33話 『終わりの始まり』
宿に戻り、転移石を使って地球に戻る。
すると、何やら廊下が騒々しい。
ひとまず制服に着替えて、外の様子を見に行こう。
玄関に行く途中、たまたまインターホンが目に入ると、訪問履歴がある事に気づく。
「誰からだろう?」
俺は、訪問履歴を再生してみた。
同じクラスの皐月さんと、えっと……くにえださんだったかな?がそこに映っていた。
しかし、何を言ってるのかわからない。このインターホンは、こちら側もボタンを押して初めて録音でき、画面越しで話す事ができる仕様。故に音声は無し。てか、もしボタンを押せる状況なら玄関に行った方が早い。この不在時の機能はただ録画されるだけなのだ。
一通り映像を見てみるが、開いてないか扉をガチャガチャされ、二回インターホンを鳴らされている。その間2人は、終始ふわふわしていた。なんて言うか、その……正直可愛い。
でも、なんで扉を開けようとしたんだろう? そこまでの用事があったのかな? もし鍵を掛け忘れていたら、携帯型転移石を触られて転移していたかもな。危ない、危ない。
一応、携帯型転移石は持っていこう。外の騒々しさはまだ続いている。只事じゃない事態が発生してるに違いない。
俺は、枕から転移石を取り出して亜空間倉庫にしまう。玄関に鍵を閉めたのを確認すると、ノアの方舟の出入り口に向かった。
「心肺停止! 誰かAED持ってこい!」
「大丈夫か! おい、返事をしろ!」
出入り口の大広間だった場所には、怪我人が大量に横たわっていた。大勢の先生と生徒が、怪我人に応急処置を施している。
見るところ全て赤色で、目を覆いたくなる惨状。阿鼻叫喚が絶え間なく響き渡る。
俺のいない間に一体何が起こったというんだ? ひとまず、原因を探るべくノアの方舟から出よう。
「ちょっと君、危ないから中にいなさい」
出入り口にいた筋肉ムキムキの先生に呼び止められる。他にも何人かの先生が出入り口に張っていた。
丁度いい、何があったか聞こう。
「あの、一体何があったんですか?」
「はぁ? 君、放送を聞いていなかったのか? 構内に妖魔が多数出没したんだよ。だから、生徒はここに避難する事になっているんだ」
「すみません、部屋でずっと寝ていたもので……」
「呑気なやつだ。とにかく部屋にいなさい。ここは安全だからな」
「わかりました」
なるほど、妖魔が出没したのか。
妖魔……あの光をも吸収するような真っ黒い瞳の人型の生物。今でもあの時の恐怖と絶望は忘れない。そんなのがたくさん構内に。
「柚留、無事だったんだな」
「山口先生──!」
担任の山口先生に両肩を掴まれ、安心される。
手に持っていたボードには生徒名簿が貼ってあり、先生は俺の欄にチェックを付けた。
「あ、そうだ。仁泉さんとか皐月さんとか、誰でもいいから見かけなかったか? あと5人の安否が確認できなくてさ」
「いえ、見掛けてないです」
「そうか……それは残念だ」
先生は手に持っていたボードを一瞥すると、残りの生徒の捜索に行ってしまった。
仁泉さんって、確か陸上をやってる人だっけ。よく皐月さんと絡んでるのを見かける。
待てよ……訪問履歴には国枝さんがいた。そこによく連む仁泉さん。もしかして、3人は妖魔に脅かされて避難できないのでは?
ここらで遊べる場所といえば、娯楽施設か学校の演習場。勉強するなら図書室か実習室。はたまた教室。
よし、まず最初に近い学校から捜索をして、次に娯楽施設に行こう。
いや、よく考えてみたら娯楽施設が最初だな。一番離れた位置にあって帰りにくいし、学校は先生達が救助しに行くはず。見つかってないとしたら、娯楽施設しか有り得ない。
この学校の生徒が死のうがどうでもいいが、クラスメイトが死ぬのは後悔すると思う。
それに、俺には人を救える力がある。使わない道理がない。
部屋に戻った俺は、鍵を閉めて窓から飛び降りる。
人目につかない森の中を走り、娯楽施設へと向かった。
テレポートを使って一気に娯楽施設に行ってもいいんだが、何があるかわからない以上温存しておくのが賢明だろう。
勝てない妖魔が現れたらすぐに撤退できるようにしたい。自分の命を掛けてまで、他人を救うなんて事は真っ平ごめんだ。
娯楽施設付近に着くと、常時発動させていた探知スキルが反応を示す。
大きな生命反応、明らかに人間ではない。妖魔に間違いないだろう。
更に探知スキル範囲を最大にし、娯楽施設全体のスキャンをする。
すると、内部に大量の小さい反応があり、それは大きな反応に接近後、急速に消滅している。全滅するのも時間の問題だろう。
「急がねば──」
施設の出入り口に巨大な妖魔が立ち塞がる。レベルは約700、スキルはもちろんないが、俺のように異界の能力を所持しているかもしれない。
そいつは二足歩行で足は短いが、腕は引き摺るほど長かった。顔面には目がなく口が縦に付き、大きな一本の角が額から伸びている。
「──なんだこの攻撃は」
その妖魔を凝視していると先制攻撃をされる。
角の先端からレーザー? のようなものが発射され、俺の背後にあった木々が切断される。
多分当たっても大丈夫だと思うが、欠伸が出るほど遅いので躱し、一瞬で間合いを詰めた。
「ふんっ──」
思い切り剣を振り、妖魔の胴体を一刀両断する。
だが、そいつは生命力が強く、大量出血しながらも腕だけをぶん回してきた。
俺は右手で攻撃を受けとめ、そいつの腕を引きちぎる。
しかし、それでも死なないので拳で頭をかち割ってやった。
ピクピクと痙攣し、まだ生きているが、ほぼ無力化したので先に進む。後は先生方に任せよう。
「思ったより早いな……」
探知スキルに映る小さな生命反応が、今の戦闘だけで殆ど消滅してしまった。残されたのは最上階にいる人達だけ。それも6人しか生き残っていない。
そして、生存者に差し迫る大きな反応。まさに一刻を争う事態だ。
俺は跳躍して、一気に最上階に上がる。ふと地面を見ると、靴の形状にアスファルトが陥没していた。
それから剣でガラスを粉砕し、窓から侵入する。そこはレストランの店内で、バラバラにされた死体があちこちに転がっていた。
死体の切り口が綺麗だ。これをやった妖魔は鋭利な何かを持ち、パワーに優れていると推測。単純なパワーなら負ける気がしない。それでも油断ならないが。
──探知スキルの反応が一つ減り、残り5人。
俺は、急いで反応源まで走った。床が抜けない最高速度で。
それでも娯楽施設は広く、反応源まで大分距離があった。
──大きな反応は、小さな反応に接触。
(間に合ってくれ──!)
もう、仁泉さんや皐月さんは死んでるかもしれない。
でも、もしかしたらこの5人の中にいる可能性だって十分ある。
だから、なんとか持ち堪えてくれ!
反応源である場所に着くと、そこはカフェだった。店内には人影はない。
その時、スタッフルームから物音が聞こえる。
俺は、考えるよりも先に足を動かしていた。
スタッフルームを覗くと、妖魔は皐月を殺す寸前だった。鋭い爪が皐月の顔を目がけて振り翳されている。
(駄目だっ! 全速力でもこの距離は間に合わない!)
──ガキンッ!
俺は皐月の目の前にテレポートをし、剣で爪をパリィする。
妖魔がよろめくと、すかさず首に一太刀叩き込んだ。
首から噴水のように血が噴き出し、妖魔はガクンと膝から脱力する。
1日のテレポート使用上限である3回の内の1回を消費。
あの迷宮ではほぼ毎日上限回数まで使わされたが、地球と異世界に来てから上限まで使ったことがない。まぁ、1回くらい大丈夫だろうと高を括る。
「大丈夫か?」
大丈夫かと聞いたが、服の上からでも腕と脚が大きく変形してるのが窺える。明らかに骨折をしているだろう。
俺がそう声を掛けると、皐月は涙を流しながらこう訴えた。
「大丈夫、だよ……でも、でも3人が……」
(3人……? 一体何のことを言ってるんだ?)
一応、治癒の魔眼で詳しい容態を確認し、自然治癒力を向上させる。
「【魔眼:治癒Ex】」
大まかな容態は、前腕骨の粉砕、下腿骨の粉砕、前腕と下腿の挫滅創、コンパートメント症候群、etc。菌血症・壊死、進行中。
傍らにいた国枝さんの容態も見ると、極度の精神崩壊を引き起こしていた。蹲って震えながら独り言をブツブツと喋っている。
よくわからないが、2人がやばい状態なのはなんとなくわかる。
その時、ふと探知スキルを見てみると、小さな反応が5つある事に気づいた。でも、目の前にいるのは2人……。
(まさか──!)
驚く事に、床に倒れていた3人に魔眼を使うと、まだ死んでいないことが判明した。同時にさっき皐月さんが言っていた『3人』は、この人達の事だと理解する。顔を確認するとクラスメイトだった。
1人は全身骨折で重症、2人は出血多量で失血死寸前の命の瀬戸。魔眼によると、仁泉さんの推定生存時間は残り30秒未満。死んでいないなら治療薬(ユグドラシルの果実製)で助かる段階だ。
でも、救うには皐月さんの目の前で使用する事になり、万が一にもそれを皐月さんが誰かに話せば、後々理事長の耳に入る可能性がある。皐月さんには口止めはするが、うっかり喋らないとも限らない。
俺は、理事長に神話級のアイテムを持っている事を言ってないし、地球と異世界を往来出来る事も言っていない。もし隠し事をしてるとバレたら、理事長は俺の部屋を調べたり、日常生活を監視される懸念がある。
『自分の保身に走るor他人の命を救う』という究極の二択が、突如として俺に襲い掛かった。
(くそっ! こうしてる間にも2人の残存時間が0に近づいていく……ええい、もうどうにでもなれ!)
俺は鞄から治療薬出し、仁泉の側に寄る。
──残存時間は10秒未満。
上半身と下半身の分断。損傷からして傷口に掛けるだけでは間に合わない。再生中に失血死してしまうからだ。
だが、この治療薬は飲む事によって血液が再生され、より早く身体が再生される。つまり、再生中に血液が作られれば、失血に陥る事は決してない。
しかし、死ぬ寸前の人に素早く飲んでもらうにはどうすればいい? 口の中に入れるだけでは飲んでくれないと思う。考えるんだ、考えろ!
その時、咄嗟に一つの手段が頭をよぎった──
(仁泉さん、ごめんなさい。これしか方法が思いつかないんだ──!)
俺は治療薬一本を口に含み、仁泉さんの上半身を起こす。
それから顎を上げて食道を垂直にすると、互いの唇と唇を隙間がないように合わせ、口に含んだ治療薬を息を吹き込むように仁泉さんの食道に流し込んだ。
すると、上半身から骨が伸び、下半身の骨格を構成。その上に筋肉がこびり付くと、皮膚が形成される。無事に元通りになった。
(──あ、やべ!)
元通りになったという事は、新しい下半身が作られたという事。もちろん、服など着てる筈もなく、女性の半裸を不本意ながら目にしてしまった。
見たい気持ちもあるが、仁泉さんに対して失礼すぎる。何より、皐月さんからの視線が怖くてまじまじと見れる訳がない。後から社会的に殺されてしまう。
俺は、毛布を亜空間倉庫から鞄を経由して取り出し、仁泉の下半身を隠すように覆う。
戸惑ってしまったが、まだ火急の治療を必要とした人が残っている。
残存時間は3分未満。これなら治療薬を掛けるだけで余裕で助かる。
全身を元通りにした後、血液量を増やす為に治療薬を飲ませた。
意識が無くても嚥下反射によって勝手に飲んでくれる。
全身骨折をしていた人にも同様の方法で飲ませ完治させた。
後は、皐月さんの怪我のみ。
「これ、傷が治るから飲んで」
「……う、うん。わかった」
俺は治療薬を皐月に渡し、飲んでもらう。
みるみるうちに骨折は治り、驚いている様子だった。
これで全員の怪我は治ったが、皐月さんにはこの事を黙ってもらうしかない。
「皐月さん、この事につ──」
「つ……? どうしたの?」
──その瞬間、探知スキルに一つの反応が増えた。
別にそれは普通の事なのだが、この反応源は範囲外から出てきたのでは無く範囲内から、それもかなり中心から現れたのだ。
今までのパターンから推測すると、誤認識するほどの途轍もないスピードで範囲内に入ったか、超上空から降り立ったか、瞬間移動されたか。
信じたくもないが、今のは途轍もないスピードで範囲内に入られたと思う。探知スキルに残像のようなのがギリギリ視認できたからだ。これが起こると決まって苦戦を強いられた記憶しかない。
何者かは知らないが、こいつと接敵するのは悪い予感がする。早急にここを離れた方が賢明だ。
そうなると、5人を置いていくわけにもいかないな。
「皐月さん、今から不思議な事が起こるけど驚かないでくれ」
「えっ、何するつもり……」
俺は、強制的に指輪の世界に5人を送り込んだ。中にいるゴブリンに、起きてる人間以外は継続して眠らせておくように指示する。
皐月さんには色々バレてしまったし、ここで無理やり麻酔で眠らせたりしたら不安を煽るだけだ。弱みを握られたとしても、敵でないと思われれば誰かに話す事もないだろう。国枝さんも同様だ。
俺は探知スキルを確認しつつ、脅威を避けて学生寮に向かおうとしたが、その脅威は俺の前に現れてしまう。まるで俺の事を探しているようだった。
──ドンッ!
隕石が降ってきたかと思うほどの爆音。
土埃が舞うその中心に巨大な黒い影。
巨大なそいつは立ち上がると、俺の倍以上の身長があった。
そして、悪い予感は的中。
咄嗟に使ったスキル【心眼Ex】が弾かれる。
かつて神々の迷宮でステータスを閲覧できなかった生物はいなかった。
だが、こいつは違った。全くもってステータスが閲覧できない。
確か【心眼Ex】は自分より2000レベル上までのステータス閲覧が可能。
それと、同時に理解する。
こいつは格上どころか、俺を軽く凌駕する存在だという事を──




