おまけ:懐かしい酒場で 【 ???視点】
時系列としては、クレアがリオルが結婚する直前のお話になります。
王都に来るのは何年ぶりになるだろうか?
学生時代に通っていた酒場を指定されて戸を潜ると、カウンターの一番奥……あいつがいつも居た席に、あいつは学生時代と変わらない面持ちで座っていた。
飲んでいるのもあの頃、俺たちが好んでいた酒で……今となってはそんな安酒を飲む必要もないはずだが、あいつなりの演出なのだろう。
妙な郷愁を感じながら、あの頃のように軽く手を上げて声をかける。
「……よう、待たせたな。」
「待ちましたよ。……久しぶりですね。」
笑いながら顔を上げたあいつの顔には、あの頃みたいな笑顔が浮かんでいる。
「すまん、すまん。こっちには滅多に顔を出さないから、あちこち声がかかる。」
「分かってます。……マスター、同じものを。」
そう言って注文するあいつが、学生時代と被って見えた。
「しかし……お前はあんまり変わらないな。」
「太りましたよ。2キロ近くも。」
「はっ、2キロね。俺なんか10キロ近く太ったぞ。ほとんど皺が無いのも羨ましい。……俺なんか、眉間に寄せた皺が消えんし、日焼けしてあちこちシミだらけだ。」
不平を口にすると、興味深げに俺の顔を覗き込んでくる。
その顔は、学生時代と変わらぬ美貌を保ったままで、正直羨ましい。
「まあ、私は内勤ですしね。むしろ私は貴方が羨ましいですよ。立派な風格を身に付けられているじゃないですか。……若く見えるなんて、この年になれば損です。軽く見られがちですから。」
そう見える事は否定しないが、こいつはそれを敢えてやっているフシがあるので、俺は思わず苦笑を漏らす。
こいつの物腰の柔らかさと見た目の美しさに、舐めてかかって足元を救われるなんてのは、よくある話なのだろう。……こう見えて、こいつは昔から商談やら取引事が中々に上手かった。
昔から、こいつの食えなさは一級品なのだ。
「あ……。そう言えば、ありがとな!援助金助かってるわ。」
思い出したようにそう言うと、フルフルとあいつは首を振った。
「そのくらい……。貴方には大変なご迷惑をおかけしましたし……。」
「うーん……。別に迷惑って程でもなかったぜ?美人の嫁さん貰って、子供たちも産んで貰って……。まあ、ちょーっとヒステリックで多情だったけど、余計な事には口を出さなかったし、あのまま居てくれても良かったんだけどよ。……しっかし……お前ってば、ひでー兄貴だよな?こうなるって分かっていたよな?」
「ひどい兄なのは否定はしません。私は子供の頃から彼女が大嫌いでしたので……。」
あいつはそう言うと、苦々しげに顔を顰めた。
……。
俺は少し前まで、こいつの妹と結婚していて、つい最近離婚したばかりなのだ。
仲の良さそうな兄妹に見えていたが、それは全てこいつの我慢の上に成り立っていたらしく……ある時こいつに金を積まれて頼まれたのだ。「どうか今後も援助しますので、妹と結婚してくれませんか?」……と。
我が家は戦争が商売みたいな辺境にある家だから、金はあるにこした事はない。
その上、こいつの妹は兄に似て相当な美人だったので……俺は謹んでその話を受ける事にした。
……。
食えない男ではあるものの、本来なら優しい性格のこいつが妹を金を積んでまで、俺に押し付けるような真似をした理由はひとつ。
どうも、こいつの妹は、兄であるこいつを……ずっと男として見ていたらしい。
ちょうど両親が亡くなり、二人きりになってしまった事で……それは益々酷くなったそうなのだ。
だから、普段は遠方に住まう俺に、多額の金を払って押し付けたって訳だ。
……。
しかしながら、その妹は子供を産んだら俺からは逃げ、役目は果たしたとばかりに、兄貴であるこいつの元に帰ってしまったけれども。(普通、子供を産んだら逃げられないと思うんだが、こいつの妹は自分が産んだ子供より、兄貴だったのだろう……。)
「まあ俺も……そんなに好きにはなれなかったから、少しは気持ちもわかるぜ。」
こいつの妹は……確かに美人だったがヒロイン気質で、常に自分がチヤホヤされていないと気が済まないタイプだった。
その上、顔が良い男なら誰でも良い所もあって……思わせぶりな態度を取っては、トラブルを起こす事さえあった。
まあ……面倒にもなる。
こちとら恋愛結婚って訳じゃねーし。
ま……金欲しさに結婚しといてナンだけどね。
「……そう言ってもらえると気が楽になります。ありがとうございます。」
「気にすんな。」
俺たちはそうしてまた酒を酌み交わした。
……。
「しっかし……お前んとこに戻ったのに、今度は別の男の子供を妊娠するとは……あいつは……何をしてるんだか……。」
「屋敷では私は極力彼女を避けていましたし、顔を合わす度に貴方の元へ帰るよう口を酸っぱくして言っていましたので、色々な男と遊び歩いて噂を広め、私の注意を引くつもりだったのでしょう……。」
「思春期の娘みてーだな。心配してくれ、怒ってくれ、私を見てくれってか?……ま、あの女ならやりそうだけどな……。」
浅はかな女の思考に苦笑が漏れる。
「ええ……。そして、当て付けのように私の初恋の女性の夫に手を出しました……。」
「……。」
学生時代のこいつは、酷い女嫌いだった。
……。
こいつは……かなりの美人だし、家柄も良かったから、昔から女から強引に迫られる事が良くあったそうで……夜這いをかけられたり、薬を盛られたり……なんて事まであったらしい。
だから、外では常に張り詰めた様子でいたし、下手な言動で女性を誤解させないようにと、いつも緊張気味だった。
なのに……だ。
本来ならリラックスできるはずの家ですら、実の妹に迫られるという日々を送っていたのだから……女性を嫌うようになったのも頷ける。
……。
でも……。
ある日こいつは、驚くほど遅い初恋をした。
良い歳をして「どうやら私、初恋をしてしまったようです……。」と真顔で打ち明けられた時は、本当に驚いたっけ……。
……。
「……えっと確か、お前の初恋の君って、パブリックスクールの時の隣の隣のクラスの……金髪で……トラブルばかりおこしてた男……。ええっと、なんて名前だっけ???そいつの幼馴染だって女だよな?……あれ?でも、初恋の君はトラブルメーカー君と結婚したんじゃなかったっけ?……え?じゃあ、お腹の子の父親は、トラブルメーカー君なのか?!……うわ、マジで相変わらずトラブルメーカーだな!」
隣の隣のクラスは、いわゆる落ちこぼれクラスで……トラブルメーカー君はそこに在籍していた。
整った顔をした男だったが、短慮で……喧嘩やトラブルが絶えないヤツだった。
確か……こいつがトラブルメーカー君の幼馴染に惚れたのは、こいつの妹と仲良くなったのがきっかけだったな……。
私の妹に、友達が出来たんですよ!って、嬉しそうにしていたっけ……。友達が出来た事で、自分ではなく他に目を向ける事が出来るようになれば、妹は変わってくれるかも知れないって……。
だけど、妹より先に変わったのはコイツだった。
「彼女って親切で、色々と機転を利かせて私までも嫌な目から遠ざけてくれるんですよ!誰も嫌な気持ちにはならないように、穏便に上手くやって……。すごいんですよ!きっと賢い方なのでしょうね!しかも、助けてくれたのに、私に見返りもお礼も、要求しないんです!……素晴らしい方だと思いませんか?!」と興奮気味に語るようになり……。
珍しく女性に興味を持ったんだなぁ……と思っていたら、数ヶ月後には「私、どうやら彼女に恋をしているみたいなんです!どうしたら良いでしょう?!」だもんな……。
ま、恋愛ってのは、そんなモンかも知れないけど……。
恋は落ちるものだって言うし。
……。
でさ……。
こいつが好きになるってさ、どんな女なのかと思って覗き見てみれば……確かに、あまり目立つタイプではないが、人好きのする、明るい笑顔の可愛いらしい女性で……。ああ、やっぱり、こいつって抜け目ないよなぁ……いい感じの、すっごく可愛い子を目ざとく見つけたんじゃん……って思ったんだっけ……。
まあ……フラれちゃった訳だけれどさ……。
……。
「……なのでですね、今回……離婚した彼女と、私は結婚する事になりました。」
不意に落とされた爆弾発言に、俺はブホッと酒を噴き出した。
「はあっ?!お、お前……?!まさか最初から……それ、狙ってたのか?!」
そう聞くと……そいつは意味ありげな笑みを浮かべただけで、その問いには答えなかった。
……。
そういえば、こいつは初恋の君にフラれ、彼女が結婚してしまってからも、よく彼女の話をしていた。
だから俺は、『よくもまあ……既婚者を眺めて喜んでいられるな。虚しくならないのか?』と聞いた事がある。
するとこいつは『私は彼女の幸せを願っています。だけど……彼女の結婚が、不幸ならば不幸なだけ、私は嬉しく思ってしまうんです。だって、不幸であれば……いつか付け入る隙があるかも知れないじゃないですか?!』……そう言って、美しい笑みを浮かべたのだ。
……。
うむむっ……?!
だとしたら、もしや俺も利用された???
こいつの妹が、あまりチヤホヤしてもらえない俺から、いずれ逃げ出すのは分かっていたはずだ。
そして……こいつの元に帰ったとして……まるで相手にされなかったら……ずっと憧れている初恋の君の夫を寝取りそうな事くらい、なんとなく想像がつかないか……?
そうしたら、浮気を口実に妹とは絶縁できるし……。
上手くすれば、初恋の君はトラブルメーカー君と離婚するかも知れない……。
……。
うん……。
なんか……こいつなら、やりそう。
ま……いいけどよ……。
「じゃあさ、彼女を幸せにして、お前も幸せにならねーとな……。……不幸だと、付け入られるんだろ?」
俺がそう言うと、あいつは笑って……。
その笑顔があまりにも幸せそうだったから、俺はグラスに残った安酒を呷った。
クソッ……ならば俺も絶対に幸せになってやるぞという願いも込めて……。
……だってほら、またこいつに付け込まれたら嫌じゃん?
最後までお読み頂きありがとうございました!
このお話は短編として書き始めたものを、長くなったので分けて加筆しながら連載としました。
なので、更新をこまめに出来きたのが、デキる作者っぼくて、ちょっと楽しかったです(笑)
最後のおまけは、リオルも聖人君子ではないんですよーって感じで入れたのですが、ちょっと蛇足感があったかも知れません。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等していただき、ありがとうがざいました!
またどこかでお会い出来る事を願って。
2022.02.18 渉 こな