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87話 ゴーストは囁く

 今日は事前に元学園長さんの好みをホーネットさんから聞いているのでそれに沿ったモノを作る事にする。


 元学園長さんは無類の牛肉好きとの事。というわけで、今日の夕食はすき焼きにする事にした。


 すき焼き……懐かしいなぁ。中学の時、修学旅行で行った時に泊まった旅館の夕食に出てきたっけ……


 必要な具材はもちろん主役である牛肉。そして白菜にネギ、焼き豆腐。これらを食べやすい大きさに切る。


 そうして用意していた鍋に牛脂を引いて焼きその後に他の具材を入れる。


 鍋は一人用の小さなモノを使う。大きいのだと運ぶのが大変だし。


 そうして、その鍋に割下と呼ばれるタレを入れる。割下……すき焼きにとっては要とも言えるモノだ。


 昆布もどきで出汁をとって、そこに醤油に砂糖、みりんを入れる。出来上がった少し甘めな液。これがすき焼きの割下だ。


 そうして、その鍋を客室に運ぶ。


「これは?」


 と、元学園長さんが興味津々な様子で聞いてくる。声色からしてワクワクが抑えきれない、という感情が伝わってくる。大してもう一人の少女の方は……


「……」


 相変わらず興味が無さそうな様子。


「えっと……すき焼きという鍋料理です」


 私は準備をしながら答える。用意するには簡易的な魔法陣を刻んである魔法のコンロの様なモノ。


 これで鍋を茹でる。部屋にすき焼き特有のなんとも言えない甘い様な香りが漂う。


「くぅ〜、いい匂いじゃの!」


 待ちきれないといった感じの元学園長さん。そうしてしばらく。グツグツと煮立ってくる鍋。


「もう食べていいのか?」


「ええ、どうぞ」


 そうして元学園長さんはフォークを手に持つ。お肉をよそって溶き卵の中にダイブさせる。


 そういえば、これは完全に余談なんだけど。この世界……正確には帝国が存在する南大陸では卵の生食文化は当たり前の様だ。


 なんとなく前世からのイメージとしてこういう洋風な国ではしない様な印象がある。まあ要するにそれは菌による食中毒を警戒しての事なのだろう。


 帝国では一時期大和から伝わってきた「タマゴカケゴハン」という料理が流行したらしい。その時に食中毒が大きな問題となったそう。


 そこで帝国政府がお触れを出した。生で食べるのは帝国が認定したしっかりとした酪農家産の物だけにする様にとの事。


 そんなこんなでしっかりとした場所のものを選べば安心して生でも卵を食べられるのだ、以上余談おしまい。


「う、うまい……」


 溶き卵でひたひたになったお肉を口に入れた元学園さんは静かにそう呟き……そうして勢いよくそばにある茶碗を持ってフォークでご飯をかきこんだ。


「ん〜……最高じゃな……」


 満足げな様子、しかしもう一人の彼女は。


「……」


 相変わらず興味のなさそうな様子で食事をしていた。



〜〜〜〜〜〜



「魔法義体……ですか?」


 なんか何処かで聞いたことがある様な気がする。どこかでその文字を見かけた様な……



 食後、私とホーネットさんは少し話がある、と元学園長さんに呼び出された。


「この娘についてホーネットに話しておこうと思ってな」


 そう言って話を始める。


「この娘は知り合いから頼まれてな、今は私が親代わりじゃ……それで、ホーネットは気が付いていると思うが、この娘は全身が魔法義体なんじゃ」


 そうして飛び出してきたのは冒頭の見かけた事のある単語、というわけだ。


 しかし……ホーネットさんはともかくなんで私までここに同席させられているのだろうか……?


「魔法義体、魂を人工的に作られた身体に移す……大雑把に説明するとそんな技術よ」


 ホーネットさんが私に説明してくれた。魂を移す……そんな事が可能なのだろうか。


「この技術は治癒魔法が消えてから発達してきたものでの、これを行うには、まず精巧に作られた人間と見間違えるほどの人形……いや、義体が必要じゃ。そうして施術の際も何重にも渡って高度な魔法陣を展開しなければならない」


 つまり、しっかりとした実力を持った魔女じゃないと出来ないという事か。


「星堂からは異端視されている技術じゃな、魔女界の中でも意見は割れておる、まあおおっぴらに堂々と外に出せる技術じゃないという事じゃよ」


 元学園長さんは複雑そうな表情でそう言った。


「でも、その技術なら……例えば大怪我を負って回復の見込みがない人とかも助けられるんじゃ」


 それを考えれば、決して悪いモノもない様な気がする。


「うむ、実際この娘もそういう事情があって魔法義体に魂を移したそうじゃ」


 私はチラリと彼女の方を見た……そんな事情があったのか……


 彼女は話を聞いているのか聞いていないのか、窓からじっと遠くの海を見つめていた。


 ……なんとなく、彼女の落ち着いた様な雰囲気が私の知っている誰かと被った様な気がした。


「ただ、魂なんて不確定なモノじゃからな。それがいつ揺らいで消えてしまうのかもわからない……特に未熟な魔女による施術の場合は余計にな」


 そう言って、元学園長さんはじっと窓辺の彼女を見つめる。


「そうですね、それに……魔法義体に移った本人が本当に本人であるのかという証明も難しいですし、もしかしたらただのコピーなのかもしれませんから」


 ホーネットさんがそう言った。コピー、確かにそんな考え方もできてしまうのか。


「じゃな、自分が自分である事の証明は極めて難しいからの」


 なんだかとてつもなく哲学的な話になってきた。


「わかるよ、自分が本人かなんて」


 と、その時。唐突にそう呟く様に言った。この娘の声聞くの初めてかも……


「囁くの、心の底から何かが」


「えっと……何かって?」


 思わず聞き返してしまう。


「さあ、なにかしら、もしかしたら自分の(ゴースト)かもね」


 そうして、再び彼女は私たちに背を向けて窓から外を眺める。


 その背中はどこか、遠くの海ではなく別の場所を思い描き眺めている様にも感じた。


「あの……もしかしてこの娘の苗字って」


「ああ、ホーネット。思っている通りじゃ、だからお前に話をした」


 二人の会話、私には踏み込めない深い事情がありそうだった。

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[一言] >「あの……もしかしてこの娘の苗字って」 …ななこr(ぉ
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