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閑話 『ヘンリーは隠遁生活を送りたい』



 俺の名前は『ロベラルド・ヘンリー』

 かつて、バルダ国の英雄であり、歴代最強と謳われた男。

 その二つ名は『一隻眼のヘンリー』

 あらゆる物の詳細を見ることができ、自分のステータスを見られることはない。手の内を明かされた事は人生で一度もなかった。

 もし俺のステータスを閲覧できる奴がいたら、そいつは【森羅万象の瞳・神】を持っている事だろう。



 天恵を三つ【英雄・大】【森羅万象の瞳・極】【ステータス隠蔽・極】を有していた俺は、こことは別の大陸で農民の生まれであった。

 そんな身分でありながら、いくつもの戦で武功を立てまくった結果、俺は齢25にして騎士爵に成り上がる。立派な貴族の仲間入りだ。

 周りからは才能があっていいなと何度も言われたことがあるが、血の滲むような努力をしてやっとここまで強くなれた。その苦労がわかる者などいやしない。

 そんな茨の道を潜り抜けた俺は、並大抵の事では動じない。最後に恐怖を覚えた相手は、暗黒竜だっただろうか。圧倒的なレベルに巨大な体躯、まるで畏怖が実体化したようだった。


 だが、英雄と謳われた男も老いには勝てない。この世界は、歳を重ねるごとにレベルの恩恵も低くなってしまうのだ。至って自然のことで仕方のないこと。いつしか英雄ヘンリーは過去の人物となってしまった。

 そうして齢55を超えた年、領地と爵位を息子に世襲すると、妻と『トラメニア大陸』へ渡洋する。好きな時に起床し、好きな時に働き、好きな時に就寝。王様への謁見も上流貴族のご機嫌取りもしなくてもいい。余生くらいは、愛する者と過ごしてもバチは当たらないだろう。息子も隠遁生活を送る事を快く同意してくれた。

 隠遁生活をする上で、貯金から幾らか貰ったが、余生は何があるかわからない。そこで、生活費くらいは自分で稼ごうと考え、得意だった鍛治を生業とすることとなり、4年経った今に至る。


 しかし──そんな波瀾万丈な経歴を持った俺は、人生最大の窮地に立っていた。


「こんにちは」


 その男は客として訪れた。


 俺は出会った人のステータスを必ず見るようにしており、今まで見れなかった情報などない。


「【森羅万象の瞳・極】」


 だが、その男は今までとは何もかもが違った──


────────────────

《ステータス》《条件不足により閲覧失敗》

【名 前】ー

【種 族】人間?

【レベル】3076以上

【魔力量】153800以上


《スキル》《条件不足により確定ランダム閲覧の7個のみ》

【言語理解Ex】【隷属契約Ex】【魔力回復Ex】【魔眼:治癒Ex】【地図作成Ex】【緑の手Ex】【痛覚耐性Ex】他???スキル。


《天恵》《条件不足により閲覧失敗》

???


《異能》《条件不足により閲覧失敗》

???


スキルポイント???

────────────────


 もはや、それは人間に到達しうるレベルではなかった。人間というより神に等しい。異能という初めて見る欄まである。

 つけている装備もあらかた見てみると、上から下まで全て神話級だった。過去に一度だけ神話級を拝見し、使用させていただいた事があるが、自分が神になったかと勘違いしてしまう代物。そんな物を当たり前のように身に纏ったその男は、俺の作った品々をじっくり見て回っていた。

 すると、突然何かを思い出したかのように、そいつは俺の方に近寄ってくる。


「あの、素材を売りたいんだけど……」

「…………」


 やばい、話しかけてきたぞ。どうすればいい。できるだけ刺激をしないようにだ。俺の余生の全てが、この会話に掛かっている。


「あれ、聞こえてるのかな、これ」

「売却は、ここで、できるよ! 何を持ってきた、んだい!」


 くそっ! びびって声が震えながら裏返っちまった!

 やばい、舐めてると勘違いされて殺される──!


「これと、これだ」


 ふぅ、どうやらそう思われてなかったようだ。命拾いをした。

 で、毛皮と何かの鱗ぽいのを渡されたが、なんだこれ──


『【ラードーンの鱗】【フェンリルの毛皮】』


 ちょっと待て、一旦落ち着こう。

 まさかそんな素材のはずがない。見間違えただけだ。

 まずは一旦預かって作業場にいこう。


 俺は、震え声で「鑑定する」と言い残し、扉を開けて奥の作業場に逃げ込んだ。

 それから1時間近く経つが、やはり鑑定結果は変わらない。

 鑑定結果は幻想級と伝説級の素材で間違いなかった。


 どっちも英雄譚に出てくるようなお伽噺上の魔物。フェンリルはまだいいが、ラードーンってなんだ!? 不死身の竜の代名詞が、素材として俺の目の前にある。

 確か伝承では4500レベル以上あると、どっかの本で読んだ事がある。俺が倒した暗黒竜なんてただのトカゲにしか過ぎないのだと、言われているようだった。

 これ以上待たせるのは機嫌を損ねるどころか世界の安寧が崩されかねない。

 けど、査定額が俺の全財産を超えてしまう……いや、機嫌を損ねたらそれこそ全てが終わりだ。出し惜しみはできない。


 ドンッ


 俺はミスリル金貨7枚が入った小袋をその男に渡す。有金全ては流石に生活がキツくなるので、少し懐に留めておいた。

 だが、その男は再び素材を査定しろと言わんばかりに俺に差し出す。


「【ミノタウロスの皮】【ユニコーンの角】」


 難関迷宮のボス級素材か……いや、もう驚かないぞ。


 そう思い込ませつつも、瞬きをするのを忘れるくらい驚いてるのに気づかないヘンリー。目は乾ききって充血していた。

 仕方ない。早く帰ってもらう為には、これらを査定するしかないようだ。この買い取った素材たちで装備を作って、また稼げばいい話。

 残りの財産を大袋に詰め込むと、その男は満足そうに店を出て行った。


「はぁぁぁ……」


 長いため息をつくと、緊張で張っていた体が一気に緩んだ。そのまま倒れるように椅子に座り、思考に耽る。


 あの男は何者だったのだろう。通りすがりのオリハルコン冒険者? 

 いや、もうオリハルコンとかそういうレベルじゃない。

 あれは──大昔にあったと推測される、対魔大戦時に活躍した偉人達以上の存在だ。

 今の衰退した人類にあのような覇者が存在していたとは、幻だったのではないかと疑ってしまう。


 もう奴がこの店に来ない事を祈るしかない。

 もし再び来たら、次こそ心臓か何かが止まってしまいかねない。


 その日、ヘンリー武具店は珍しく、午前のうちに店じまいをしたのだった。

 


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