65話 グリペンの憂鬱
「よし! じゃあ、お姉ちゃんを納得させる為頑張るぞ!!」
ひとまず、グリペンはやる気を出したみたいだ。なんとかしてビゲンさんを納得して見せると意気込んで調理場を出て行った。
「大丈夫ですかね……?」
テルミナは心配そうにそう言った。
「まぁ、大丈夫でしょ……多分」
というか、どこ行ったんだろうか……?
私は気になってグリペンの後をついて行った。彼女は二階に上がって、ビゲンさんがいる客室に向かう。
「おね……お客様、よろしければ私が海都をご案内いたします!」
なるほど、海都を観光がてら紹介するというわけか。悪くはないのかな。
「そう? じゃあお願いしようかしら」
と、ビゲンさんの声が聞こえた。
そうして、二人は海都に繰り出していった。
海猫を出て行く二人の羽のある背中を見送る私とテルミナ。
ああやって姉妹水入らずの時間を作れば、お互い遠慮がない話し合いができるだろう。
それから四時間ほど経ち、二人は戻ってきた。
「お帰りなさいませ、いかがでしたか?」
私がそう聞くと、ビゲンさんは笑顔で「楽しかったわ!」と答える。
「……上手くいったの?」
私はグリペンに小声で聞く。
「うーん……どうだろう」
と、何故か微妙な反応の彼女。ビゲンさんの反応からしてそこまで悪い事にはなっていなさそうだけど……
そうして、私とグリペンは調理場に向かう。
時刻は夕方、茜色に染まった空に風情のあるひぐらしの鳴き声が響き渡る。
「ちゃんと話したの?」
夕食の準備をしながらグリペンにそう聞いた。
「一応ね、でもわかってくれてるかどうか……」
今日の夕食は竜田揚げである。この前試作して私達で食べたあれである。
この料理、やたらグリペンが気に入っている。
「名前に竜が入っているとか! 私達竜人族に相応しくない!? 後すごく美味しい!!」
だとかなんとか。今日はこれにする事を半ば強引に彼女が決めてしまった。
食べやすい大きさにカットした鶏のもも肉を醤油、みりんなどにしばらく漬け込んだ後片栗粉にまぶして油でこんがりと揚げる。
ちなみにここで、片栗粉ではなく小麦粉を使うと唐揚げになる。
そうそう、上でできたみりん、これは東家が大和から取り寄せているものだ。
いつもホーネットさんに買ってきて貰ってる。帝国ではお酒は未成年じゃ買えないからね……
「ビゲンさんは今頃温泉に入ってるのかなぁ?」
「あぁ、うん。さっきテルミナが案内してたよ」
と、グリペンは返してくる。
「グリペンも一緒に入れば良かったのに」
「……」
私の冗談は見事にスルーされた。
そんなこんなで、主食は出来上がり、他にも数点のつけ合わせを作り完成だ。
「グリペンが持ってきなよ」
私は彼女にそう言った。
「えぇ……面倒くさ」
嫌そうな顔をする彼女。
「めんどくさがらない、仕事でしょ仕事!」
そうして、嫌々ながら膳を持ち調理場を出る彼女。
しばらくして、グリペンが戻ってくる。
「ちゃんとできた?」
私がそう聞くとグリペンは「馬鹿にすんな、運ぶくらい余裕!」と返してきた。
「それより、なんかお姉ちゃんホーネットとラプターの二人と話してたぞ」
ホーネットさんとラプターさん? ホーネットさんはともかくラプターさんがどうしてここにいるにだろうか。
「おおかた昔の事でも話してたんだろうけど……」
「昔? どういう事?」
三人は知っている仲なのだろうか。
「あれ、言ってなかった? ウチの姉ちゃんは昔ラプターと一緒に戦ってたんだぞ?」
え……? つまり……
「ビゲンさんって、もしかして英雄の一人?」
十五年前の魔界との争いで活躍した英雄たち、一人はラプターさん、そうしてもう一人は私の師匠である剣聖さん。そして……
「竜姫、って言った方がわかりやすいかな」
聞いたことがある、圧倒的な強さで活躍した竜人族の少女がいたと……
「……いやいや、只者じゃ無さそうとは思っていたけど」
まさか、そんなにとんでもない人だったなんて……
〜〜〜〜〜〜〜
「ん……美味しいわねこれ」
ビゲンは鶏の竜田揚げを食べてそう言った、よく揚がっている。
「だろ? あの子達の料理の腕は確かさ」
ドヤ顔をするラプター、それを見たホーネットはため息をついた。
「なんで貴女がそんな誇らしそうにしているのかしら……」
と、つぶやくホーネット。
「グリペンちゃんは昔から料理が好きだったからねぇ……でも、まさかラプターのところで働いているとは思わなかったわ」
ビゲンがラプターを睨む。
「……いやいや、私もまさか、最初お前の妹だとは思わなかったんだよ。似ているなぁとは思ってたけどさ」
ラプターはそう言い訳をする。
「はぁ……本当かしらねぇ」
ビゲンは呆れた様にため息をついた。
「まあとにかく、嫌々働いている訳でも無さそうだし。良いお友達も出来たみたいだし……本当なら無理にでも国に連れ帰る予定だったけど」
そこで箸を置くビゲン。改めてラプターとホーネットに向き直る。
「いい? グリペンちゃんに何かあったらタダじゃおかないからね?」
語気を強め二人にそう告げるビゲン。
「もちろんです、グリペンちゃんは私が責任を持ってお預かり致します」
ホーネットは気持ちのこもった声でそう言った。
「まあ二人なら心配はないと思うけど……」
「任せろ任せろ」
と、軽い口調でラプターはそう言った。
「……ところで、グリペンちゃんはベルちゃんとテルミナちゃんのどちらとお付き合いしているのかしら?」
そうして、旧友との再会の時間は過ぎて行った。




