85話 狐と妖精
「はい、いつもの」
「うむ! ご苦労ご苦労!」
私が差し出したいなり寿司を美味しそうに食べる神社の使い狐さん。
「おいしそう〜、私にも頂戴!」
狐っ娘さんの周りをふわふわと飛ぶシルフは羨ましそうにその様子を見ている。
「む、やらんぞ風の精霊! これはわしのじゃ!!」
「えー! けちー!!」
やれやれ、なんとも賑やかな光景だなぁ。
私は離れの縁側に寝転ぶ。
「ん〜……お主の作るいなり寿司は相変わらず美味じゃのぅ」
「そりゃどうも」
こんなに喜んでくれると、料理人冥利に尽きる。
美味しそうに食べる狐っ娘さんの様子を眺めながら私は手元に置いてあった桜を鞘から抜いた。
太陽の光を受けてキラキラと名前の通り桜色に刀身が輝く。
そうして、私は起き上がって桜の手入れを始めた。剣士にとって自分の得物は何より大事な命だ。
それに私にとっては魔女としての固有の魔法具でもあるわけだし。
だからこうして日々の手入れは欠かさない。
「ん〜、それにしてもいつ見ても綺麗な剣だね〜」
シルフが桜を見てそう呟く。
「うん、私もそう思う」
シルフとそんな会話をしながら私は桜の手入れを終え菫を手に取る。
「……」
そういえばこの菫はキツネさんに渡されたものだった。
「ねえ、キツネさん」
今更だけど、この子についてもう少し詳しく聞いてみよう。
「なんじゃ?」
「菫の事ちゃんと教えてくれない?」
これを渡された時は、なんというかはぐらかされた感じというか。明らかに「話すのめんどくさ……」みたいな態度だったような気がする。
「……う〜、私から話してもいいものか」
唸るキツネさん。口止めでもされているのだろうか。
「これを渡されたのは……今から十五年ほど前のことじゃ」
十五年、というと大体魔界との大きな戦争があった頃のことだろうか。丁度私が生まれたのもその辺りの年だ。
「で、誰に渡されたの?」
「……わしにもわからん、あやつが何者であったのか」
なんだ、わからないならしょうがないなぁ……って。
「いやいや、そんな事ある? 全く知らない人から渡されたの?」
「渡されたというより、正確にはこの神社に預けられた……というのが正解じゃな」
曰く、十五年前。魔界との戦争が終わりに向かっていた頃。当時荒れ放題だったここを訪れた一人の女性が神社に置いてあったものらしい。
「いつかこの海都に"呪い"を背負った仔猫が迷い込んでくるから渡して欲しい……そいつはそう言い残して去っていった」
「ふーん……どんな人だったの?」
気になってそう聞いてみる。
「どうだったかのぅ、マントを深くかぶっていたからよくわからなかったが……取り敢えず声や体型から女なのはわかったぞ」
性別以外は分からないということか。うーん、気になるけどわからないんじゃ仕方ないのかなぁ……
私は菫を鞘から抜く。桜とは対照的に菫は深々とした菫色の輝きを放つ。
そういえば、この二本の小刀は同じ刀鍛冶によって作られたものなんだっけ、まるで姉妹みたいだ。
姉妹……なら剣聖さんの彼岸花や学園祭の時に襲ってきた人が使ってた白百合も同じシリーズなのかな。
「にしても、呪いかぁ……」
私は自分の下腹部を服の上からさする。呪いといって心当たりがあるのは"これ"くらいしかないけど。
「……っあ!」
と、その時。文様がある辺りが急に熱くなった。服を捲ってみると文様が弱く淡い赤色に光り輝いていた。
「どうかしたのか?」
「あ、いやなんでも……」
なんか最近こんな事がたまにあるんだよね。なんか怖いなぁ……
暫くすると光と熱は治った。
「ベルちゃ〜ん! ちょっとお使い頼んでいいかしら〜!」
ホーネットさんの私を呼ぶ声が聞こえた。
「あー……じゃあ私行くから」
私はチラリとシルフを見る、いつの間にか気持ちよさそうにスヤスヤと寝ていた。
「ああ、しっかりと働けよ!」
そうして、私は離れを出て海猫に向かった。
……謎の女の人かぁ、どんな人なんだろう。調べる方法なんてないし……うーん、気になるなぁ。
〜〜〜〜〜〜〜
「ベルちゃんの魔法具は短剣なんですね」
翌日、実技魔法の授業の時間。私の二つの小刀を見たミステールが興味深そうにそう言った。
「はい、珍しいと思いますけど……」
こうやって、攻撃的な武器を自分の魔法の媒介にする人はあんまり居ないと思う。
「……やっぱ変ですか?」
魔法っていうのはイメージが大事だから。それこそイメージがしやすい露骨に魔女って感じがする杖だったり、可愛らしいアクセサリーだったり。
「いえ、とても素敵だと思います。ベルちゃんのイメージにもあってますしカッコいいです……私は好きですよ! ベルちゃんこと!」
好きという言葉をやたら強調する彼女。というか最後の言い回し少しおかしくない?
そして、その言葉にクラスメイトの何人かが反応する。
「こ、告白?」「ミステール様はベルちゃんの事……?」
なんか物凄く勘違いされている、どうしてそうなるんだ。
「わ、私もお姉様の事大好きですよ!!」
何故か対抗心を見せて会話に入ってくるテルミナ。
「修羅場!?」「ベルちゃん……罪な女!」
……だからどうしてそうなる。
ミステールは「ふふっ」っと妖艶な笑みを浮かべる。はぁ……絶対面白がってるよこの人。




