88話 造られた身体
「……あの、すみません」
「ん? なんじゃ?」
「さっきの話なんで私にも?」
どうしても気になるので聞いてみた。多分あの娘はホーネットさんの関係者の娘さんなのだろう。しかし何故あの場に私まで同席させられたのかが気になる。
「あぁ、それはじゃな」
そうして、元学園長さんは湯船の中で私のお腹を触った。
「……あの何ですか?」
「ホーネットとイーグルから話は聞いている、お主が治癒魔法を使える星紋の持ち主である事をな」
星紋、聞き慣れない単語だがもしかして私の下腹部にある紋様の事だろうか。
「あれ?」
気がつけば、あの紋様が浮かび上がっていた。
「星紋って……いったい何なんですか?」
私がそう聞くと元学園長さんは私のお腹を少しだけ強く押した。
「んっ、あの、何を?」
その時だった。私の星紋と呼ばれたそれは湯船の中でゆらゆらと紅く淡い光を放ち出す。
「また……」
「やはり、許容限界値超え気味じゃの」
そうして、元学園長さんは優しく星紋を撫でる。すると紅く淡い光は徐々に弱まっていき紋様自体も薄くなっていった。
「この世界において、治癒魔法というものを使えるのはほんのごく一部。この星紋を持つ者だけなんじゃ」
それは知っている。この世界から治癒魔法というものが消えた原因。
伝承によればそれは一人の魔族の女の子と人間の女の子の悲劇……それが原因で消えていった。まあ、これが事実か御伽噺かなんて確かめる術はないけど。
「それで結局、星紋ってなんなんですか?」
「それを説明するのは難しいな、一説にはケストレルが残した呪いがとも言われとる……」
呪いか……そういえば片羽の妖精さんもそう言ってたっけ。
一瞬自分の持つ星紋とやらの得体の知れなさ。不気味さに震えた。
「じゃがワシはそうは思わん、むしろ彼女が死に際にこの世界に残した遺産、呪いなんてものとは真逆のもっと前向きなものだと思っとる」
そう言うと、元学園長さんは煌びやかな星空を見上げる。
「前向き……ですか」
それはタダの私に対する気休めのつもりなのかもしれない。だけどその言葉のおかげで少しだけ不安が和らいだ様な気がした。
そうして、しばらく二人でのんびりと星空を眺めていると。露天風呂びまた一人。新たな来客がやってきた。
「お〜、お主も来たか〜」
露天風呂にやってきたのはあの魔法義体の女の子であった。彼女は身体を軽くお湯で流しこちらに向かってくる。
「……」
ダメだとは思ったけど、私は思わず彼女の身体に見惚れてしまった。まるで陶器の様に美しい身体は月光に照らされて芸術品と勘違いしてしまう程だった。
「もしかして、私に一目惚れした?」
揶揄うような笑みを浮かべる彼女。そうして彼女は側に来てそっと私の頬に手を添えた。
「な……何を……」
彼女の綺麗な瞳が私を見据えている。
「こら、あまりその娘をからかうな」
「はいはい」
そう呟くと私たちとは少し離れた、海がよく見える位置にザブザブとお湯をかき分けて歩いていった。
「う、うぅ……」
……食べられちゃうかと思った……なんというか、意外とお茶目な人なのかな。さっきまでの何事にも興味を持たない無機質な印象が少しだけ変わったような気がした。
「なんか、イマイチ掴みどころがなくて不思議な人ですね」
「んぁ? ああ、まあそうじゃな」
元学園長さんはとおいめをしながら彼女のことを眺める。その視線はなんだか何かを懐かしんでいるようにも感じられた。
「ホーネットとイーグルの後輩に……魔法義体の研究に熱心な生徒がいてな」
「……後輩ですか?」
今更だけど、イーグルって誰なんだろうか。聞いたことない名前だけど……
「あの娘はその後輩の子供なんじゃ」
そうして、元学園長さんは少しだけ事情を話してくれた。彼女は十歳の頃事故に遭いもう助からない……という状態にまでなってしまったらしい。
そこで、ホーネットさんの後輩である彼女の母親は、自らの知識をもとに魔法義体への魂の移植を決意したとの事。
「じゃが……魔法義体への魂の移植は、さっきも言ったように高度で何重にも渡る術式の展開が必要。当然施術者である魔女に掛かる負担はとんでもないものじゃ」
それが、魔法義体というものがあまり大っぴらに普及せず。魔女界において微妙な扱いになっている理由の一つでもあるらしい。
「施術は成功した、じゃが彼女の母親は負担に耐えきれず命を落とした」
彼女には父親はいなかったらしい。そうして目覚めた彼女に残されたのは……造られた身体を持つ自分だけ、という事であった。
「今は故あってワシが預かって育てているというわけじゃ」
「……そうですか」
あの娘も私と同じように母親を亡くしている……それも事情は私よりももっと複雑なんだ……
「勝手だよね、ホント。私を助ける為に命を投げ出してなんて頼んでないのに」
私たちの会話が聞こえていたのか、ボソリとそう呟く彼女。心なしかその声色は寂しそうにも聞こえた。
〜〜〜〜〜〜〜
「……」
深夜、外からの涼しげな風を感じながら私はボーッと天井を見つめる。
「お姉様、寝れないのですか?」
と、私のすぐ隣で寝そべっているテルミナが小さな声で聞いてくる。
「え? あぁ、ちょっと考え事してて」
「考え事……ですか?」
テルミナがこちらを向く。
「テルミナはさ、もし大切な人が自分の命を助ける為にその人が自分の命を犠牲にしたらどう思う……?」
「……? なんの話ですか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情のテルミナ、そうして彼女は暫く考え込む様子を見せる。
「私の一番大切な人は、それはもちろんお姉様です、そうですね……私だけ助かってお姉様だけいなくなるなんて絶対嫌です」
きっぱりそう言い放つテルミナ。
「お姉様……どうしたんですかそんな話して、嫌ですよ……お姉様がどこかにいってしまうなんて」
「ごめんって、私はどこも行かないから!」
私の手にテルミナの手が重なる。
「変な事言った罰です、今日はずっと手を繋いで寝ましょう……!」
「はいはい、わかったわかった」
私はチラリと縁側越しに夜空を見上げる。今日の夜空はなんだかいつもより寂しいような雰囲気を感じた。




