32話 堕ちた白百合
「おい聞いたか? 港の方でえらい喧嘩騒ぎがあったとか……」
「猟兵っぽい奴らが海都のすぐ近くで抗争を始めたって聞いたが」
なんだか周りがざわついてきた。このざわつきは祭りの興奮というより不安から来るタイプのものっぽいけど……
「これだけの規模のお祭りですし、色々とトラブルが起きてしまうのも当然でしょうね」
と、ミステル。
「にしても、ちょっと急じゃありません?」
テルミナは不審そうにそう呟いた。確かになにやら怪しい空気を感じるが……
と、その時だった。
「……っ! なにこれ? 魔法陣!?」
謎の魔法陣が私達3人を取り囲む様に展開されている……!
「いつの間に!?」
まずい、なんの魔法陣か知らないけどさっさと抜け出さなければ……
だが気が付いたのが遅かった。私達を眩い光が取り囲み、気がつけば全く見知らぬ場所にいた。
「ここ、どこ?」
私は周りを見渡す、薄暗くて息苦しい。通路の様な場所だ。
「一体なにが……?」
キョロキョロと落ち着きのない様子を見せるテルミナ。
「……」
対して、落ち着いた様子のミステル。
「そこにいるのでしょ……!?」
と、突然彼女は暗闇に向かって叫ぶ。
……私も先ほどから何かピリピリしたプレッシャーの様なモノを感じている。
「……」
私は腰に下げている"桜"を抜き逆手で構える。
そして、暗闇から現れたのは……私と同い年くらいの少女であった。
「だ、誰!?」
プレッシャーを発しているのはこの娘だというのか……彼女の真っ赤な瞳と目が合った。
「アナタが師匠の新しい弟子?」
し、師匠? もしかして……
「剣聖さんを知っているのですか……?」
私が思い浮かぶ師匠なんて1人しかいない。
「ふふっ、かわいい仔猫ちゃんだね」
腰に下げている太刀を優しく撫でる彼女。
「……!」
私の構えている"桜"が若干であるが光輝いている。もしかしてその刀は……
そうして、鞘から太刀を抜く彼女。その刀身は見事な迄に真っ白であった。
「ご明察、その娘のお姉ちゃんだよ」
薄暗い通路の中、それぞれの刀の輝きがあたりを明るく照らす。
「私の"白百合"がアナタたちを斬れと囁いているわ」
"白百合"と呼ばれた刀を構える彼女。本人から放たれるプレッシャーも大概だが、あの刀も相当ヤバそう……剣聖さんの"彼岸花"と同じ香りがする。
「テルミナ! ミステール! 2人は離れてて……」
私の指示で少し距離を取る2人。
何かが来る、私に受けきれるのだろうか。
「桜閃刀流、参の技、"陽炎"」
彼女がボソリと呟いた。というより今、桜閃刀流って……
私は"桜"を強く構え直す。そうして彼女は……消えた!?
目の前から姿を消した彼女。
「……ッ!!??」
気がついた時には目の前にいた、そうして振りかざされる太刀、私はなんとか"桜"で受けようとする。
鼓膜が破けるかと思うほど、大きな刀と刀がぶつかり合う金属音。
斬られずに受け止める事には成功したが、私の身体は衝撃を抑えきれず、大きく弾き飛ばされる。
「……あ゛く゛っ゛!?」
痛い……! 身体中が……!
霞んだ目で周りを見渡す、どうやら通路の奥は直角の曲がり角だった様だ、思いっきり壁に叩きつけられた。
ちょっとまずい、痛みで意識が飛びそう……
「……っ」
口から血が溢れ出す。
痛い……痛い……この調子じゃ確実に骨が何本も逝ってる……激痛で気が狂いそう……!
「お姉様!」「ベルさん!」
2人の悲鳴の様な声、ガンガン痛む頭に響く。
「……っ!」
ボヤける意識の中私は必死になって下腹部に手を当てる、こういう時に私の虎の子を出さずにどうする……!
「き、治癒っ……!」
そうして、周りから緑の粒子が集まってくる、次第に体の痛みは引いていった。
「はぁ……っ……はぁ……」
私はなんとか立ち上がる。私の元に駆け寄ってくるテルミナとミステール。
「だ、大丈夫ですか!?」
私の体をサワサワするミステール。
「うん、取り敢えず」
「今のは一体……」
驚く彼女。説明している暇はない。私はコツコツと足音をたてこちらに向かってくる"白百合"使いに視線を見据える。
「今の技……アナタもしかして」
「大当たり、君の同門だよ」
彼女は自分の肩ほどまで有る黒髪をくりくりと弄りながらそう答えた。
「にしても歯応えないなぁ、あんな初歩的な技も受けきれないなんて」
あれで初歩的……"桜閃刀流"はとんでもない……
「期待に応えられなくてすみませんね……まだ弟子になって日が浅いので」
彼女の赤い瞳がじっと私を見据えた。
「でも、アナタ治癒魔法が使えるみたいね、そちらは魅力的……ここで始末する予定だったけど……」
そうして再び太刀を構える彼女。
「水刃!!!」
テルミナが"白百合"使いに向け水属性の魔法を放ち、ナイフの様な形をした水の塊が勢いよく飛んでいく。
「……やれやれ」
それを太刀で弾く彼女。
「……2人とも目を閉じてください!」
間を入れず私たちに小声でそう伝えてくるミステール、私達は指示通り目を瞑る。
「閃光炸裂……!」
パァン……!
と、音がする、目を閉じていてもわかるくらいの眩い光が伝わってきた。
「逃げましょう!」
私の手が誰かに引かれる、目を開けるとミステールが私の手を繋いでいた。
そうして私達は通路を駆け出す。
「はぁ……はぁ……あの人は一体……?」
走りながら私は呟く、"桜閃刀流"と思わしき技を使い、剣聖さんの事を師匠と呼ぶ。大体は想像つくけど……




