61話 竜の王女②
「……結構、凝った作りだなぁ」
向かい合う二体の木彫りのドラゴン。一目見ただけで、腕の良い職人によって作られたとわかる出来だ。確かに良いものだけど……
「はぁ、にしてもお土産は何か食べ物が良かった」
おなかも膨れるし、現地の名産品を期待したんだけど。
「買ってきてあげたんだから文句言わないでください、それにしてもまさかお姉様と被るなんて思いませんでした……」
テルミナが私の個人スペースに飾られた木彫りのドラゴンを見ながらそう呟く。
「ちゃんと話し合いとかしなかったの?」
私がそう聞くとテルミナは「……いや、むしろ被るという事は感性が同じ、こういうところまでお姉様と通じているという事!!」なんて、私の事を完全に無視して、勝手に一人で納得をしていた。
「……テルミナって本当にベルの事が好きだねぇ」
「当たり前です! お姉様は私にとってこの世で一番大切な方なのです!」
胸を張ってそう主張する彼女。
「なんでそこまであの娘に惚れてるの?」
気になったので聞いてみた。
「お姉様は……私の命を助けてくれました、あの人がいなかったら私は今ここにはいなかったと思います」
控えめな胸に手をあてて、ゆっくりと語り出すテルミナ。
「それにお姉様は優しいし!頼りになるし美人だし、猫耳と尻尾が可愛くて! それから……」
照れながらベルの事を語る彼女。
「あぁ、もういいから……!」
放っておくと数時間は語ってそうな雰囲気だったので、無理やり話を遮る。
「ベルもこんなに想われてて、幸せ者だなぁ……」
この娘がベルのことを大好きなのはよくわかった、ベルも罪な女だ。
その後、まだまだ語り足りない様子のテルミナを落ち着かせて私は調理場に向かった。自分たちの夕食を作るためだ。
基本、私達従業員のご飯は、余った食材などを使う。余った食材でどれだけ美味しいご飯を作れるかも私やベルにとっては重要なことなのだ。
調理場へ向かおうとする最中、ホーネットが私に声をかけてきた。
「ちょっといいかしらグリペンちゃん」
と、優しげな声色で話しかけてくる彼女。
「どうかしたホーネット?」
なんだろう……私何か怒られる様な事したかな……この人怒ると結構怖いし、あのラプターですら頭が上がらなくなるとか。
「これ、グリペンちゃん宛に届いてたわよ?」
と、ホーネットはなにやら手紙の様なものを差し出してきた……怒られる訳じゃなかった、でもなんだか別の意味で嫌な予感がしてきた。
私はそれを受け取る。しっかりとした作りの封筒、裏を返してみると竜を基にした派手な紋章が。
「あ〜……」
嫌な予感は的中した、ウチの国から送られてきたものだ。そうしてこの派手な紋章は……間違いなくウチの家のものだ。
「ありがとうホーネット」
私はホーネットにお礼を言ってその場を立ち去る。調理場には向かわず、その隣にある小さな休憩室に。
「はぁ……」
私はため息をつきながら、乱暴に封を破く。そうして中から紙を取り出した。紋章が書かれている封筒を机の上に放り、手紙を広げた。
「やっぱり、お姉ちゃんからだ」
手紙の差出人は私の姉だった、一体どうやって私がここで働いていると特定したのだろうか。私がここで働いているなんてお母様にも言っていないのに。恐ろしい姉だ。
私は手紙に目を通す、とても丁寧な字で書かれている。内容は当たり障りのないごく普通のものだった。国を出て行った私を心配している、そちらでの仕事はどうなのか……などといった感じだった。
「お姉ちゃんには何も言わずに出て行ったからなぁ……」
まともに話をしても絶対に反対されるだろうと思い、何も相談せずに国を出た。今更ながら何か一言でも残しておけばよかったと後悔。
一応、お母様には話は通してある。間接的にお姉ちゃんにも話は伝わっているはずだけど……
私は国にいた頃の事を思い出す。私の事を誰よりも可愛がってたお姉ちゃん……なんだか思い出したら急にお姉ちゃんが恋しくなってきた。
「……!?」
手紙を読み進めていると、最後の方に驚くべき一文が書いてあった。
「い、一週間後にそちらに行きます……? どういうこと!?」
何かの冗談……だよね?
「……何してるの?」
「うわっ……! ベル!? いつのまに!」
手紙を読むのに夢中で、休憩室にベルが入ってきたことに気がつかなかった。
「もしかして今日の夕食当番サボるつもり?」
と、非難の目で私を見てくる彼女。
「客の分作る時に殆ど次いでに出来上がってるだろ……私いまそれどころじゃないから!」
改めて手紙の最後の部分を見返す私、何度見返してもその一文は変わらない。
お姉ちゃんがここに来る? 急すぎる、いや確かに少しお姉ちゃんの事を恋しく思ってたから嫌ってわけではないけど……
手紙の文面的に私がここで働くのを歓迎していない様子だし、明らかに面倒くさい事になりそうだ。
「さっきから何慌てててるの? グリペンちょっと変だよ?」
ベルにそう言われて、ひとまず落ち着こうとする。
「な、何でもないから……!」
……はぁ、何だかすごく嫌な予感がしてきた。




