田舎ギルドのギルド経営
おっさんの日常です。山なし谷なしオチもなし。
チートも聖女も転生者もいません。心の広い方向け。
これは異世界転生俺最強チート!でもなければ、異世界転移の無自覚聖女様!でもなく、聖剣を引っこ抜いた実は伯爵家の隠し子の話でもない。
辺境の街にあるギルドを統括しているおっさん、独身の日常の物語である。
辺境の街とはいえさびれた田舎村ではない。
辺境伯のお膝元にそこそこ栄えた街で少し離れたところには初心者冒険者向けの洞穴ダンジョンと未踏破の中級ダンジョンもあるので、やはりそこそこギルドも賑わっている。
今日も今日とてギルドのベテラン受付嬢の元気な挨拶とともに3ヶ所ある受付とクエストボードは大盛況である。
そんなギルドホールを横目に朝礼を済ませた男は『ギルド長』という肩書きが示された所定の位置に足をすすめる。
職員のいる事務室の奥、開けたそこは隔たるようなものはなく職場全体を見渡せる健全な作りである。
(まぁ、単純に職員少ないだけなんだけど。)
王都のギルドならこの5倍は職員がいて日夜稼働しているがこんな辺境では夜勤が緊急時に対応するため最低限寝泊まりする程度のもんである。
割り当てられた席で重要度と緊急性の高い書類から振り分けてはサインを書き込んで机脇に置かれた仕分け用のみかん箱に書類を放り込んでいく。
このまま穏やかな日差しが真上に来たら向かいの食堂でサーモンサンドを食べようと心に決めたその時である。
「なんで冒険者登録できないんだよっ!」
「ですから、登録には条件がありまして……。」
「今日から俺も15で成人なんだ!冒険者は成人したらなれるんだろ!?」
あ〜。いるいる。年に数人片手で数えるだけではあるが寝物語と混同してソロ活動俺最強!を夢見る夢太郎。しかもそういうやつほど人の話聞かねぇのな……。
「あ〜あ、今年はいないと思ってたんだがなぁ。」
よっこいしょと立ち上がって受付に向かう俺に職員たちからの苦笑いが向けられる。年の暮れが近づきつつあるこの時期、珍しいことに今年はいなかった夢太郎がついに現れたのである。
「今日から成人だって?」
若い受付嬢の後ろから声をかけると、年相応まだ幼さの残る赤毛の少年がカウンターの向こうに立っている。
「そうなんだ。なだから冒険者登録をしにきた。」
急に現れたおっさんに警戒したのか、先程まで受付嬢に食って掛かっていた赤毛の少年は少し語気を下げた。
「そうかそうか。成人おめでとう。」
「ありがとうございます!」
「だが、成人したからと言ってはい冒険者とはいかないんだ。」
「え……?」
「あ〜、俺はここのギルドマスターのロダン。冒険者登録や昇給試験の審査員をしている。なのでなぜ冒険者登録ができないかを説明すると。」
「は、はい。」
根は真面目なのだろう。少年はさきほど直した居住まいをさらに直した。踵浮いてそうだな。
「まず冒険者はソロ登録ができない。登録するには2人以上のパーティでなければ登録できない。」
「え?じゃぁソロ活動は?」
想定外と顔にありありと書いてある少年はぽかんとした顔でつぶやいた。それは誰かに問いかけるというより本当に思わず口から出ただけのように見える。
「それができるのは20歳以上もしくはパーティランクCからだ。ソロは命の危険性が高すぎるからな。まずはパーティを組んで冒険者登録、それから昇級して、実績と実力を上げてソロだな。」
大体この田舎ですら春になれば冒険者志願者が多数いる。王都ともなれば連日であることは間違いないしこの国の主要都市60ヶ所以上のギルドで個人レベルの管理をするとなるとどれだけの規模か。
それが年間でどれだけ減るかまでの管理まで含まれるとなればギルドの負担はいかばかりか。
まぁ、こんな子供に行ったところで理解されるとも思ってないから口に出さないおっさんである。
「なんだよ〜。登録手続きだけじゃないの〜?!」
そんな簡単に受理してたら山の中は死体の山であること請け合いだ。
「馬鹿野郎、冒険者なめんな。登録のためには最低限2人以上のパーティで連携がとれること、それから魔物に関する基礎知識、野草・薬草・毒草の見分けとそれらに関する基礎知識が備わっているかの試験がある。これらをクリアしないと登録は無理だ。」
「そんなに!?」
登録用紙に名前を書いて終わりました。なんて物語だけの話である。大抵町の外に出る用事のある大人であればゴブリン程度は倒せるのが当たり前の世の中だ。実力もわからんやつをギルド冒険者にするわけにいかない。
それから知識はあればあるほどいい。うっかり独創食べて神様のお膝元なんて笑い話にもならない。
(まぁ、神なんて本当にいるのか知らないが。)
会ったこともない神の存在を思考するおっさんを他所に少年は頭を抱える。
もちろん希望すればパーティの斡旋もある。しかし、それは登録済みである程度時間がたった者に対してである。ある者は仲間を失った場合であったり、ある者は仲間との方針の違いであったりと理由は様々だがパーティの解散や離脱、再編成は割とあるのである。
「登録前に下調べすらしてないのか。」
唸っている少年のすぐ後ろから言葉にこそしなかったが「笑わせる」とでも言いたげなつぶやきだった。
おっさんには聞こえたが、彼の後ろにいる事務職員にまでは聞こえていないといったところだろう。
「キミは?」
声の主を振り向いた赤毛少年の顔をおっさんは見えないがそれがどんな表情だったかは想像に固くない。
現につぶやいた少年はちょっと勝ち誇ったような顔をしている。話の先を向けられたからなおさらだろう。
「お話中失礼します。冒険者登録に来ました。3人パーティです。」
黒髪青目の少年は怯むことなく堂々と言ってのける。
実はおっさん、赤毛の少年がカウンターに来たときからこの三人組はチラチラとこちらを見ていたし、なんならその後ろに控えていた中級冒険者の姿も確認していた。
(あれは流れの中級冒険者だな。酒場で息子がそろそろデビューだと声高だったが本当だったとは……。)
他人様の家庭事情を思ってもしょうがないので、ちょっと威厳たっぷり……に見えるように頷いてみる。そこに意味はない。
「では裏で実技試験だ。相手は俺が務めるが倒すことが目的ではない。キミたちの実力を図るものだ。」
見たところ重戦士と槍使いに剣士。それぞれ獲物に手を掛けて気合の表れが見える。
そんな少年たちを微笑ましく思いつつも、小馬鹿にしてると勘違いさせないように無表情を貫くと、会話を聞いてるであろう赤毛の少年に向き直る。
「せっかくだ。キミは見学していくといい。口頭試験はそうもいかないが実技は誰でも見学できる。」
中級冒険者の息子がいるパーティということはギルド内でも知れているのだろう。おっさんや新米候補以外にも裏の広場に移動する者達がいる。
「仲間を探してでも冒険者になりたいと言うならキミも挑戦することだし、歳の近い者の動きは勉強になるだろうし、見られてる方も気合が入る。両者とも合格すればある種ライバルであり仲間だ。見てて損をすることはない。」
実際、損をすることはなかった。
(特をすることも無かったわけだが。)
結果をいうなら三人組は不合格だった。
このパーティなら多様な手法がとれるが、初心者向けのセオリーとしてはリーチと速さが有利の槍が切り込み有利なポジションに誘い込み、反撃を受ける前に重戦士が間で盾を構え、影から剣士が飛び出す連携は誰もが通る戦法である。
もちろんこの形にこだわる必要はない。むしろ冒険者2世と聞けばどんな手法が来るのかと年甲斐もなくワクワクしたおっさんある。
が、その結果は散々たるもので……。
黒髪剣士の少年がほぼワンマンプレーを切り出し他の二人は見守り足か動かなかった。それだけなら緊張からよくあるが、そこからの声の掛け合いやアイコンタクトもなく始終それだったので少年たちはおっさんからの腹パン1発ずつを喰らい片膝をついた。
ちなみにおっさんは素手である。
(安心しろ。峰打ちだ。)
拳の峰とはどこなのか。心のボケに対して勿論ツッコミは誰からももらうことなく……。
「不合格。」
「え、あんなに撃ち込んでいたのに……。」
おっさんの宣言に驚愕を浮かべたのは赤毛の少年。
しかし、そう思ってるのは彼だけで周囲の冒険者たちはやれやれと言った風で黒髪剣士の父と思われる冒険者も方を竦めている。
「剣筋は悪くない。たがパーティなのにワンマンプレーではその意味をなさない。もっと仲間を頼り信用しろ。なんの為のパーティなのかを考えろ。」
まだ昼前だというのに威厳たっぷりで夕日でも背負いそうなおっさんである。
「ま、これに懲りずに何度でも来い!いつだって相手してやる!……キミも、門戸はいつでも開いている。仲間を見つけたらいつでも挑戦してこい。ここにいる連中は気のいい奴らばかりだ。助けや教えが欲しければ誰にでも声をかければいい。礼儀を欠くことなければ誰でも応えるだろうよ。なぁ、お前らっ!」
あ、全部ぶん投げた。と、思う者はここにはいなかった。気のいい冒険者たちはノリもいい。
その場にいた奴らは各々声を上げてギルマスに応えるようにある者は拳を上げ、ある者は得物を掲げ声を上げた。
腹パン食らった三人組はまだ動けていないが、その目は挫けていなかった。ここでこれ以上の説教は野暮というものだ。
「よろしくお願いしますっ!」
冒険者たちの喜びとも野次ともとれる卵たちへの声援に負けない大声が響いた。
腰から直角に曲げられた体としっかり引かれた顎に親のしつけの良さと体幹の良さを感じる。
(こいつは可愛がられるタイプだな。)
まだまだ盛り上がる冒険者たちをよそにおっさんは事務室に結果を伝えに行く。
「いやぁ〜次回が楽しみだわ〜。」
まだ見ぬ新人を楽しみにするおっさんであった。
年の暮れも差し迫った年末。
「冒険者登録お願いします!」
元気な声で駆け込んできたのは以前にも見かけた赤毛の少年。その隣にはにこにこと佇む金髪緑目の女の子。
「おう!意外と早かったな少年!」
「え、あ!」
ニカッとわらったおっさんに何かを気づいた少年が息を呑んだ途端に顔つきが変わった。
「俺、ヘタイっていいます!で、こっちはパーティ組んでくれたティネです。」
辿々しいながらに使う敬語が彼の成長を物語っている。たったそれだけのことで赤毛の少年がこの二ヶ月ほどの間にいろんな相手に揉まれたのだろうと推測できるというものである。
そろそろチートと悪役令嬢(令息)転生はお腹いっぱいなので別なのがほしい私と、同意見だったオタク気味の旦那がこんなの読みたいと設定を考えてくれたので文字起こしをしました。
本当は卵たちが新米になるとことか、それぞれの名前とか出せるくらい書きたかったけど短編なのでさくっと読めるとこで止めてみました。
好評だったらもっと書きたいなぁとか……。思ったり思ったり。
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