01話 『陰謀』
「全く骨が折れるぜ、なんでこんなにもこの結界は硬いんだ」
「待て、私がやる」
女は結界に穴を開けようと試みる。次元が徐々に歪んでいき結界が崩れると、塞がる前に空いた穴を潜り抜けて行く。それに続いて男も潜った。
「てか、この規模の結界を張るなんてとんだ能力者がいるもんだ。万が一会ったら命は無いだろうな」
「確かこの学校の理事長らしいわよ。それもとんでもないほどの実力者らしくて、うちらの幹部ですら手も足も出ないそう」
「まぁ、今回の任務はたかが生徒6名の誘拐だ。その心配はないだろ」
男と女は、拳銃を両手で持ちながら早歩きで目的地の学生寮へと足を進める。
寮までの残り距離はおよそ2キロ。まだまだ距離があるわね。やはり日本最大の能力育成機関は規模が大きい。
「ちょっと待て」
私は男の行く進行方向に手を出し、何も無い前方を指差す。
「一体どうしたんだ?」
「よく目を凝らして。何かが前方に見えるわ」
「ん? 何も見えないぞ」
男から見れば何も見えないが、感知専門の能力者から見ればそこには靄が一面、進行方向を阻むように立ち塞がっていた。
「多分これは、靄に生物が触れると感知されるやつね。極限まで薄くされているから危うく気づかないとこだったわ」
通常、この靄は何か生物が触れると、そこに何かが通ったとわかるだけだ。だが、ここの理事長のレベルなら靄に触れた生物がどんな形をしているのかまで、把握できるだろう。
一先ず、この靄がどのくらい厚いのか調べる必要がありそうね。幽体離脱をすれば肉体を捨てて靄に引っかからずにいける。しかし、この能力はとても危険。いやいや、出し惜しみしてる暇はないのよ。
「幽体離脱で靄がどれだけ厚いか見てくるわ。もし4分経っても戻って来なかったら任務失敗だと思って逃げて」
「まさか、靄の厚さを確認するためだけに命をかけるってのか!?」
「これ以上時間を掛けるわけにはいかないし、そのためにも多少の無理はしないと」
「でも……」
「いいから、信じて」
女はそばにあった木に座って目を瞑ると、まるで死んだかのようにぐったりとした。男の目には、幽体離脱に成功した女の霊体が急いで靄を突き進んで行ったのが映る。
取り敢えず、成功した。タイムリミットは4分。これ以上は取り残されている私の肉体が死んでしまって、2度と戻ることはできなくなる。最悪このまま地縛霊として彷徨うことになるだろう。
それに幽体離脱の危険性はそれだけではなく、霊体になっているということは亡霊が自分に触ることができ、運悪く凶暴な霊に会うと足を引っ張られかねない。多分、あの結界は霊も通れないのでいないとは思うが、一応用心するに越したことはない。
浮遊すること1分。靄が切れている場所まで辿り着く。
よし、この距離なら2人同時にテレポートでここまで飛べるわね。それさえわかれば、こんな靄どうってことない。早く戻ってあいつに知らせなきゃ。
「ん、ん……」
「大丈夫か?」
「大丈夫。この通り無事戻って来れたわ」
「で、どれくらいこの靄は厚かったんだ? 場合によっては、いつも通りあんたのテレポートでひとっ飛びでいけるだろ?」
「全く、急かすんじゃないよ。まぁ、ぎりぎりだったけど、2人のテレポートで行ける範囲内ではあった。ほら、あんたも一緒に飛ばすんだから手を握って。時間がもったいないわ」
先程、靄の向こう側に超能力痕を残してきたので、それを媒体としてその場所に転移しようと思う。ほんの少しだが、これをやると成功率が上がるらしい。
男と私の周りの空間が歪みだし、ゆっくりと体が量子レベルで分解されていく。目的地となる靄の先にあったあの景色をとにかく強くイメージし、その風景に自分たちを描く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「どうやら成功したようだな」
「ちょっと、きゅうっ、けい」
テレポートは使い勝手が良く、簡単にこういった場面を打開できる。しかし、身体への負担が多く、連発できる能力ではない。しかも、もう1人も一緒となると身体への負担は更に計り知れないものとなり、慣れていない者なら死ぬことさえあるのだ。
私は、何度も2人転移を練習したからこれだけの負担で済むが、並の能力者なら今頃血反吐吐いてのたうち回っていただろう。それと共にテレポートは、あと一回も使えない。もし使えば反動でその場から一歩も動けなくなる、勝手に震える右腕がそう訴えていた。
そうして歩き続けること数十分、男と女は学生寮『ノアの方舟』を視認するのだった──