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5話 "海猫"再生計画

 着替えを終えた後、私達は一階の手近な場所でこの"海猫"についての会話を始めた。


「……もしかしてここの旅館、まだ開業前なんですか?」


 給仕服(メイド服)を着た私はラプターさんにそう問いかけた、すると彼女は。


「ご明察」


 ビシッと、私に指をさしながらそう言った。まあ何となくは分かっていた。


 こんな小汚くてボロボロな旅館が営業しているわけがない、きっと開業前か休業中なんだと思っていたがその通りであったようだ。


「ここはね、元々は東方の国"大和"から来た大商人が住んでいた場所なの」


 "大和"……大陸の極東に存在する島国、言うまでもなく日本風の和を重んじる国らしい、ホーネットさんが詳しく説明してくれた。


 やっぱりそういう国って存在するんだ……今まで存在を知らなかったけど、前世は日本人だったから親近感というか、一度行ってみたいなぁなんて思ったり。


「そいつが住んでたのもかなり昔の話、あの国は長らく鎖国状態だからね」


 ラプターさんがそう付け足す、彼女によれば、その商人は"大和"で鎖国政策が敷かれる際、向こうに帰っていったらしい。


「その商人、ここを東方風の宿屋に改修して宿泊業を始めようとしてた……だがいざ開業って時に向こうで鎖国政策が始まってな」


 故郷に帰れなくなるのを恐れた商人は泣く泣くこの屋敷を手放して去っていった。そしててここは今の状態になったという。一応今まで最低限の手入れはしていたらしいのだが……私は周りを見渡す。


「汚い……」


「……そうね」


 ホーネットさんの相槌。


「ここを旅館として使用できるようにするためには、まずは掃除、そして補修が最優先だ」


 ラプターさんの指示。


「そうだ、ベル、アンタを買った代金……これくらいの値段だから」


 と、ラプターさんは唐突に懐から何やら書類を取り出して私に突き出す。


「……え?」


 私は声にならない声を漏らした、だってそこに書かれていた金額は……


2,000万スピカ


 スピカというのは、この大陸における共通通貨単位だ。2,000万スピカ、えっと確か、金貨1枚が10万スピカくらいだっけ、じゃあ……金貨200枚!?


 私の頭の中で200枚の金貨がバラバラと上から降り注いでいくイメージが湧いてきた。


「……っていやいやいやいや!! おかしくないですかそれ!? 何でそんなバカみたいな金額……!」


 獣人の奴隷の値段としては余りにも異常すぎる、明らかにおかしい。


「……色々と事情がある、細かいことは気にするな」


 結局、詳しい理由は教えてもらえなかった。



 そして、私の最初の仕事が始まった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 私とホーネットさんはさっそく"海猫"再生計画の第一段階、掃除及び補修作業に取り掛かった。


 一階にはフロントや浴場の他に吹き抜けの中庭、畳が敷き詰められた若干広めの宴会場らしき場所、調理場だったと思われる場所、物がごちゃごちゃに敷き詰められた倉庫などが存在した、そして二階と三階には客室。どこもかしこも、埃や汚れがすごかった。


 旅館自体が実はそこまで大きくなくこじんまりとした建物なのは幸いであった。この規模なら二人でも何とかなりそうであった。


 そして、ホーネットさんと二人で何とか掃除や補修を一週間掛でやり遂げた。ホーネットさんは凄かった、まるで職人みたいな手早さで掃除や補修を済ませていった。彼女はどうやら魔女(ウィッチ)であるらしく、彼女が披露する様々な魔法にも随分と助けられた。


 この人、ホント只者じゃない……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「んーっ! 随分とまともになったわねー!」


 ホーネットさんが伸びをしながら満足そうに言う。私は旅館を見上げる、一週間でここまで回復できるとは流石に思わなかった。


 まあ、七割くらいはホーネットさんがやったんだけど……


 ちなみにこの一週間、私は旅館の敷地内にある小さな離れで寝泊まりをしていた、ホーネットさん曰くこれからこの小さな離れが私の住処になるらしい。本当に小さいけど自分だけの城を持てた事に感動せずにはいられなかった。



「……ラプターさん、結局一度も手伝ってくれませんでしたね」


 私はボソリと文句を言った。そう、あの人はなんと初日、私がここにきた日以来、全く手伝ってくれないどころか顔も出さなかった。


「あはは……まあ、ラプターは色々と忙しいみたいだし」


 ……それにしても、一回も来てくれないというのは如何なものなのか。


「ホーネットさん、ずっと聞こうと思ってたんですけど……」


 私はここに来てからずっと気になっていた事を彼女に質問してみることにした。


「あの人、何者なんです?なんでこんなボロ旅館を再開しようとしてるんですか?」


「あー……言ってなかったっけ?」


 と、ホーネットさん申し訳なさそうにそう言った。


「ラプターは……あんまり詳しく話せないけど、裕福な貴族の出身なのよね〜」


 なんとなく予想が出来た返答、あの身なりや立ち振る舞いから高い身分の生まれである事は子供でも予想できる。


「二つ目の質問は……実は私もよくわからないのよね〜、何かこの建物に思い入れがあるらしいんだけど」


 要領を得ない答えが返ってくる。彼女曰く、ここはラプターさんの家の持ち物であるらしい。


「ラプターはね、前に一度鎖国状態の大和にこっそり旅行に行ったことがあるらしいの、その時にあの国の魅力に魅せられてね」


 あぁ、だから刀なんてぶら下げてるのか。影響受けやすすぎでしょあの人……


 多分その時に訪れた旅館が忘れられず、こっちで自分も旅館を始めよう、なんて感じなのだろう。


「以外とわかりやすい人かも……」


 ちょっとだけ、ラプターさんの事が可愛く思えた瞬間であった。


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