79話 エメラルドの魔法石
「しょうがない……遠いけどここから……!」
逃げてばかりじゃどうしようも無い。私は攻撃と攻撃の僅かなインターバルを狙って足を止める。
桜と菫を構えて短く呪文を詠唱した。放たれる光子の矢……矢は一直線に光輝く弱点らしく箇所に向かっていく。
だが矢はその箇所にまとわりついている、厚く絡み合っている蔦に阻まれてしまった。
「ダメだ……あれ邪魔すぎる!」
単発だけではとても威力が足りない、連射してゴリ押しすべきであろうか。
「……私に任せて!!」
シルフが叫んだ。そうして彼女は真っ直ぐに食虫植物の方に突っ込んでいく。
何か策があるのだろうか……とにかく、私の方に気を引かせてシルフへの注意を逸らした方がいいかな。
私は攻撃を交わしつつ、光子矢をなるだけたくさん放って注意を引く。あまりダメージが通っている様子はないけどヤツの注意は私に向いている、これでいい!
シルフは光輝く箇所のそばにまで辿り着く。ウネウネとした触手がシルフを捕らえようとするが……シルフの方が動きが早かった。
彼女は魔法で生成した長いレイピアの様な武器を蔦と蔦の隙間に突き刺す。
そうして、辺りに響き渡る断末魔の様な鳴き声……風魔法による攻撃が止んだ。
「……これなら近くにいける!」
厄介な魔法攻撃は止んだ、これでかなり戦いやすくなった!
私は一気に距離を詰める。襲いかかる無数の触手。私はそれを"不知火"の技で勢いに任せゴリ押しで蹴散らす。
そうして、懐まで辿り着く。
「桜閃刀流、壱の技"吹雪"!!!」
剣聖さんが海都を去る前に伝授してくれた新しい剣技。不知火で生み出される鎌鼬よりもさらに大きな斬撃が放たれる。
この技は近距離でより強い効果を発揮する、だからこうして魔法攻撃を止め懐に入る必要があった。
斬撃は大きな衝撃波となりハエトリグサの首を落とす。地面に頭の部分がバサリと落ちた。
「や、やったの?」
シルフがこちらに近寄ってきてそう呟いた。あぁ……それ禁句……
案の定、ハエトリグサは最後の力を振り絞るように周囲に鋭い葉っぱ撒き散らした。
葉っぱはカッターのようになってこちらに飛んできた。
「っ……!」
考えるより先に身体が動いた。距離が近すぎる、シルフは動けてない。
私はシルフを庇うようにして地面に伏せた。そうして気休めの「"光子障壁"」の呪文を短く呟く。
「あ゛っっ……!」
っっ…………!! 痛い……! 痛い……!
……っ、使い慣れてない魔法だ……二、三本くらいすり抜けてきてしまった……直撃はしなかったけど……
「ベ、ベルちゃん!! このっ! よくも……」
掠れる意識の中でシルフが「"風ノ弾丸"……!」と詠唱するのが聞こえた。
そうして上方から大きな風の塊がハエトリグサに向けて飛ぶ……
そうして、根っこごと飛ばされてハエトリグサは障壁に叩きつけられた、その後……霧となって霧散した。
こ、今度こそ終わった……
「あっ……痛い……」
痛みのする方を見る、左腕、それから右脚のあたりに切り傷、ぱっくりと割れてドクドクと血が流れていた。
痛い、なんとか頑張って冷静を保ってるけど……壮絶に痛い……やばい、こんな血が流れてるの見てると気絶しそう……!!
「ベルちゃん! どうしよう……すごい傷……!」
慌てふためき私を心配する彼女。
「はぁ……はぁ……ん、大丈夫だよ」
私は両手を傷口に添える……手が震えてる、早くしないと……
「治癒……」
そうして、下腹部の辺りが熱くなる。水着を着ててもわかるくらいに強い光が漏れ出す。
「な……これって」
驚いた様子のシルフ。緑色の優しい雰囲気を纏った粒子が傷口あたりに集まる。
「はぁ……んぁっ……」
傷口は完全には治らなかったけど、随分とマシになった。しばらく放っておけば完全に治るだろう。痛みももうほとんど感じない。
「凄い、ベルちゃん治癒魔法を使えるのね!」
「ん、まあね」
危ない、あと少し遅かったら気を失ってたかも。そしたらそのまま血が流れすぎてダメだったかもしれない。
「それにしても……最後の風魔法すごかったね」
シルフがトドメをさした強力な風魔法……この娘、あんな強力な魔法を使えたのか。
「え? うん……なんかね、あのキラキラ光る部分を壊したら力が戻ってくるような感覚がして……」
力が戻ってくる……? どういう事だろうか。
「傷だらけのベルちゃん見た時、あいつ許さない! って気持ちになって気が付いたらあの魔法が使えてたの」
「そうなんだ……」
なんだろう、気になる。あのハエトリグサのせいで力が封印されていたという事なのだろうか。
……気になるけど……まあ後ででいいか。
私は立ち上がる。周囲を囲っていた障壁は消えており、少し離れたところにあの石の門が出現していた。
「……ん?」
遠くにキラリと光るものが見えた。あそこはハエトリグサが吹き飛ばされた辺りだ。
私はそこに近寄ってみる。
「……なんだろう……きれい……」
握り拳くらいの大きさの石。それもただの石ではない翠色にキラキラと煌めいており、所々綺麗な結晶が見える。
「これ……エメラルドの魔法石だね、強い風の魔力を感じるよ」
シルフが呟く。エメラルド……この世界では風属性の力が宿っているとされている特別な鉱石だ。
「もしかして、あいつがあんなに強力な風魔法を連射出来たのって」
「多分、これを持ってたからじゃないかな?」
なるほど、それなら納得。
と、その時だった。突如空中に文字が浮かび上がる!
「な、なにこれ」
"風の試練を潜り抜けし者、大いなる魔法石を受け取るがよい"
と書かれた文章。
「よ、よくわからないけど持って帰っていいって事なの?」
それならお言葉に甘えておこう。
私とシルフは他にも霧散せずに散らばっていた蔓、強度が高くなんか売れそうだったので何本か拾っておいた。
思いがけないドロップ品を抱えて私達は門の前に立った。そうして、触れる前に自動的に門は開かれる。
門の先に見えるのは……あの入江。
「帰ろっか」
「そうだね!」
そうして、私達はハイビスカスが咲き乱れる入江に帰還した。




