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4話 浴場と給仕服

「ふぉ……」


 建物の中も案の定ボロかった、汚れも多く古臭さも凄い、しかしながらよく見ると堅牢で以外としっかりとした作りであることが伺えた。


「ここが“海猫”、気に入ったかいベールクト……いや、もう面倒だからベルでいい?」


 ラプターの二つの問いかけに頷く私。


 戸が開け放たれた玄関口から中に入った私たち、今いるのは玄関口すぐ奥の若干の広いスペース、洋風に言えばフロント部分なのであろうか、フロント正面には受付の様なカウンターっぽい場所があった。


「……おーい! ホーネット! いるか!?」


 ラプターが誰かの名前を叫ぶ。すると奥からドタバタとやかましい足音が聞こえてきた。


「なんですか……って! その()……」


 出てきたのは、いかにも面倒見の良さそうなお姉さんであった。茶髪の長い髪を後ろでまとめ上げポニーテールにしている、顔立ちは穏やかで優しそうな雰囲気、どこか母親を連想させる感じであった。


 そして、どことは言わないが……でかい。私は自分の貧相な胸を見てため息をついた。


「か、かわいい……」


 彼女は私を見てキラキラと興奮したような様子を見せる。そして……


「ふ゛に゛ゃ゛……!」


 いきなり抱きつかれ情けない声をあげてしまう私。


「んーっ!!!!! この娘いいわね!!!! すっごくかわいい!!」


 く、苦しい、身長差で彼女の胸が私の顔あたりに……グイグイと大きめな胸を押し付けられ私は息苦しさに喘ぐ。


「ちょ……やめ……」


 なんだこの人、私は軽く引いた。


「おいホーネット、ふざけてないでコイツを風呂に入れてこい、くさくてたまらん」


 ラプターさんは鼻をつまみながらそんなことを言った。


 乙女に向かってなんてことを……たしかに連れ去られてからろくに風呂に入ってないせいでとんでもないことになっているけど……そういうのは言わないお約束でしょ!


「うーん……この匂いも悪くはないと思うけどぉ?」


 この人変態だ……私はドン引きした、隣のラプターさんをチラッと見る。


「えぇ……」


 彼女もドン引きしていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ラ〜ラ〜ラ〜♪」


 機嫌良く歌い始めるホーネットさん。


 ザバァ、と桶に汲んだお湯を私の背中からかけてくれた。


「はい! じゃあ次は身体を洗って……」


「いや……! いいですって! 自分でやりますから……」


 私はホーネットさんが手に持って行った石鹸をひったくって体を洗い始めた。



 私は今旅館の浴場にいた、浴場は旅館の裏手に存在し、ここだけはやたら綺麗に手入れされていた。


 浴場は石作りで如何にも温泉風な作りであり、どこか懐かしさを私に感じさせた。やはり、前世の日本人としての記憶がその様な感覚を呼び起こさせるのだろうか。


「貴方の名前、ベールクトだっけ? イヌワシか……」


 唐突にホーネットさんが私の名前を褒める。


 ……イヌワシ


 私の名前、ベールクトは北方ノースガリアの古語で、イヌワシを表す言葉だそうだ。


 正直言って私は自分の名前があまり好きではなかった。母親からは沢山のものを貰ったし感謝してるけど、この名前だけはどうしても気に食わなかった。



 イヌワシの様に勇猛で強い娘になってほしい。



 そんな意味でこの名前をつけたらしいけど、完全に名前負けしてるとよく笑われた。だから苦手意識が強かった。


「……いい名前ね、付けた人の想いがわかるわ」


「……え? あ、その……ありがとうございます」


 突然褒められて困惑する私、名前を褒められたなんて初めてかもしれない。母に教えてあげたいと一瞬思ったが。


(あぁ……そうだった……この名前をつけてくれた母はもう…………)




「……えいっ」


 私に後ろから抱きつくホーネットさん。


「あの……! 何を……!」


「何か寂しそうだったから……ダメ?」


 ムニュムニュと胸の大きいものを私の背中に押し付けられる、多分無自覚なんだろうけどあまりにもあざとい行為だ。


「ッ……」


 自分の頬がカァーっと熱くなったのが感じられた、この人ほんと一々距離が近くて困る……!


「近いです……!」


 私は何とかホーネットさんを振り解き、お湯を被りその場から逃げるように浴場から飛び出していった。


「あらあら……」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「えっと……この服は?」


 浴場を出た私に用意されていたのは、この和風の旅館に似ても似つかわしくないような洋風の給仕服であった。


 給仕服っていうか……これ殆ど現代風のメイド服じゃん!


 服を手に取る私。うわっ……スカート丈短っ……


「気に入ったか……?」


 と、脱衣所に入ってくるラプターさん。その表情は何処か申し訳なさそうな雰囲気であった。


「いや……これ、メイド服ですよね?ここ旅館ですよね?」


 私の問いかけ。ラプターさんは「はぁ……」といったため息を漏らしながら頭を抱えた。


「……言うな、ベルの言いたいことはわかる」


 そんな悩ましげな声を上げるラプターさん。


「それ! 私の自信作なの!」


 スパーン!と引き戸を開け浴場から脱衣所に入ってくるホーネットさん。


「自信作……?」


 私のその問いかけに彼女は自信満々に頷き……


「そうよ! 新しい娘が来るって聞いて、ワクワクしながら私が作ったの!」


 この人が作ったのか……


「お前用の、しっかりとした東方風の給仕服を見繕ってこいと金を渡したらな、このバカが材料を買ってそれを作っちまったんだよ……」


 呆れ気味のラプターさん、あぁ戦犯はこの人だったのか……



 その後、私は渋々その服を着た。ホーネットさんに散々弄ばれたのは言うまでもなかった。

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