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02話 『能力の超越』



 その日は金曜日だった。


 金曜日は1から5限まで、超能力演習となっている。言わば自習の時間であり、己の能力を高める時間である。

 大体の人は超能力演習場を使い、少数の人は体育館で体力づくりや寮にて勉強。俺はと言うと……寮で寝転がりながら天井を眺めている。


「あれ、いつのまにか染みがあるな。なんか顔みたい」


 そんなどうでもいいことを呟き、体を起こして2段ベッドから降りる。窓の外を見ると太陽が燦々と輝いていた。


「うっ、今頃になって空腹が……」


 朝から何も胃に入れておらず、ずっと携帯いじりながら時間を過ごしてたから体が目覚めて腹が空いちまった。構内の食堂に行くのも面倒だし、寮前のコンビニでも寄るか。てか、財布にお金どれくらいあったっけ。

 俺はポケットから財布を取り出し、ファスナーを開く。福沢、樋口、野口の気配はなし。残された小銭は、たったの283円という悲しい現実を突きつけられる。


「お金、下ろし行くかぁ」


 寮前のコンビニは当然無料なわけはなく有料である。が、相場より大幅に値下げされている。それは隔絶された山の中でバイトもできないからであり、お金の入手方法が親からの送金のみになっているからだ。

 親には今月2回目の送金願いになるが、流石にまずいか。でも、カップラーメンやポテチとか食いたいし、ジュースも飲みたい……。よし、メール送るか。



『ちょっとお金が欲しいんだけど、送金してくれたりする?』12:42

『食堂は無料なんでしょ! 一体どれだけコンビニで買ったのよ。我慢しなさい!』12:48

『えー、ケチ。育ち盛りな年頃はお腹が空くもんなの』12:49

『全く、自分で言うもんじゃないよ。2500円、口座に振り込んだから。言っとくけど今回だけだよ!』12:57

『ありがと、お母さん』13:00


 よっしゃ! なんとか振り込んでもらえたぞ。となるとコンビニの前にお金を下ろさないといけないのだが、一度学校のA棟1階に行かねばならない。

 結局食堂で食べた方が早いんじゃないかと薄々思ったが、今頃食堂は混んでるだろうし、陰キャな俺が一人で食堂にいるのも居心地が悪くて周りからも可哀想な目で見られるだけだろう。


 ノアの方舟から出ると、空から紫外線が降り注ぎ肌を焼き、それは冷えていた体を一瞬で溶かす。その道中、季節外れで一輪の彼岸花が咲いていた。


 学校に着き昇降口で上履きを履くと、教室とは反対の左に曲がり、少し歩いて突き当たりを右に曲がる。すると、学生課の前に着くのだが、そこにはATMがあるのだ。早速お金をおろさせてもらおう。

 俺は、財布からクレジットカードを取り出し、挿入口に挿し込む。あとは、パスワードと希望の金額を打ち込めば完了。2500円が取り出し口に現れる。

 しかも、今日は金曜日。このクレジットカードの引き出し手数料が無料とは、我ながら運が良い。


 そして、財布にお金を仕舞い込むと踵を返し、コンビニへと一直線に向かった。


「生き返るぅー」


 寮の空気もだいぶ冷たいが、やはりコンビニはもっと涼しく、灼熱の真夏道を歩いた俺には天国同然だった。

 それはさておき、さっさと間食するための選りすぐりのメンツを決めちまおう。


 やはり、ここは王道ポテチコーラか?

 いやいや、クマグミとペプシも捨てがたい。

 ケムケムレモンとDDレモンの酸味コンボの誘惑にも駆られる。

 その傍ら、プュレグミの葡萄とカキピーが視界に映り込んで存在の主張をして……。


 くっ、一体どうすれば──



「ふぅ……。全部買っちまった」


 コンビニから部屋に戻った俺は、買ってきた選りすぐりのメンツをテーブルに乱雑に広げた。

 恐る恐る財布の中身を覗き込むと、ぱっと見残り900円くらい。別に後悔はない。ただ俺は刹那的に生きているだけだ。


 どうせ暇だし、テレビでも観ながらゴロゴロしてよっと。




◆◆◆




 あれ? いつのまにか寝てたようだ。それも部屋が真っ暗になるような時間まで。

 明日は休みだったから良かったが、平日なら睡眠のリズムが狂って大変だったかもな。

 腕時計をふと見たが、暗すぎて針がどこを指してるのかぼやける。うーん、1時10分くらいだろうか。

 

 ん、窓際に誰かいるぞ? あぁ、亮か。あいつ窓の外を眺めて何してんだ?


「亮、こんな時間に窓の外見てどうしたんだ?」


 亮は俺の声にびくっとなり、慌てて振り向いたかと思うと、俺の首根っこを掴んで無理やり窓際に引っ張った。


「あれ見ろ。一体なんだと思う?」

「は? 何も見えないぞ。揶揄うのはやめろ」

「もっと目を凝らせって」

「全くどこになにが──」


 そこには、恐らく2人の男女らしき人の姿がいた。片方は多分髪が長かったから女だろう。暗がりに溶け込むためのような黒いピチッとしたスーツを着用している。

 それより、こんな時間に一体何してるんだ? あの方向は広大な森が続いているはずだし、あれだけ髪の長い人はこの学校の先生にはいない。生徒の可能性もあるがあんな服を着て、ここを歩く理由のある人は心当たりがないのでその線も薄い。となると、一体誰なんだ?

 じっと見ていると、背筋が一瞬撫でられるような感覚を覚える。


「なぁ、いるのは分かったんだが、あいつらは誰なんだ?」

「それが分かってたら聞いてないだろ。でも、これだけはわかる。あいつらは只者じゃない実力者で、この学校の関係者じゃないってこと」


 それは俺も薄々思っていた。こいつらはこの学校に侵入してきた奴なのではないか、と。

 だとしたらこの学校を探るスパイ? やばい組織の工作員? もしかしたら、そういう系のドッキリなのかも? いや、それはないか。

 どちらにせよ、あいつらに見ていることがバレたら命はないだろう。口封じのために殺される可能性大だ。


「なぁおい。バレたらやばいって、もう見るのやめようぜ」

「あぁ、そうだな」


 こんな事は忘れて明日に備えよう。仮にやばい組織の奴らだとしても、こんな一介の生徒なんて暗殺の対象にならないし、学校が爆破されようがどうでもいいしな。どちらにせよ、学校で空気同然の俺が被害を被る可能性は限りなく0に近い。それだけは言える。


 では、おやすみなさい。二度寝します。




◆◆◆



「痛っ!」


 突然背中に激痛が走り、目が覚める。二段ベッドの上だから落ちたのだろうか。寝相が悪すぎるのにも程があるだろ。


「おらぁ、クソガキども車に乗れ! 時間がねぇんだ」

「ほら、さっさと乗りな。それとも死にたいか?」


 ちょっと待てちょっと待て、一旦落ち着こう。まずは深呼吸だ、深呼吸。すーはーすーはー。ふぅ、落ち着いた。

 状況を見るに俺らは拉致されたらしい。見覚えのある男女2人が、俺らの後ろで銃を構えて車に乗れと催促している。

 それより、寝てて気づいたら森の中ってどういうこと。てか、どうやって運んだ? そんな事は考えても埒があかないか。とりあえず、死にたくなければこいつらに従うしかないようだ。


「おい、止まれ!」


 どうやら拉致された内の1人が逃げ出したようだ。背中に結界のような物を張っているらしく、男と女が撃った弾丸はそいつの手前で止まり、地面に落ちる。


「やはり、銃如きなどこいつらに通用しないか」


 男はそう言い放った後、逃げていた男に手を向け、上下に動かす。

 逃げていた生徒は、空中に浮んだと思いきや地面に叩きつけられを何度も繰り返し、数秒後には判別不可能なレベルまで壊されていた。


「ふん、大人しくしてればいいものを……。お前ら何見てんだ! ああなりたくなけりゃさっさと乗れぇい」


 黒色のバンに乗せられ、ガムテープで手を後ろに縛ったその上から手錠をつけられる。そして、布を鼻につけられると、猛烈な眠気に襲われ、完全に意識を失ってしまったのだった。


 次に目を覚ますと、肌寒くじめじめした空間に俺は居た。どこかの地下だと思われる。

 一緒に拉致られた亮と、他の奴らの姿は見当たらなく、俺一人だけがぶっとい鉄格子の中。

 個別で監禁されてるのだろうか? 考えたくもないが、それとももう殺されたのだろうか……?


「目覚めたようだな」


 扉が開いたと思うと、そこには例の男がいた。


「いったい俺をどうするつもりだ」


 男は頬を右に吊り上げ、近くにあった椅子を引き寄せそれに座る。膝を組むと、俺の方を見つめた。


「検査した結果、お前は全くと言って超能力の素質がない。だからもう用済みだ」

「てことは、このまま帰されるのか?」

「なわけあるか、お前には妖魔の餌になってもらう」

「妖魔……!」

「行くぞ餌」


 男は鉄格子の扉の鍵を開けると、俺の手錠の先についた鎖を引っ張り、どこかへ連れて行く。


 『妖魔』授業で聞いたことしかないが、それを飼っている組織があるとは。で、俺はそれの餌にされる、と。

 はぁ、惨めで短い人生だった。自分に超能力が芽生えて、いざ学校に入学したら最底辺クラス行き。コミュ力のない俺はクラスの空気で友達も亮だけ。こんなことなら、そのまま田舎で畑でも耕しとくべきだったな。


「ここがお前の墓だ。とっとと死ねい」


 男は俺の背中を蹴り、部屋の扉を閉める。


 その部屋には、この世ならざる姿をした人型の妖魔がいた。光をも吸収するようなその真っ黒い瞳で俺を捉えると、壁を伝ってこちらにゆっくりと移動し、それはやがて目の前数センチのところまで接近する。

 普通なら誰もが死を覚悟するだろう。しかし何を思ったのか俺は、このうえなく生きたい、と強く心から思った。何故かはわからない。

 多分、誰かの踏み台になる人生にうんざりしたんだろう。ここで何も抵抗しないと、いつものように搾取されるだけ、自分は何も得ない。それを変えたいと、初めて自分の心に正直になりたくなったのだ。


 一心不乱に【テレポート】を妖魔に向けて使う。

 こんな妖魔、別次元に吹き飛んじまえ。そして、2度と帰ってくるな。


 そう念じたその瞬間、大きな光が自分の体から放たれ、俺は気を失ってしまった。



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