64話 竜の姉
言う事だけ言って、ホーネットさんは休憩室を去っていった、残された私達三人の間に微妙な沈黙が流れる。
「お姉さんが来るのはわかったけど……なんでそんなアタフタしてるの?」
私は沈黙を破り、そう聞いてみた。もしかしてお姉さんが苦手なのだろうか。
「いや……色々と面倒だし、お姉ちゃん私がここで働くの反対してるっぽいから」
なるほど、そういう事情が……それにしても慌てすぎな様な気がするけど。
「グリペンさんのお姉さんってどんな方なんですか?」
テルミナが、白米を頬張りながらグリペンに聞く。
「色々と口うるさいし、お節介だし……面倒な人だよ」
と、答える彼女。口うるさくてお節介、ホーネットさんみたいな感じだろうか。
「お姉さんかぁ……私は一人っ子だし、羨ましいかも」
私は前世でもこの世界でも一人っ子だった。
「何言ってるの? ベルには二人も姉がいるでしょ?」
からかい気味にそう言ってくるグリペン。いや確かに姉だけど……そういう意味の姉じゃなくて。
「とにかく、グリペンのお姉さんが来るならお客様への対応はグリペンが担当してね」
「ちょっとそれ本気? 無理だって……!」
ブンブン首を振るグリペン。私はそれをスルーして漬物を箸で口に運んだ。
グリペンのお姉さんかぁ……どんな人なんだろう。
〜〜〜〜〜〜〜
そうして数日後。グリペンのお姉さんが海猫にやってくる当日を迎える。その日は雲が少なく太陽の日差しがよく通り乾いた暑さが身を刺す様なはっきりとした天気であった。
しかしながら、そんな天気とは正反対に、朝からこの前以上に落ち着きない様子のグリペン。
「ベル! このハシゴは何処に置いておけばいい!?」
「いやキャタツでしょそれ、というかそんなもの使わないでしょ……」
「何が違うのさ? もっとホンシツを見なよ!」
何の話だ、というか明らかに落ち着かなくて、動揺してるのがわかる。
そんなこんなで、そろそろビゲンさんが海猫にやってくる時間になった。
「「いらっしゃいませ、ようこそ海猫に」」
海猫の玄関口でビゲンさんをお出迎えする、一応隣には私も付いている。
私は顔を上げる、ビゲンさんはグリペンに負けず劣らずの綺麗な紅の髪をしており、長めの髪に先の方が緩くウェーブのかかったロングウェーブの髪型をしている。
そうして、頭には目立つ二本の竜の角が、さらにチラチラと見える尻尾と小さな羽。竜人族であることを声高に主張している様だ。
「今日はよろしくね! えっと……あなたの名前は?」
彼女は私に視線を向ける。綺麗な瞳だ、髪に負けず劣らずの深い紅の色をしている。
「は、はい、私はベールクトと申します。グリペンと同じくここ海猫で働く仲居でございます」
「同僚さんなのね、グリペンはしっかりと働いているかしら?」
そう聞いてくるビゲンさん。
「え……? まあ良くやってると……」
適当にお茶を濁す。料理の面では良くやってくれてるけど、正直それ以外は……
「ちょっと! お姉ちゃん! ベルに変な絡みしないでよ!」
と、隣にいたグリペン。
「……グリペン、お客様でしょ」
一応注意する。身内とはいえ今、ビゲンさんは立派な海猫のお客様だ。
「あぁ……うん」
納得した様なしないような微妙な様子のグリペン。
「おね、お客様はお一人ですか? お連れの方は?」
グリペンがそうビゲンさんに聞く。
「面倒だから一人できたわ、護衛を連れていってくれ! ってうるさかったけど私より強い護衛なんていないし……」
「あはは……」
引き攣った笑みを見せるグリペン。
会話から伝わってくる余裕。この人凄く強いのだろうか。それにしても護衛を連れて行ける身分……偉い人なのだろうか?
「グリペン、ビゲンさんに海猫をご案内して。私は他にする事あるから」
「え? わ、わかった」
そうして、私はその場を離れる。なんとなく私がいると姉妹水入らずの時間を邪魔してしまう様な気がしたからだ。
「どんな方でしたか?」
調理場で調理道具の手入れをしていると、テルミナがやってきた。彼女もビゲンさんの事が気になるのだろう。
「どうって……美人だったよ、優しそうだし」
私はそう答える。
「なんというか、グリペンとは全然雰囲気違かったなぁ」
グリペンはかなり喧しくて元気な娘だけど、ビゲンさんはそれとは正反対な感じだ。
「へぇ、そうですか……」
と、興味があるような無いような口調のテルミナ。
今頃、グリペンとビゲンさんはどんな会話をしているのだろうか。気になる……
そうしてしばらく。ビゲンさんに海猫の案内を終えたグリペンが調理場にやってきた。
「はぁ……疲れた」
と、ため息をつくグリペン。
「どうだった?」
私が聞くとグリペンはさらに深いため息をつく。
「やっぱり、国に戻ってこいって言われた」
と、答える彼女。
「ビゲンさんはグリペンがここで働くのに反対なんでしたっけ?」
テルミナがグリペンに聞く。
「そうなんだよねぇ……何度も"戻ってこない?"って言われた、過保護すぎでしょ」
グリペンは面倒くさそうな口調でそんな事を言った。
「不安なんでしょ、遠くの国で働いてるグリペンが」
私は彼女の言葉にそう答えた。
「……心配しすぎなんだよね」
「ここでちゃんと働いている所を見せれば、ビゲンさんも安心すると思うよ」
ビゲンさんも、そこまで分からずやでも無さそうだし。
「……そうだね、頑張ってみるよ」




