不協和音
……。
そんなこんなで私とアランは結婚したのだから、当たり前に幸せになれるのだと思っていた。
私達は、大恋愛をしたのだと。
……だけど。
いつの間にか私達の結婚は……上手く行かなくなっていた。
理由はひとつではないと思う。
アランもだけど、私も意地っ張りで素直じゃなかったのがいけなかったのかも知れないし、長年の親分子分が染み付いていて、甘い雰囲気になれなかったからかも知れない。
それに……なかなか子供が授からなかったのも良くなかったのかも知れない。
でも……、あえて言うなら、アランはあまり伯爵業に向いていなくて、嫌がって子分だった私に仕事を押し付けてきて……いつしか私が義父である伯爵のお手伝いをするようになってしまったのが、一番の原因かも知れないなと思う。
気が付けば、本来はアランがやるべき後継ぎとしての諸々は、私が伯爵から引き継いでいる。
その結果、執務は私が、対外的な社交はアランがする事になったが……アランの社交は、その見た目を生かしたもので……つまりはどこぞの貴族の奥様やら未亡人なんかと浮名を流すようになっていたのだ。
この国の社交界は、その辺の貞操観念がわりと緩くて……政略結婚も多いから、子供が出来たら後はお互いに好きにするという、爛れた風潮がある。
私達は政略結婚ではないし、子供もいないのだからアランがそういう事をしているのならば、それは浮気なんじゃないかとも思うけれど、あくまで、浮名……噂なのだ。
アランを信じているからそう思えるだけなんじゃないかって?
……それは、そうなのかも知れない。
だけど、アランが本当に誰かとそういった関係になっているという明確な証拠は何もなかったし、アランの社交のおかげで我が家にメリットがある話が舞い込む事もあったから……私は特に何も言えなかった。
それに……私の方も、そんな事がどうでも良くなるくらい、慣れない伯爵の代行業で疲れ果ててしまっていて、アランとぶつかりたくなかった。
……。
私たちは、いつの間にか愛は目減りして……情や責務で繋がっている夫婦になってしまっていた。
それでも伯爵家では大切にされているし、アランも家では私を妻として尊重してくれていた。(私が居なくなったら困るからってのはあるだろうけれど。)
まあ、そんな噂になるくらいだ。夜会なんかで女性とふざけたり戯れたりはしているのだろうけれど、大騒ぎして離婚するほどの決定打ではない。
だから、なんとなく不満を抱えながらも、惰性でこの結婚生活は続いていくものだと……夫婦になったら、こんなものなのかも知れないと、私はそう思っていた。
◇
「……え。子供が出来た……?」
ある日、珍しくかしこまった顔で話があると執務室にやってきたアランからは、衝撃的な言葉が飛び出した。
……とあるご婦人を妊娠させてしまったのだと。
「……ああ。……あちらにも家庭があるんだけど……旦那とは別れて住んでいるから、絶対に俺の子供だって言うんだ。それで、その……。」
「……わ、私と離婚するって事?」
あまりの衝撃的な話に、声が震えた。
「ち、違う!……俺たち、子供が出来なかっただろう?だからさ、代わりに子供を産んでもらうって事になったんだ。……それで、クレアも喜ぶかなって。」
……。
アランのあんまりな発言に私は眩暈を覚えた。
喜ぶ……?
私が……?
どうしてそう、思うのだろう?
私はあまりの事に体の芯が冷えていくような、足元が揺らいでいるような、そんな気がした。
「……。その子を……引き取って育てろと……?」
「ああ、そういう事だ。半分は俺の血が入っているし、我が家の後継ぎとしては、問題はないだろう?」
「……!……お、お義父様たちに確認しないとですが……アランの子供ならば喜ぶんじゃないでしょうか……。お相手の女性にもよるとは思いますが……。」
……後……継ぎ……。
そっか……そうだよ……ね。
義父と義母は良い人たちで、私を本当の娘のように可愛がってくれているが、ひとりっこで実子のアランには無茶苦茶に甘くて、とても可愛がっていた。だからこそ、内心ではいつまでも誕生しない後継ぎについて、考えていない訳ではないと思う。
……アランの子供なら……きっと彼らは喜んで受け入れそうな気がした。
「クレアは……喜んでくれないのか?」
「わ、わかりません……。」
私はそう言って目を伏せる。
結婚した当初は欲しくて堪らなかった、アランとの子供。
それはいつしか、いなくて良かったかも……に変わっていった。
だけど……。
分からない。
本当にもう欲しくないのか、出来ないからそう思いたいのか……。
……。
確かに、今さらアランと子供をつくれと言われても……難しいと思う。だから、その問題が伯爵代理としては解決して嬉しく思ってしまう反面で、私……クレア個人としての気持ちが、悲鳴を上げている。
「クレアはさ……いつの間にか俺と敬語で話すようになったよな。」
「……。」
「俺、伯爵家の跡取りとしては不出来で……クレアとの距離も出来て、寂しかったんだ……。」
ポツポツとそう語るアランから私は顔を背けるように俯いた。
……私だって寂しかったよ!!!
私だって、そこまで伯爵業が向いているわけじゃなかった。押し付けられたから、仕方なしに頑張っただけで、落ち込む事だってあったし、常にいっぱいいっぱいだった。
不安だったし、アランに支えて欲しかったよ……。
頭にはそんな素直な言葉が浮かんだけど、それが私の口から紡がれる事はなかった。
……きっと、私がこんな可愛げのない性格だから、アランの気持ちは離れていってしまったのかも知れない。
「……お、お相手は、どなたなのですか?その……アランの子供を産む事を主人側から反対されたりは?我が家からの資金援助や、お金が必要なのでしょうか……?」
「あのさ、相手は金なんか要求しないって。純粋に俺の子供を産んでくれる気なんだ。金目当てみたいな酷い言い方はやめてくれないか?」
ムッとしたように言われて、私は唇を噛み締めて目を逸らした。「そう……ですか。」としか言えない……。
金目当てじゃないならそれは、アラン目当てって事じゃないか……。
「彼女のご主人は辺境伯で、紛争の絶えない領地でずっと指揮を取られている。だから王都に来る事は殆どないんだ。……黙っていればバレないんだってさ。」
辺境伯……。
私はその言葉に身を硬くした。
「ま、まさか……お相手の方は……。」
青ざめてアランを見つめると、アランは少しだけ気まずそうに眼を逸らした。
「……リリアナだよ。」
……。
……。
「い、いつ……から……?」
私の問いにアランは俯く。
「……もう、2年になるかな。」
私とアランが結婚して……そろそろ4年だ。
そして、2年前は……ちょうどアランが浮名を流し始めた時期と一致する。
もしかするとアランは、リリアナ様との事を隠す為に噂にまみれたのかも知れない。……木を隠すには森の中と言うじゃないか……。
乾いた笑いが漏れる。
そうなの……。
私との結婚生活の半分以上を……リリアナ様と……。
叫び出したい気持ちを、私は歯を食いしばって耐えた。
そうか、結局はそうなるのか……。
私はもうそれ以上アランと会話を続ける気にもなれず、無言で執務室を後にした。




