思いがけない告白
「落ち着きましたか?」
リオル様にそう聞かれて、私は静かに頷いた。
「すみません、ありがとうございます。」
あれから、私はリオル様に家まで送りますと言われ、馬車に乗せてもらう事になったのだ。
「何かあったのですか。」
「え……えっと……。」
さすがにそこまで親しくもないリオル様に、アランとの事は話せず、私は視線を彷徨わせる。
そのまま、黙っているとリオル様は諦めたように「……言えない事もありますよね。」と優しく言って、話を終わらせてくれた。
……馬車の中には、穏やかな沈黙が流れる。
「あ!そういえば、クレア嬢はアランと婚約されたのですね?」
思い付いたようにそう言われたが、アランの話題に私はハッとして顔を上げた。
「えっ。あ、……はい……!」
「おめでとうございます……と、言いたいところなのですが……。」
リオル様はそう言って苦笑いを浮かべた。
「リリアナが大層ショックを受けていましてね……?どうもリリアナの奴はアランを気に入っていたようで……。」
「!!!」
「今日は泣いて部屋に閉じこもっているリリアナの為に、彼女の好物である菓子を買いに、こちらまで来ていたんですよ。」
サッと自分の体温が下がったのが分かった。
リリアナ様も……アランの事が……。
なのに私は……なんて事を……!!!
「……ごめん……なさい。」
「ああ、別にクレア嬢を責めている訳ではないのですよ。ただ、リリアナは勝手で我儘なところがありますから、今までのようにクレア嬢とお友達としてやっていくのは、難しいでしょう。」
「……。」
どうして私は、間違えてお酒なんて飲んでしまったのだろう?
お酒なんか飲んでしまったから、私は長年の思いに自制ができなくなって、本音を曝け出してアランを誘ってしまったんだ……。
あまり自分の醜態を覚えていないのが幸いではあるけれど……。
だけど、そんな私が余りにも哀れで、長年の付き合いで情はあったアランは、つい応じてしまったんじゃないだろうか……?
そして、その結果……アランの幸せを奪い、リリアナ様との友情も失ってしまった。
私は……なんて事をしてしまったのだろう……。
俯いていると、ポタリ……と涙が膝に落ちた。
「クレア嬢?!……すみません、泣かすつもりでは。リリアナはああ見えて苛烈な所がありますので、距離を取った方が良いですよ、と言いたかったのです。」
「い、いえ……。責められるのは仕方がありません。私、リリアナ様にアランとはただの幼馴染なんだと言っていました。あまつさえ、アランを勧めるような事まで言っていて……。なのに、そんな私がアランと急に婚約して結婚する事になってしまったんです。リリアナ様が怒るのも尤もだと思います。」
吐き出すようにそう言って顔を上げると、リオル様は何かを考え込んでいるような顔をしていた。
「クレア嬢は……アランとの婚約があまり嬉しくないんですか?」
「……。」
嬉しいか、嬉しくないかで言ったら……こんな事になってしまったのは、すごく苦しくて……嬉しくはない。
だから静かに頷くと、リオル様は少しだけ笑った。
「なら……私にもまだチャンスが残っていますかね?」
「……え?」
「私……実は貴女に求婚しようと思っていたんですよ。」
「は?……リオル様、何をおっしゃっているのですか???」
驚いてリオル様を見つめると、リオル様の手が伸びてきて私の手を遠慮がちに握った。
「素敵な方だな……と、思っておりました。……それならば今からでも、私を選んでは下さいませんか?」
「あのっ?!か、揶揄うのは止めて下さい!私は特に可愛い訳でも、家柄が良い訳でもありませんし……。正直、リオル様に好かれる理由がわかりません。」
「……恋に理由は必要でしょうか?私が貴女を好ましいと思った、それだけです。……でも、そうですね、あえて言うなら、貴女は人付き合いが上手い。そこが特に気に入った点ですね……。」
……え?
人付き合いが上手い???
そ、そうかな……?
そこまで社交的なタイプでもないし、不愛想だとは思わないけど、普通だと思う……。
「内弁慶でプライドが高いリリアナとも貴女は仲良くやっています。……クラスは違いましたが、アランはパブリックスクール時代から難しい性格だと評されてきました。そんな二人と上手くやるのは、なかなか凄いなと思いましたよ。」
「あ、あの。私、リリアナ様の事もアランの事も、難しいなんて思った事はありませんけれど?」
「そこが貴女の素晴らしいところです。それだけではない。夜会の席で四人で過ごす機会が増えて、私は何度も貴女に助けられました。」
「え?私が、リオル様を助けた???……そんな事って、ありましたっけ?」
そもそもがリオル様はマナーも完璧で、物腰も優雅な超お坊ちゃまだ。夜会で私なんかが助けるような事になった記憶なんて、全くないんだけど???
「……ありますよ。変人伯爵に絡まれた時や、しつこい女性に纏わり付かれた時も、貴女は上手くそれらを別の話や別の事に気を取られるよう誘導し、私を助けてくれました……誰も不快にすることなく。貴女はとても如才ない。そんな所に惚れ込んでおります。」
……。
あー……。
あれか。
私が馬鹿っぽい質問なんかをして興味を逸らしたり、空気読めないフリをして意味の分からない話して割り込んだり、頓珍漢な発言で相手を煙に巻いたりする、アレか……。
言われてみると、美形のリオル様も夜会で良く絡まれていた。
だけどそれは、やっぱり美形であるアランやリリアナ様もなので、リオル様の事はついでって感じだったんだけど……?
そもそもこの『角が立たないようにお引き取り願う』ってスキルは、美形だったアランが良く絡まれて……アランは中身が狂犬だから……トラブルを起こす前に、なんとか別の所に行ってもらったり、他の事に気を向けてもらう為に編み出した技なんだよね……?
体に染み付いた子分魂とでも言いますか……。
「……つまり、リオル様は私が便利そうなので、好ましいと?」
ポンッと手を打ってそう質問すると、リオル様ははぁーーーっと深い溜息を吐いた。
「そういう事ではありません!最初に気になり始めた時には、そういう気持ちもあったかも知れませんが……。い、今は本当に貴女の事が好きで、すごく……か、可愛いなと、思っております。」
「……だから……可愛くないですよ。凡庸とか、地味って言われる顔ですし。」
「いや、可愛いんです!すっごく!……好きになれば、相手が良く見えるのは、普通でしょう?私には貴女がとても可愛いく見えます!……そもそも、クレア嬢はブスではないじゃないですか。派手さはないかも知れないですが、可愛らしい顔立ちをしてらっしゃいます!……それに可愛いと思うのは、顔だけではありません。一緒に踊った時に握った小さな手も、足が浮いちゃいますねって笑ってくれたその笑顔も、本当に全部が……可愛かったです……。」
そう言って私を見つめてくるリオル様は、いつものクールな表情ではなく、耳まで赤くなっている。
「……!」
その目には、熱が篭っていて……私はリオル様の言葉を急速に理解しはじめ、顔に熱がこもった。
「私の気持ち……分かっていただけますか?」
「で、でも……。」
「アランと結婚したくないのなら、私ではどうでしょう?……我が家の方がアランの家よりも、家格も上です。正式な婚約発表より前に私が貴女に婚約を申し込んで、貴女が同意して下されば、婚約者は私になります。」
「……。」
リオル様の気持ちはすごく嬉しかった。
地味な私に目を止めて、私を好きになってくれたのだから……。
……でも。
「ありがとうございます、リオル様。リオル様の気持ち、嬉しかったです。だけどリオル様と婚約する事は、絶対に出来ません。だって……私とアランが急に婚約して結婚する事になった理由は……………………。」
そこまで口にして、私は俯いてしまった。