間違えてクラス1の美少女の下駄箱にラブレターを入れてしまい、しかもその美少女に即OKされてしまった
俺・手嶋水輝はこの日、一世一代の大勝負に出ることにした。
朝の7時20分。いつもより30分以上も早く登校した俺は、誰もいない下駄箱の前で一人、突っ立っていた。
クラスメイトの名前を一つ一つ確認しながら、お目当ての下駄箱を探していく。
三島、桃坂、山崎、山手……あった、ここだ。
俺は山手と書かれた下駄箱を開ける。
朝早い為、山手はまだ登校していない。俺は彼女の上履きの上に、一通の手紙を置いた。
手紙自体は何の変哲もないシンプルなデザインのもので、だからこそ手紙を閉じているハートマークのシールが一層目立っている。
この手紙に何が書かれているのか? ハートマークのシールが、その内容を物語っている。
そう、この手紙は……ラブレターなのだ。
山手美穂。彼女はクラスメイトであり、俺と同じ図書委員会に所属している女子生徒だ。
黒髪メガネの如何にも文学少女という外見をしていて、実際見た目通りの読書好き。
基本的にどんなジャンルも読むそうなのだが、とりわけミステリーが一番好きだと言っていた。
俺もミステリー好きということで、山手とは委員会の仕事の合間に好きな本について語り合ったり、オススメの本を教え合ったりしていた。
本を読むだけでなく書くのにも興味があるらしく、自作の推理小説を持ってきた時はマジで驚いたな。
「あの……稚拙な内容で拙い文章ですが、もし良かったら読んでみてくれませんか?」
恥ずかしがりながらも勇気を出して原稿を手渡す山手は、言葉にならないくらい可愛かった。
どこかの生徒会長や野球部のキャプテンとは違い、俺はあまり校内で異性と会話しない。
業務連絡ならまだしも、自分の趣味嗜好に関して話したりするのは、山手くらいだ。
俺にとって山手とは、唯一無二の女の子。だからさ、好きになっちゃっても、仕方ないよな?
ハートマークのシールを貼った時点で俺の好意はダダ漏れてしまっている。だからラブレターの文面にも、きちんと「好きです」と書いておいた。
ただその恋が成就するにしろしないにしろ、返事は直接会って彼女の口から聞きたい。故にラブレターは、「放課後屋上で待ってます」という一文で締めくくられている。
果たして山手は俺の想いに応えてくれるだろうか? そもそも俺の要望通り、屋上に来てくれるだろうか?
今日の俺はそのことで頭がいっぱいになってしまい、日中の授業の内容がまるで入ってこなかった。
◇
これっぽっちも授業に集中していなかったのに、この日の正課はいつもより早く終わった気がする。
そしてやって来た、運命の放課後。
呼び出しておいて、山手を待たせるのはどうかと思う。日直でも掃除当番でもなかった俺は、ホームルームが終わるなりすぐに屋上へ向かった。
俺は時計の針を見る。
チクタクチクタク。秒針は常に同じ速度で動いている筈なのに、不思議も日中よりも進みが遅いように思えた。
山手が来れば、彼女は俺の告白に対する返事を口にするだろう。
結果がどう転ぼうとも、俺の片思いはもうすぐ終わる。
これまで当たり前のように胸の中に居座っていたこの感情を、捨てることになるかもしれない。そう考えると、途端に名残惜しくなっていた。
「無理だろうな。だからこれは、記念受験ならぬ記念告白なんだ。フラれるのが当然。オーケーを貰えたら儲け物。そのくらいの感覚でいこう」
などと強がった発言でもしていないと、緊張のあまりどうにかなってしまいそうだ。
俺は存外小心者なのだ。ヘタレなのだ。だから告白だって、相手の顔を見ずに済むようラブレターという手段を用いている。
それでも「もしかしたら」なんていう淡い期待はあるのだが。
やがて屋上の出入り口の扉が開く。校舎の中から、一人の女子生徒が出て来た。
「……え?」
俺はその女子生徒の姿を見て、思わずそんな声を上げてしまう。
それどころか、抱いていた緊張感も決めていた覚悟も全部綺麗さっぱり消えてしまっていた。
なぜなら――屋上に現れたのが山手ではなく、彼女の友人の横瀬雫だったからだ。
「どうして、横瀬がここに?」
尋ねると、横瀬は小首を傾げて応える。
「どうしてって……手嶋くんの方が、私を呼び出したんじゃない」
そう言って横瀬がポケットから取り出したのは……俺の書いたラブレターだった。
……え? どうしてそのラブレターを、横瀬が持っているんだ? 俺は山手の下駄箱に入れた筈だぞ?
もしかして、入れる下駄箱を間違えた?
山手と横瀬ほ下駄箱は隣同士だし、緊張していたせいで間違えた可能性もある。ただ……そんなミスが起こらないように、下駄箱の名前を再三確認した筈なんだけどな。
ていうか何でよりによって、横瀬の下駄箱に入れちゃうかな。
横瀬といえばクラスで1番可愛い女の子と言われていて、今年に入ってからも既に10人近い男子に告白されているとか。
そんな女の子に何の取り柄もない俺が告白なんて……身の程知らずだろうがよ。
真実がどうであれ、今この場に横瀬がいて、彼女が俺の書いたラブレターを持っているのが事実。だとしたら、入れる下駄箱を間違えたと考えるのが自然だろう。
横瀬には申し訳ないけど、ここは素直に「間違えました」と謝り、お引き取り願うとしよう。
そう思った俺が、口を開くと――
「よろしくお願いします」
突然横瀬が、俺に頭を下げてきた。
いや、頭を下げること自体は予想出来た。だけどその場合、告白に対する「お断り」である筈で。
「よろしくお願いします」って……え? どういうこと?
呆けている俺に畳み掛けるように、横瀬は続ける。
「私も手嶋くんのことが好きなのよ」
……おいおい、嘘だろ。俺今、クラス1可愛い女の子に告白されてる?
数多くの男子が、それこそ生徒会長や野球部のキャプテンが告白しては玉砕している美少女に、「好きだ」と言われてる?
俺は自分の顔が、一気に熱を帯びていくのを感じ取った。
横瀬に告白されて嬉しいかどうか聞かれれば、そりゃあ嬉しいに決まっている。
生まれて初めての告白がクラス1可愛い女の子からなんて、最高以外の何ものでもないだろう。
じゃあ横瀬の告白を受けるのか? ……それはまた、別の話だ。
例えば俺が山手のことを好きでなかったら、彼女の好意を受け入れていたかもしれない。例えば今日俺が山手に告白しようとしていなければ、一考の余地もあったかもしれない。
だけど今の俺は、山手のことが好きで。山手に告白しようとしていて。そんな状態で、果たして別の女の子と付き合うなんて出来るだろうが?
山手に好かれているかわからないから、代わりに告白してくれた横瀬と付き合うなんて、虫が良いにも程がある。
きっと横瀬は、自分がこれからフラれるだなんて微塵も思っていないんだろうな。
彼女からしたら先に告白したのは俺の方で、自分はそれに返事をしただけなのだから。
きっと殴られる。罵詈雑言を受ける。
だけど山手のことを想いながら義務感で横瀬と付き合うことなんて不誠実をすることに比べたら、ずっとマシだ。
俺は先程の横瀬よりも深々と、頭を下げた。
「すまん! 横瀬と付き合うことは……出来ない!」
「私と付き合えないって……どういうこと? ラブレターをくれたのは、手嶋くんよね?」
至極当然の質問だ。
俺はその誤解を、慎重に解いていく。
「確かに俺はラブレターを出した。でもそのラブレターの宛先は……本当は山手だったんだ」
「美穂? でも私の下駄箱に入っていたわよ?」
「だからそれは……焦って入れる下駄箱を間違えたんだよ。ほら、横瀬の下駄箱って山手の下駄箱の隣だろ?」
俺の説明を聞いた横瀬は、「あー、そういうこと」と呟く。
「つまり手嶋くんは、誤って私に届いてしまったこのラブレターをなかったことにしたい。そう言っているのかしら?」
「それは……はい、そういうことになります」
自分で言ってて、最低だと思った。
もし横瀬にフラれていたら、罪悪感ももっと軽かっただろうに。
「山手さんのことが好きだから?」
「それもあるけれど……山手に告白しようと思っていたのに、間違えて横瀬の下駄箱にラブレターを入れて、その結果お前に告白されている。なのにその告白を受けるなんて、横瀬にも山手にも失礼だろ?」
「誠実なのね」
「普通のことをしてるのに、誠実とか言うな」
「その普通のことが出来る人間って、案外少ないものよ。益々好きになっちゃった」
今しがた失恋したばかりだというのに、まだ俺に「好き」と伝えるなんて、どんな強メンタルしてんだよ? 羨ましいよ、本当。
「このラブレターをなかったことにしたい。手嶋くんの要望はわかったわ。だけどたとえ間違いの末のものだったとしても、私の方は告白を撤回するつもりはないの」
「そう言われても……俺はどうすれば良いんだ? さっきも言ったが、俺は山手が好きなんだぞ?」
「わかってるわ。でも、まだ美穂と付き合っているわけじゃない。違う?」
「それは……その通りです」
ラブレターが横瀬の手元にある以上、山手にはまだ俺の好意すら伝わっていない筈だ。
「だったら、私と付き合ってよ。ただし、手嶋くんが美穂と付き合うまでの期間限定でね」
俺が山手と付き合うまでの期間限定? それって……
「俺が山手に告白して、付き合えたらその時点で俺たちの関係は終わり。もしフラれたら、そのまま恋人関係を継続していく。そういう認識で合っているか?」
「相違ないわ。つまり私をキープにすること。それがこのラブレターをなかったことにする条件よ」
何だ、その俺に都合良すぎる提案は?
山手への想いが成就しようがしまいが、100パーセント俺に彼女が出来るってことじゃないか。
お得意の不誠実で断ろうとしても、それがラブレターをなかったことにする条件だと言われてしまえば、拒むことなど出来やしない。
第一俺に何のデメリットがないところが、ある意味意地悪い。
「それで、手嶋くん。私は今あなたに提案したわけだけど、それに対する返事は?」
告白ではなく提案だとしたら、俺の取れる選択肢は一つしかなかった。
「……よろしく頼む、横瀬」
「えぇ。こちらこそよろしく、手嶋くん」
こうして間違いから起こった、間違いだらけの交際が始まったのだった。
◇
水輝と雫が期間限定の恋人同士になったその日の夜、雫は親友の美穂と電話をしていた。
「上手くいきましたね」
「えぇ、本当。何から何まで、美穂のお膳立てのお陰よ。ありがとう」
雫は美穂に礼を述べる。それはーー期間限定とはいえ、水輝の彼女になれたことへの感謝だった。
実のところ、水輝はラブレターを入れる下駄箱を間違えてなどいなかった。きちんと美穂の下駄箱に入れていた。
しかし水輝の想いに応える気がなく、そして親友の恋を応援したい美穂は、このラブレターを利用して二人をくっつけてしまおうと考えて、一計を講じたのだ。
水輝が美穂に告白し、オーケーを貰うまでという期限付きの交際。しかし美穂に水輝を受け入れる気がない以上、その期限は永遠に来ない。
つまり今回の一件で最も得をしたのは、実は雫だったりする。
「付き合うという目標は達成したわ。次は手嶋くん……いいえ、水輝くんの方から、好きだと言わせてみせるんだから」
恋する乙女の野望と、彼女の親友の画策は、まだ始まったばかりだ。