73話 バカンス!
「んーっ……風が気持ちい……」
身体を優しく撫でる海風、潮の香りが「海だ!」という気分を高揚させてくれる、ザァ……ザァ……という穏やかな波の音が耳に心地いい。
「それにしても、綺麗な海ですね」
隣にいるテルミナは蒼く輝く海を見ながらそう言った。確かに、海都の海とは違い透明度が高くいかにも南の島の海って感じがする。
白い砂浜……蒼い海。まさしく南国のリゾート地って感じがする。
「ええ、本当に見惚れてしまいますわ」
ミラ姉様もテルミナの言葉に同意する。
「うひゃあ! 冷たい!!」
グリペンが海に足を付けてはしゃいでる、微笑ましい光景だ。
「あの……よかったんでしょうか? 私までこんな場所に連れてきてもらって……」
と、辺りをキョロキョロと見回していたライカがそう言った。
「遠慮しなくてもいいって! 楽しもうよ!」
私は彼女の言葉にそう返答した。
「は……はい!」
私たちは今、海都から遠く離れた南の島に来ていた。海都をしばらく南下すると地中海と呼ばれる大陸に囲まれた海がある、この島はその地中海に存在する孤島である。
なんでこんな場所にいるのかというと……話は三日ほど前に遡る。
〜〜〜〜〜〜〜
「え? お休みですか?」
その日の夕方。私たち仲居三人はホーネットさんの私室に呼び出された。
「ええ、そうよ。ここ一週間くらいは予約のお客様もいないし……思い切って旅館をお休みしようと思うの」
お客様がいない……喜んでいいのかなぁ……?
「三人とも……特にベルちゃんとテルミナちゃんは夏休暇に入ってからずっと働きっぱなしだったでしょ?」
たしかに、夏休暇に入ってからは殆ど休みなく働いている。そんな忙しくもないので苦ではないんだけど。
というか、もう何度目かわからないけど……この旅館大丈夫なの……?
「んー……急に言われても、何をすればいいのやら」
困った様子のテルミナ。まあ確かに、急にそんなお休みだと言われて戸惑ってしまう気持ちもわかる。
「私もどうするかなぁ」
同じく、グリペンも迷っている様だった。
「あ、そうだ! ならいい場所があるわ!」
ホーネットさんが思い出した様にそう言った。いい場所……なんだろう、気になる。
「どこの事ですか?」
「ふ、とってもいい場所よ。後でラプターに聞いておかなくちゃ……」
勿体ぶった様子のホーネットさん、結局その日はどこの事なのか教えて貰えなかった。そうして翌日……
「ハイビスシア島……ですか?」
ラプターさんに聞かされたのは聞き慣れない島の名前だった。聞けば地中海に浮かぶ南の島らしい。
「あそこ一体の島々はウチの家の領地だからな」
領地……そういえばこの人貴族の家の人なんだっけ。ステルス家……あぁ、確かに海都の南方が領地だった様な。
南の島、そう聞くと途端にテンションが上がってきた! まさかこんな旅行みたいなことが出来るなんて。
「お前ら暇そうだし、行きたいなら連れてやってもいいぞ」
「行きます!!」
二つ返事で私は了承した、勿論テルミナとグリペンもだ。その後、私はチカ姉、ミラ姉様、そしてライカを誘ってみた。
チカ姉は何やら魔界に呼び出されたとかで海都にいなかった。一方、ミラ姉様とライカはオッケーしてくれた。
そうして次の日、この日から旅館は一週間のお休みだ。私達が留守の間、旅館はホーネットさんが管理してくれるらしい。
出発は夕方、向こうへは寝台列車で向かう。
島へ行くにはまず南方、地中海沿岸の小さな港町に列車で一晩かけて向かう。
そうして、翌日の朝。その港町に到着。さらにそこから船で三時間、かなり長い、結構な距離だ。
「あれが……」
船から見えるのは緑豊かで自然が溢れる島だった。小さいけれど町のようなものも見える。
そうして、私たちは島に降り立ったのだ。
〜〜〜〜〜〜〜
砂浜ではしゃぐテルミナとグリパン、ライカを眺める。チラリと後ろを見るとハイビスカスらしき綺麗な赤い花が群生していた。
「そういえばラプターさんは?」
こちらに戻ってきたテルミナがそう聞いてくる。島に降りてから、ラプターさんはさっさと何処かに行ってしまった。
「さぁ、見てないけど」
どこに行ったのだろうか。
「お〜い!」
と、そこにラプターさんがやって来る、噂をすればというやつだ。
「どこ行ってたんですか?」
私がそう聞くと、彼女は町の方を指さした。島にある町は本当にこじんまりしたものだった。聞けば住民は百人いるかいないか程度だそう。
「昔馴染みに顔を出してた」
昔馴染み……そういえば昔はここに住んでたんだっけこの人。船着場を出る時も「あ、お嬢様! お帰りなさい!」とかメチャクチャ声をかけられていた。お嬢様って……なんか凄く違和感。町を通る時も、しょっちゅう声をかけられた。
しまいには人がどんどん集まってきて……熱烈な歓迎を受けた。
まあ、この地を治める貴族の家の娘だし、その上あの英雄の一人なんだから知られているのは当然っちゃ当然か。
でもなんというか、みんな恐れ多そうじゃないというか、親しげな感じだった。
「子供の頃、五年間くらいここに住んでたんだよ」
と、ラプターさんは言っていた、今でも定期的にここに来ているらしいし、みんな顔馴染みなのだろう。
こういうのってやっぱ人望……? というか人柄みたいなのが出てくるよね。この島での彼女は英雄や貴族の娘としてではなく、ラプターという人柄そのもので人気があるのだろう。
「ん? どうしたベル」
「あ、いえなんでも」
なんだか意外な一面だなぁ……




