50話 ミラ姉様、仲居体験②
丁度、今日は1人ご予約のお客様が来る予定だ。タイミングが良いのか悪いのか……
「……以上がここでの仕事です」
私は海猫での仕事をミラ姉様に詳しく説明した。
「なるほど……わかりましたわ」
納得した様子のミラ姉様。
「えっと、じゃあこの後来る予定のお客様の応対をしてもらいます」
「い、いきなりですの」
若干驚いた様子を見せるが体験とは言えここで働いてもらう以上はやらなければならない仕事だ。
あれ? というか私なんか熟練者みたいになってる?
「……大丈夫ですって、私も付いてますから」
何かあったら私がフォローすればいい。
「わかりましたわ、バイオレット家の名にかけて、与えられた仕事はこなしてみせますわ!」
と、意気込むミラ姉様。まあ正直あんまり心配はしていないけど……
そうして数十分後、海猫に今日の宿泊客がやって来る。
「いらっしゃいませ、ようこそ海猫へ」
お客様をお出迎えするミラ姉様と私。
「本日は雨の中ようこそお越しくださいました、お荷物をお持ちしますね」
宿泊客の女性から手荷物を受け取るミラ姉様、雨の中わざわざ来て頂いた事への感謝も忘れない。
……うん、やっぱり心配する必要なさそうだなぁ。
その後、お客様を客室にご案内。
「それでは、私達はこれで失礼致します」
客室の襖を閉める。ひとまず、これでお客様のお出迎えは終わりである。
パタパタと一階に降りる私たち二人。
「どうでしたか?」
ミラ姉様はソワソワした様子で私に聞いてきた。
「いや……完璧です」
何も文句の付けようも無かった。海猫の事もスラスラと詰まることなく説明して、お客様の応対も完璧だった。
「……ミラ姉様、ウチで正式に働きませんか?」
少なくとも、テルミナよりは戦力になりそう。
「冗談を……それで、私は次は何を?」
冗談じゃなかったんだけど。
「えーっと、そうですね……ミラ姉様って料理得意なんですよね?」
ミラ姉様はお菓子作りが趣味だったはず。この人が作るお菓子は絶品だ、ならば調理場でも戦力になるだろう。
「まあ、一通りは」
「じゃあ、私と一緒に夕食の準備を手伝ってください」
私とミラ姉様は調理場に向かう。今日はあのお客様と、さらに剣聖さんの分も作る必要がある。
「ここが海猫の調理場、なんだか普通のと全然雰囲気違うわね」
あたりを見回すミラ姉様。まあこの大陸にいてこんな和風な台所を見る機会なんてないし当然の反応だろう。
「それじゃあ準備を始めましょうか」
今日はグリペンはいない。ミラ姉様が手伝うとの事で、彼女は多分休憩室あたりで暇してそう。
そうして、二人分の料理を作り始める私達。今日の献立はメインに魚の煮付け、付け合わせがその他諸々といった感じだ。
「……」
私はまな板の上に置かれた魚を見る、なんか結構グロテスクで、いかにも「深海魚で御座います」みたいな見た目だけど、この大陸じゃかなりメジャーな食用魚として知られている物だ。
淡白な白身が特徴でクセがないので、どの料理にも使いやすい。そしてよく採れるので価格も安い。
「魚の下処理できます……?」
せっかくだしミラ姉様にやって貰おう。
「え、ええ、できますわよ」
「じゃあお願いします」
そうして、私達は二人で協力して夕食を作る。ミラ姉様の手際はかなり良い、期待した通りだった。
……やっぱりミラ姉様、ウチで働いてくれないかなぁ。
〜〜〜〜〜〜
夕食を作り終え、温泉を出たお客様と剣聖さんの元に料理を配膳する。そしてお食事が終わった後、食器と膳を下げ、それらを洗う。こうして今日のお仕事は大体終わりだ。
その後、私達は従業員特権で温泉へ。
「はぁ〜……やっぱりここの温泉は最高ね」
とても満足そうな表情を見せるミラ姉様。私は遠くの空を見る。先程まで降っていた雨はすっかり上がり厚い雲は何処かに消えてしまったようだ。月と星の明かりがよく見える。
海猫には二つのお風呂がある。一つはこっちの露天風呂、もう一つは屋内、この隣にあるお風呂だ。勿論男女で分かれているので計四つのお風呂がある。
一応、ウチの露天風呂って雨の中でも入れる。露天風呂の上に薄い板で出来た折りたたみ式の簡易的な屋根のような物が作られている。
雨の時だけそれを展開して湯船に雨が入ってくるのを防いでいる。
そもそも、温泉って循環してるからそこまで気にする事もないけど。
「……わかります、私も一日の終わりにここに入らないと気が済みません」
こんないい場所に毎日入れるのは仲居様様だ。
「ベル、今日はありがとう。おかげで良い体験が出来ましたわ」
改まって、そんな事を言うミラ姉様。
「いえ……むしろ改めてミラ姉様がなんでもこなせる万能な人なんだなぁ」
私がそう褒めるとミラ姉様は少し微妙な表情になった。
「万能、ね……」
やばい、何か気に触る様な事を言ってしまったか。
「お姉様〜!!!」
と、そこにスパーンと引き戸を開け露天風呂にやってくるテルミナ。グッジョブ、変な空気になってしまうところだった……
「二人してなんの話だ〜? 私たちも混ぜろよ〜」
グリペンもテルミナに続いて露天風呂にやって来た。これで仲居全員集合だ。
「……ここは賑やかね、みんな楽しそうな人達で、ベルがどんなお仕事をしてるのか気になって仕方なかったけどここなら心配なさそうですわね」
ミラ姉様、もしかして私が心配で今日うちに来てくれたのだろうか。
「ベルの彼女は過保護だなぁ!」
とグリペン。
「……訂正します、あの竜人娘は別です!」
「バイオレット様、私のことは認めてくれましたか〜!! 私こそ真のお姉様の妹だと!」
そんなこんなで、賑やかな入浴時間は過ぎていく。またミラ姉様の新たな一面が知れた一日であった。




