プロローグ 『能力開発学校の最底辺』
唐突だが、皆さんは超能力を信じるだろうか?
手から火を出す『パイロキネシス』
遠くの物、人物を見ることができる『クレヤボヤンス』
触らずに物を動かせる『サイコキネシス』
どれもこれも嘘っぱちで小説や映画などフィクションの世界のことだと、大体の人はそう思うのだろう。
かくいう俺も、自分に能力が発現するまではそういった類のことは微塵も信じておらず、人々による空想上の産物だと思っていた。
しかし、それらは全て真実であり、実際にそれを扱う学校がひっそりと山奥に存在するのだと、過去の俺は知る由もなかった。ましてや異世界の存在なんて──
「おはようございます」
「おはようございます」
朝8時30分から開く校門の前には、生徒会の印である真っ赤な腕章をつけた人が数名。道ゆく一般生徒へ挨拶を掛ける。
しかしご苦労なことだ。毎日放課後の激務を熟し、夜遅くに学生寮に戻る日々を繰り返してもなお、生徒が来る前に必ず門の前にいる。それに夏だってのに。
はぁ、その骨の髄まで洗練されたような堅実さを毎朝見せられると、こっちまで疲れちまう。さっさと歩いて教室に行こ。
俺は、肩から提げた鞄をギュッと握りしめ、早歩きで昇降口へ向かう。その傍ら、一つの銅像に目が引き寄せられた。
「長南 年実……」
ボソッと口ずさんだこの名前は、その銅像の元になった人物であり、この学校『長南能力開発学校』の創設者である。
そうここは正真正銘、俗に言う『超能力』を開発するための学校であり、歴とした国の教育機関なのだ。
と言っても公に募集しているのではなく、天然資質者や遺伝資質者であるものを全国から集め、半強制的に入学させている。
余談だが、天然資質者とはこれまでの家系に能力発現者がおらず、その代で発現した者のこと。遺伝資質者はその逆で、ご先祖や両親に能力者がおり、遺伝的に継承された者のこと。
この場合、後者の方が潜在能力が高く、様々な能力が使える可能性があるのだ。それに比べて前者の方は潜在能力が低く、だいたい1つの固有能力のみ。歴代最強の天然資質者は6つも固有能力があったが、そんなのは例外中の例外。
あーあ、俺も遺伝の方だったら『最底辺』なんて呼ばれずに済んだのになぁ。だいたいにして遺伝の方は代を重ねるごとに能力の幅が広がるんだろ? それって天然資質者に勝ち目ねぇじゃん。
軽くため息を吐くと、俺は下駄箱から上履きを取り出し、少し強めに地面に叩きつけてから履く。顔を上げて正面の事務室を右に曲がると、徐に階段を登った。
校内は1階が事務室や職員室系、2階が3年、3階が2年、4階が1年となっており、俺は今年入学したばっかりの1年生であるため、この長い長い階段を登らされるのだ。
そして、4階に着き右に曲がると教室の札がずらりと奥まで並んでおり、手前から順にS、A、B……のようにランク付された教室がある。
もちろん『最底辺』である俺は今年の最低ランクであるJクラスだ。テストで0点を取ったのを見せ付けるかの如くきっぱりと言ったが、別に自慢ではない。逆に才能のない自分を恨んでいる。
それから教室に入り、後方にある自身のロッカーに荷物を置き、1限目の超能力概論の教科書を取り出して席に着く。
因みに俺の席は、窓際の後ろから2番目。空気属性のモブな俺にとって一番最適なのは間違いない。
「おはよ!」
「おぉ、さっちーが早く来てるなんて珍しいね」
「でしょ、えへへ」
しばらく小説を読んで待っていると、いつしか席についている者がちらほらと現れ、授業開始5分前の予鈴が教室に鳴り響いた。
「ほらほら、席につけ。授業始めるぞ」
「はーい」
ギャルぽい見た目の女子、皆からは『さっちー』と呼ばれているその子は、だるそうな返事をしてから椅子に座る。他の子らも、いつもの定位置に座った。
そして、授業開始前に出席確認をし、超能力概論の授業が始まった。
「えー、では前回のところから──」
『超能力概論』それは、超能力とは何か、歴代の著名超能力者、その能力が発見されるまでの経緯など、幅広い知識をつけるための教科である。
個人的に授業の中で一番つまらないと思っている。だって、たまにノートを取るだけで後は先生の長ったらしい話を聴くだけだぞ。この何もしない、が意外と苦痛でとにかくつまらない。
んじゃ、例の如く頬杖ついて頭を固定しながら寝るか。授業中何回も寝てると生活指導の先生に連行されるからな。それだけは勘弁。
「──であるからして、今のこの形態になったわけだ」
時刻は10時40分。一限目終わりの合図のチャイムが校内に鳴り響き、俺は痺れた右腕を伸ばしながら席を立つ。
「じゃ、今日はここまで。次の授業まで空欄を埋めてくるんだぞ」
ふぅ、やっと終わった。
で、次の授業は……霊能力基礎Ⅰか。霊力実験室に移動、と。
確かその教室はC棟の3階だったっけ? 広すぎて入学してから数ヶ月経つのに未だ覚えられん。よし、取り敢えずクラスメイトについて行けば着くだろう。
この長南能力開発学校は、生徒達の教室があるA棟。超能力演習場があるB棟。実験室などがあるC棟。何があるか一部の人間しか知らないD棟から成り立っている。
それらを繋ぐ通路はまるで都心の地下鉄のように入り組んでおり、ただでさえ方向音痴な俺は迷子待ったなしなのだ。なので、クラスメイトの後ろを道わかってる風に歩く羽目になっている。
これでも友達がいればよかったのだろうが、生憎コミュ障な俺は現在に至るまで1人も友達を作れていない。それどころか、クラスメイトと碌に喋った事がないので認知されているのかすら危うい。
実験室に着くと、一つの大きなテーブルを囲むように椅子が四つあった。中学時代の理科室を彷彿させるような配置と雰囲気を感じる。違うところといえば教室が広い、というところだろうか。
俺はいつもの班のテーブルに行き、ゆっくりと腰を掛ける。しばらくしてチャイムが鳴ると、先生が教卓の前にいた。
「出席を取ります」
先生はきびきびと出席を取ると、すぐさま授業の本題へと移行する。霊能力基礎Ⅰの教科書をぱらぱらと捲り、生徒達の顔を一瞥した。
「では、前回までに霊気を感じれてない人は、ペアになって。霊気を感じれている人は、霊の可視化を行ってもらいます」
このクラスで霊気を感じれている者は、たったの三分の一程度。もちろん、自然資質者の俺は人一倍成長速度が遅いんだ。当然感知できるわけがない。はぁ、今日もペアになって呪具を触らなければいけないのか。
「榊くん、ペアいいかな?」
「若林、やろーぜ!」
周りがペアを作り出す中、俺だけが唯一取り残されていく。とっくに1人なことに慣れちまってるから別にいいが。それも運がいいのか悪いのか、このクラスの人数は43人。霊気を感知できるのが14人なのでそれから引くと、29人。ペアを作れば必ず1人ぼっちが生まれるようになっているのだ。
まぁ、1人で呪具を独占できるのは嬉しいけども。それから1人で黙々とやっていたが、今回も霊気を感じるまでに至らなかった。
これにて昼になったので昼食の時間だ。教室に戻ると、ロッカーから朝買った卵サンドとフルーツオレを取り出す。
軽く昼食を済ませ、残り時間は机の引き出しに常備している小説を熟読した。
この学校は一応高校という類いになっているので、超能力だけではなく数学や世界史といった単元も必修科目となっている。
月曜日は午前が超能力系で、午後は普通の高校と変わらない科目。特にこれといって何もないので逆にこれもつまらない。
そうして、5限目の世界史の授業を終えると1日の学校の日程が一通り終わる。
「さて、帰るか」
俺はロッカーから鞄を取ると、足早に教室を去った。
校門の前には、朝と同じく真っ赤な腕章をした生徒会メンバーが見送っている。何もそこまでしなくてもいいのに。
事実、彼らによって無くなっている悪事もあるので、一概にもそうは言えないのかもな。それとも、常にルールに従うことで士気を高める効果でもあるのだろうか? 或いは超能力で傀儡にされてるとか……なんて、あるわけねぇか。
と訳の分からない1人議論をしている内に、この学校の学生寮、通称『ノアの方舟』の四角い屋根が木々をかき分けて視界に入る。
この学校の学生と学校の存在は、国家最高機密となっているため、当校の学生は原則として寮に入らなければならない。本当なら俺だってマイホームから通いたいよ。でも、通うとなるとどこかの賃貸借りなきゃだし。そもそもこの山、人里から離れすぎてるし。どちらにせよ無理かぁ。
「ふぅ、涼しい」
自動ドアを潜ると、暑苦しい外の空気とは一転してクーラーがガンガンに効いており、そこはまるで天国だった。
部屋に着くと鞄を下ろして、制服ではなくカジュアルな恰好へ着替えておく。その時、部屋の扉が開いた。
「なぁ柚留、聞いてくれよ」
「ちょっと後にしてくれ、これから課題をやるんだ」
「ちぇ、つれねぇな」
今部屋に入ってきたこいつの名前は一宮 亮。字面が中国人ぽいが、ガチゴチの日本人である。
何故こいつが部屋にいるかって? この寮は2人で一部屋になってて、それで俺はこいつと一緒の空間にいる羽目になっているのだ。
しかも、こいつはBクラス。どちらかと言えばエリートだろう。だがオタクだ。それも重度の。ほら今にもスマホでアニメを見だしただろ。全く、なんでこんな奴が勝ち組なんだ。あ、けどこのオタク気質が原因でクラスに友達がいないらしい。まぁ、理由は違えどそれは俺もなんだけど。
そして課題を済ませると、就寝の準備に入る。といっても、まだ眠くないのでいつものルーティンである固有能力の訓練でもするか。
『固有能力』それは、その人が将来的に使い熟せる可能性がある能力。もし知りたければ体内に流れる気力や仙力、霊力などを検査しなければいけないのだが、この学校に入る前に検査を受けさせられたので既に自分の固有能力は判明している。
だからといって、その能力しか使えないわけではない。可能性は極めて低いが、努力次第で能力が芽生える事例が多数ある。人生、その数パーセントの確率に挑んでなんぼだろう
けど……俺の場合、固有能力すら使い熟せてないんだよね。いや、笑い事じゃなく。
「ん……ん……」
傍から見れば、ただボールを持って気張っているだけに見えるが、それはただ俺の能力が低いだけ。よく見ると右手で持ったボールの周りの次元が歪んでいるが、そんなのは誤差に過ぎない。
俺の固有能力『テレポート』はいつになったら開花するのか……。まだまだ先は長そうだ。
それから小一時間続けている内に睡魔が襲い、知らず識らずのうちに柚留はぐったりと眠るのだった。