ながら今の掛け声は今の季節にピッタリではないだろうか。
自画自賛に浸りそうになりながら、外へ出る。
来年からは、棚から布団を引っ張り出すのは、夜にしよう。
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
決して耳に届かない声が、真っ暗な部屋の中で響き渡る。
「半年ぶりね、毛布ちゃん、元気にしていたかしら。」
「はい!布団姉さま!また一緒にご主人さまを温めれる日を、ずっと待ってました!」
布団さんと毛布ちゃんだけでなく、私も含めて、このアパートの寝具のほとんどは、1年前、家主様が一人暮らしを始めるために購入したものです。
その中でも、唯一セットで購入された布団さんと毛布ちゃんのお2枚は、いつも仲の良い姉妹のようで、一緒のときは部屋中にお2枚の話し声が響き渡ります。
もちろん他の寝具さんたちも話すことはありますが、やはり違う寝具だからでしょうか、1日中話しっぱなし、といったことはなかなかありません。
私はあまり話すのは得意ではないので、今の状態も好きなのですが、お2枚の楽しそうな声を聞いていると、やっぱりちょっぴり羨ましかったりします。
「私がいない間も、ご主人様を温めてくれてありがとうね。」
「いえいえ!大好きなご主人さまの側に1年中いれるので、毛布はとても嬉しいです!もっと言えば、布団姉さまもずっと一緒だと嬉しいのですが……」
「私も、毛布ちゃんとずっと一緒にいられなくて寂しいけれど、仕方がないわ。ご主人様に迷惑をかけるわけにもいかないもの。せっかくだから、私がいなかった間、ご主人様はどう過ごされていたか、教えてくれないかしら。」
「はい!」
お2枚の会話の内容は、いつも家主様の話題です。特に、布団さんは1年の中で何か月かいなくなってしますので、その間の家主様の様子が気になるのでしょう。
毛布ちゃんに教えてもらうこの光景は、1年前の冬でも見られ、もはや恒例行事となりつつあります。
「布団姉さまがいなくなってからすぐは、やっぱりご主人さまも寂しいみたいで、毎晩のように体を丸くして────」
「おいおい、一仕事終わったばかりだってのに、元気過ぎやしねぇか?」
「「…………」」
「……おい何か言えよ。」
「それでね!布団姉さまがいなくなってからすぐのご主人さまが────」
「無視すんな!」
「…………あら?居たのね、ベッドさん」
「いるも何も、テメェら上に居座ってんだからわかるだろ」
お2枚の会話が盛り上がりを見せたところ、部屋の中で最も大きい寝具であるベッドさんが待ったをかけます。
家主様のことはみんな大好きで、お2枚の会話は聞いていて、楽しいほどとても共感できますが、ベッドさんは、どうやらお疲れのようです。
「こちとら主を一晩ずっと支えてんだから、仕事終わりは休みてぇんだよ。これまでは毛布だけだったから静かだったのに、布団が戻ってきたらすぐうるさくしやがる。」
「ご主人様の文句を仰るのは辞めてくださるかしら、ベッドさん。」
「ご主人さまと布団姉さまを悪く言わないでよ、このデブ!」
「俺が文句言ってんのはテメェらにだ!あとデブじゃねぇし!主を支えながら快適に眠ってもらうための最適な体形だ!」
やっぱりこうなりましたか……。
1年前の冬は、初めてということもあり、お2枚が会話で盛り上がっているのを、ベッドさん黙って、何日か様子を見ていたのですが、他の寝具さんたちも静かな時間があった方が良いということで、今回と同じように声をかけられたのですよね。
ただ、少し口調がキツイこともあってお2枚とは上手く話せず、喧嘩──といっても片方が一方的に言い負かす程度ですが──に発展することが多く……喧嘩が苦手な私にとっては、仲良くしてほしいばかりです……。
「いいえ。あなたの先ほどの発言は、ご主人様を『重くて疲れる』と仰っているのと同じことよ。そもそも、あなたが疲れるのは、単に力不足ではないのかしら。休む時間を少しでもその短足を鍛えることに使ってみてはいかがかしら。」
「ホントよ!どっちにしても布団姉さまの悪口を言うことは毛布が許さないわ、この豚足!」
「毛布テメェ普段は大人しいくせに、布団が戻ってきた瞬間に言いたい放題だな!オイ布団、テメェの妹分をちゃんと躾けておけよ!」
「……毛布ちゃん。ご主人様にはその口調を使ってはいけないわよ。」
「はい!布団姉さま!あのデブにしか使いませんから安心してください!」
「なら安心ね。」
「オイ!シスコン度の上限値バグらせてんじゃねぇよ!」
もちろん一方的に言い負かすのは、いつだって、布団さんと毛布ちゃんです。お2枚に口喧嘩で勝てる寝具は、この部屋には誰もいません。
ベッドさんのように何とかしてでも、言い返そうとする寝具さんもいますが、いまだに勝てた試しがありません。
「クソ……いいよなぁ!テメェらは!主の上に乗っかっていれば済むんだからよぉ!てか主の上に乗っかって申し訳ねぇと思わねぇのか?」
「ご主人様に寄り添って温まってもらう。それが私たちの役割ですもの。それを申し訳がないと思ってしまっては、自ら私たちを乗せてくれている御主人様の行いを、否定してしまうことになってしまうわ。失礼な方ね。」
「図体がデカいと頭の回転まで重くなってカワイソー」
「なっ///な…な…なら、ペラペラなテメェらは口だけが達者で、義理も人情もないペラペラな野郎だ!」
「あら?私たちは中身がぎっしり詰まっていますから、夢と希望で溢れていますわ。」
「隙間だらけでスカスカなアンタとは違うのよ!」
「…グッ……」
辛辣…!!
ベッドさんも、今のはかなり効いたのではないでしょうか。ギシギシ、とバネがきしむ音が聞こえます。
助けたい気持ちも山々ですが、ベッドさんの味方をしていると思われて、同じ目に遭ってしまえば、私ならもうビリビリに引き裂かれて羽根を吐き出してしまうので……怖くて話を切り出せません。
うぅ……ベッドさんごめんなさい……!
「…………何か月か前、少し暑くなってきたが、布団がまだ棚に戻されていなかった頃の話だが…」
「……なにかしら?」
「布団と毛布が乗っかった状態で寝ていた主が、全身に汗かいて、かなり苦しそうな顔してたよな。テメェらご自慢の役割は主を苦しめることだったっけか?力不足だ?テメェらこそ温度調整の訓練でもした方がイイんじゃねぇのかよ?」
あわわわわ、とうとうベッドさんがキレてしまいました…。
私たちは他の家主を知りません。たぶん、これからずっと、家主様のもとでお世話になり続けます。
だからこそ、たった1人の家主様のことは、みんな大好きであり、私たちにとって欠かせない存在です。
その家主様を苦しませたということは、私たち自身を傷つける以上につらいことです。
普段のベッドさんなら、絶対にそんな話題を出すことはないですが…
「ほら?何か言い返してみ──っ!?」
「ゥ……ウゥ…………うわああああああああああああああああああああんああああああああああああああああああああん……ゔぅ……ゔわああああああああああああああああああああんああああああああああああああああああああん」
「ベッドさん。さすがにその話は…」
「えっ……あっ……その…………すまん……」
布団さんは、傷つきながらも落ち着いていますが、1年を通して家主様のそばにいられない布団さんのためにも、と期待を背負って張り切っている毛布ちゃんにとっては、さすがに堪えられなかったようです。
ベッドさんも、普段はまったく弱音を吐かない毛布ちゃんの泣き声を聞いて、冷静になれたのも一瞬で、今度は慌てふためいています。
「うわああああああああああああああああああああんああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんああああああああああああああああああああん」
「あっ……えっ…と……俺……どうしたら……?」
「うわああああああああああああああああああああんああああああああああああああああああああん!このダニまみれ野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!ご主人さまの病原菌んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」
「それは関係ねぇだろが!!てかダニなんてそこら中にいんだろ!」
ええっ!そこら中にいるんですか?
てっきり洗濯しづらいベッドさんだから汚──ん゛、いえ、何でもありません。
ベッドさんがなだめようと慌てながらも色々試みていますが、泣き続ける毛布ちゃん。布団さんはベッドさんに呆れているだけで何もする様子がないし、どう収集つけたら良いのか私も焦ってきたとき──。
「おっ…俺が悪かったから!な?」
「そんなのあたりまえでしょ」
「…………」
「本気で泣いてると思ったの?きっしょ。」
「よし嘘泣き野郎は今すぐ俺から降りて踏ませろ」
…………どうやら毛布ちゃんは嘘泣きだったらしいです。
本当に泣いたらどんな感じになるのか想像できなくなるほどの迫真ぶりでした。むしろ本当に泣くことが、今後あるのでしょうか。
ただ、一難去ってまた一難。
またお三方の喧嘩が再開しそうですが、先ほどのような話は、私としても、二度と聞きたいと思える話ではありません。
「あっ……あのぅ……少しよろしいでしょうか?」
「あら枕さんじゃない」
「枕ちゃんじゃん」
「なんだ枕か。なにか用か?」
なんでもないです、と言いたくなる気持ちを必死で抑えます。
他の寝具さんと話をするだけでも緊張してしまうのに、体格の大きいベッドさんに、口喧嘩の強い毛布ちゃんと布団さん、この部屋の中でも強いお三方にいっぺんに話をするなんて、凹みの部分が突き破れて穴が開いてしまいそうです。
「えっとぉ……あんまり…喧嘩はしてほしく…ないなぁ…と思っていまして…………みんな家主様に大切にされているので…みんな仲良くしましょう…ということで…この話は終われないかなぁ……なんて」
「…………なら、大切にしてくださっているご主人様が、もっと喜べるように、布団ちゃんとの話を再開しても問題ないかしら、枕さん?」
「えっ……そ…そうで──」
「いやいや、大切にしてくれてる主が今日もしっかりと休めるように、まずは俺たちが休まねぇといけねぇよな?枕よぉ」
「たっ……確かに休んでから──」
「枕ちゃんも、一番仲良しの毛布と一緒に、ご主人さまの喜ばせ方を考えたいよね??」
「ヒッ…………(羽根を吐き出す)…………ごっ……ごめんなさい何でもありませんでした私は羽根の手入れがありますので失礼いたしますお邪魔しました。」
こっ……怖い……もっ……もう二度と割り込んだりしません。
私の中で、まったく関係ない結論は出ましたが、この話はまだまだ続きそうです。
「だいたい、あなたは先ほどからご自分のことしか考えていないのではなくて?ベッドさん。」
「んなわけねぇだろ?主は寝るときだけじゃなくて、飯食うときや、ゲームするときだって俺の上に乗ってんだぜ?それに比べてテメェらは、寝るときぐらいしか使われてねぇ上に、暑いと使われねぇじゃねぇか。一番使ってもらえてる俺が、主のことを一番知ってるに決まってんじゃねぇか。」
「あらあら?そんな浅はかな考えをお持ちとは思いませんでしたわ。使ってもらえる頻度と、大切に思われているかどうかは、別に関係ないと思いますが?むしろ、ただの床の代わりとしか思われていないのではなくて?」
「それに比べてご主人さまは、いつも毛布と布団姉さまを掴んだまま寝ているわ。ときどき抱きしめてもくれるんだから。一番大切に思われているのは毛布と布団姉さまに決まっているわ。」
「テメェらこそ暑すぎて頭が沸いてんじゃねぇの?」
「「はぁ?」」
さっきの毛布ちゃんの噓泣きから、ベッドさんも遠慮がなくなってきている様子です。
私は、これ以上、羽根を吐き出し続けて、家主様に捨てられてしまう運命だけは避けたいので、絶対に割り込んだりはしません。
「ご主人様が一番大切に思われている方がどなたか、私たちだけで話をしてもキリがありませんわ。ですので、ここは、ご主人様に決めていただくのはいかがでしょうか。」
羽根を吐き出し続けてぺったんこになる絶望的な未来が視えてきたときに、布団さんから思わぬ提案が出てきました。確かに、家主様のことで言い争っているので、本人に決めてもらえれば簡単なようにも思えますが……
「確かに主に決めてもらえるってんなら一番手っ取り早いが、どうやって決めてもらうんだ?俺たちの声は届かねぇぞ。」
ベッドさんも同じことを考えていたようです。
家主様には私たちの声は届かないので、いくら「教えて」と言ったとしても、教えてもらえるわけではありません。
「ご主人様には声は届きませんわ。ですが、昨年は、ご主人様は部屋にいる間、いつも手に持っていらっしゃる『携帯電話』という箱に、ささいな感想を頻繁に話しかけていらっしゃいましたわ。朝、部屋を出られる前に、同じく携帯電話を手に持っていらっしゃったので、その習慣は、まだ続いていらっしゃいますわよね?」
「まだ続いています!この前は、勝ったばかりのフライパンの使い心地について、話しかけていたのを毛布は見かけました!」
「『話しかけている』……?…………あぁ~あの表面を叩いて文字を浮かび上がらせている奴か。確かにやってるな。」
布団さんと毛布ちゃんは、たぶん、携帯電話に文章を浮かび上がらせることを指しているんだと思います。
私は家主様の頭の位置にあるので、表面を叩いているのを見たことがあります。そのときに、家主様は同じ内容を口ずさんでいるので、表面を見たことがないお2枚からすると、話しかけているように見えるのでしょう。
「そこで、今日から一週間の間に、一番多く褒められた寝具が、一番ご主人様に大切に思われていることとするのはいかがでしょうか?そこで勝利した方が、今後、私たち寝具全体のルールを決めていく権利があることといたします。」
「さすがは布団姉さま!毛布は賛成です!」
「なるほどその手があったか。いいぜ、俺も賛成だ。」」
「決まりですわね。では、決着が着くまで、しばらくは休戦といたしましょう。もちろん私と毛布ちゃんは話を再開いたしますが、みなさんの休みを妨げないように気を付けたいと思いますわ。」
「助かる。なら俺もしばらく文句は言わねぇよ。」
まるで予選敗退者が決まっているかのように、他の寝具さんたちの返事を待たず、話が進んでいきます。
ちなみに私はどちらでも構いません。家主様の頭を支えられて、寵愛をいただけるだけで十分なほど幸せですので。
しかし、嬉しいことに、一週間の休戦が決まりました。しかも、一週間後には決着が着いて、言い争いが再開されないかもしれません。
布団さんと毛布ちゃんは、布団さんが不在だったころの家主様の話を再開しましたが、最初とは打って変わって、小声で話しています。
ベッドさんはお2枚とのやり取りで余計に疲れたのか、眠ってしまわれたようです。
…………もう、このままで良くありません?このまま布団さんが棚に戻るまで休戦にしましょうよ。
そんなことも思いましたが、今の平和を崩したくはないので、あえて言葉にはしません。
とりあえず私は、吐き出してしまった羽根を飲み込むことにしました。家主様は、普段は念入りに手入れをしている髪の毛が、抜けてしまった途端に、ホコリのように扱いますが、私にはその感覚はいまいちわかりません。
羽根を飲み込み終わり、室内にいながらも太陽の光を吸収できないかとアレコレと試していたところ、外から聞きなれた足音が聞こえてきました。家主様が帰ってこられたようです。
お三方もどうやら気づいた様子。穏やかだった部屋の中に、少しずつ、緊張の糸が張り巡らされていきつつあります。
「ただいマンハッタンは夢の味!」
相変わらずセンスがよくわからない挨拶です。家主様が一人暮らしを始められてから、毎日欠かさず、変な語尾で挨拶をされるのですが、どうやってその言葉に辿り着くのか、誰にも理解はできません。
どの寝具さんたちも同じような感想を抱きながら、私たちは挨拶を返します。家主様に聞こえることはありませんが、こちらも、家主様の一人暮らしから始まった習慣です。もちろん変な語尾は付いてません、というか、付けられるほどのセンスをもっている寝具はいませんでした
「「「「「おかえりなさい」」」」」
家主様のセンスが私たちに伝わらないように、私たちの声も家主様には伝わりません。
でも、このやり取りがあるからこそ、さっきまでモノクロだった部屋の中が、電気で照らされるように、私たちの景色も色づくような気がしてなりません。
いつも通り夕飯を食べ、お風呂に入り、ベッドの上でくつろぐ家主様。
その間も、頻繁に、携帯電話に文字を書き込んでいるようです。近くにいないときも、独り言のように、家主様の声が聞こえてきます。
それにもかかわらず、家主様の口からは、私たち寝具の話が一向に聞こえてきません。先日に引き続いて、フライパンが焦げ付きづらく調理しやすいことだったり、先月から変えてみた芳香剤の匂いが、その前のものよりもお気に入りだったりと、私たち以外の話ばかりが聞こえてきます。
まだ1日目だから仕方がないでしょう、むしろ私たち以外の話がこれだけ出れば、次は私たちの番だろうと、全員が口をそろえて納得していました。
そんな私たちの余裕は、6日目の終わりに完全に崩れ去りました。
「まだ1日残ってんだから、心配するには早ぇだろ」
「主は挨拶のセンスはあんまりねぇが、タイミングはいっつも良いからな!明日は俺たちの話ばっかになるだろうよ!」
「……さすがに俺らのこと忘れてるわけじゃねぇよな?毎晩、俺の上で寝てんだからよぉ……」
「なぁ、主……冗談はよそうぜ……」
「ギシ…………ギシ…………」
みんなを励ましていたベッドさんは、バネをギシギシ言わせるだけで無言になってしまい、
「布団姉さま!ご主人さまは、今日こそ毛布と布団姉さまのこと話してくれるはずです!」
「もっ……もしかしたら明日かもしれませんね!布団姉さま!もしかしたら、ご主人さまは私たちの話が聞こえてて、最終日のお楽しみにしてるかもしれないですね!」
「……きっと、最終日の明日には話してくれますよね……?」
「ご主人さま……?ねぇ……イジワルしないでよ…………」
「うっ…………ゔぅ………………」
強がっていた毛布ちゃんは、本当に泣き出してしまいました。
それでも、このお二方はまだマシな方です。
一番ヤバかったのが布団さんで、初めは他の方々と同じように、まわりを励ましていたのですが、
「……脳が溶けるくらい温めて差し上げたら、私たちのことにも気づいてくれるかしら……」
「…………枕さん、あなたいつもご主人様の頭を乗せてるわよね?寝ている間に、私たちのことを話題に挙げるように暗示とかできないかしら?」
「ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様愛してるご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様私のことをご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様絶対に離さないご主人様ご主人様ご主人様」
「ふ……布団姉……さ……ま……?」
真剣な声でえげつない手段を提案し、家主様が寝てからはずっと、呼びかけているのか自分に言い聞かせているのか見当もつきませんが、呪いのような言葉を発しています。
泣いていた毛布ちゃんですらドン引きです。
あっ私ですか?私はもともと優勝を狙っていませんし、いつもよだれを味わっていますので、通常運転です。
ただ、この話を誰かにして、布団さんに聞かれでもしたら、消し炭にされそうなので絶対に内緒ですよ(震え)
こうして、この勝負が始まる前から諦めの境地に至っている寝具や、私のように通常運転の寝具を除いて、(主に布団さんの呪詛によって)精神崩壊の空気が部屋中を満たしそうになりつつ、最終日の夜を迎えました。
ベッドさんの上に寝っ転がる家主様は、文字を書き込んではいませんが、どうやらご友人と話している様子です。
「…………最近?ん~ちょっと忙しくて睡眠時間減ってるんだよね~。そっちは?…………あぁ~確かにそうだよね~…………えっ?そう?あっでも寝つきはすごく良くなったかも!…………」
長い時間ご友人と話していたので、今日も私たち寝具の話題は出ないだろうと、諦めかけていたとき、思わぬところで睡眠の話が始まりました。
「ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様──えっ!?今、ご主人様は私のことをお呼びになりました1?」
あれからずっと呪詛を吐いていた布団さんにも声は届いていたようで、変な勘違いをしていますが、我に返ったようです。
全員が家主様の話に注目しています。
「それがね!────」
「ぜってぇ俺のおかげだろ!」
「デブはありえないわ!布団姉さまと毛布に決まってる!」
「ご主人様と私は両想いですわ!」
「布団姉さまは少し落ち着こ?」
「────先月買ったシルクパジャマを着るようになってからはぐっすり眠れるようになってさ!もう寝覚めが最高にイイの!後でURL送るから試してみて!」
「「「「………………えっ?」」」」
まさかの答えに、全員が固まってしまいました。
お三方が中心になって(というか他の寝具たちを差し置いて)話をしていたので、それ以外の可能性が、完全に抜けていました。
「……主様はお優しい方でございますね。長い間、主様を支えてきた皆様と比べれば、私など到底及ばないほど未熟でございますが、きっと、新入りをないがしろにしないために、お選びいただいたのでしょう。」
選ばれたシルクパジャマさんは、家主様を立てながらも、他の寝具たちを敵にまわさないようにフォローもしていて、とても紳士的です……!
「まっまぁ?主のことだから、ちゃんとシルクパジャマのことを選んでくれると思ってたぜ?これからも一緒に主を支えていこうぜ?」
「ご主人さまに大賛成です!シルクパジャマ君!これから仲良くしようね!」
「ご主人様の優しさがおわかりになるなんて、とてもご主人様のことを想っていらっしゃるのね。ぜひ、これからもよろしくお願いいたしますわ。」
さすがに家主様が決めた結果ということもあり、反対できるはずもなく、皆さんシルクパジャマさんを祝っています。
ただ…………傀儡政権を築こうと、少しでも取り入ろうとしてるように感じてしまう私は変でしょうか?