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3話 旅館"海猫"

「この娘、アタシが買うよ」


 私の目の前に現れた銀髪のお姉さんは凛々しい声でそう言い放つ。


「いや……ソイツはもう買い手がおりまして……」


 たじろぐ奴隷商人。だが女性は全く気にする様子もなく檻の中に囚われていた私を覗き込む。


「お前、名前は?」


 名を尋ねられる。


「……ベールクト」


 覇気のない声で答える私、女性は真剣な表情で何かを考え込んでいる様だった。


 綺麗なロング銀髪に凛々しい顔付き、長身でスタイルもいい、何やら高そうな服を着ており、一眼見ただけで育ちがよく高貴な存在であることがわかる女性であった。


「いや……ですから」


 アワアワする奴隷商人。すると女性は腰に下げていた……あれは刀だろうか。それをクイッと持ち上げ。


「ここで死にたいか……?」


 と、冷たい声で言い放つ。


 なぜ明らかに東洋人風ではないこの女性がそんな"和"なものを……


「ヒッ……すいやせん! 今契約の準備をしますぅ!」


 奴隷商人は怯えて、どこかに走り去っていった。


「……」


 私は無言でその人を見つめる。一体この人は何者なのだろうか。


「お待たせしやした! こちらの方にサインと……代金のお支払いを」


 女性は紙とペンを受け取りサラサラと名前を書く。


「金は後で私の部下が持ってくる」


 と、いい紙を奴隷商人に押し返した。


「は、はい! ありやとうごさした!!!」


 彼は何やら鍵を渡してスタコラとこの場を去っていった。一刻も早くこの場を去りたい、この女性から離れたいという雰囲気が漂っていた。


「……ここから出るよ」


 女性はそう言い放ち檻の鍵を開け、私の手枷も外した。


 ……一体自分はこれからどの様な目に遭うのだろうか。私の心は恐怖と不安で押しつぶされそうであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 私は女性に連れられ港町に出た、来た時にも思ったが、ここは随分と活気があり賑やかな場所だ、街並みは如何にもファンタジー作品に出てきそうな港町そのものであった。


「……」


 こんな状況でなければ観光でも楽しめたのだろうかと思ったが、私のその考えは直ぐに打ち砕かれることになる。


「おい見ろ……あれ」


「あぁ……獣人だ、しかも猫科だぞ」


 周囲のヒソヒソ声、突き刺さる好奇と侮蔑の視線が痛い、やはり、ここでは獣人は歓迎されていない様だ。


 暫く歩き、街を一望できる高台に出た。


「ほゎ……」


 私は感嘆の声を漏らす。都市全体が坂の上に作られているらしい。


 坂の多い港町、その雰囲気はどこか九州、長崎県の長崎市や佐世保市を連想させる様な雰囲気であった。


 スゥー……


 と、私は深呼吸をしてみる。胸いっぱいに潮の香りが広がった。


 この街に来て、海の香りを楽しむ余裕なんてなかったから気にしてなかったけど、潮の香りってこんなに独特だったっけ?と驚く。


 海をこうして心地よく楽しめるなんて、前世ぶりの事であった。


「いい場所でしょ、ここ」


 私の隣に立った銀髪のお姉さんはそう言った。ここは海都とも呼ばれているらしい、この大陸で二番目に栄えている場所であり、歴史も古いと教えてくれた。


 このいい景色のおかげで、少しだけ恐怖心と不安が和らいできたかもしれない。


「……あの、なんで私を買ったんです? これから私をどうするつもりなんです?」


 私は恐る恐る聞いてみた、すると彼女は。


「……アンタ、母親の名前は?」


 と、逆に質問された、とりあえず私は母の名前を素直に言った。


「……そう」


 なにやら意味深な含みを持たせた返答。


「あんたの母親とは、まあ昔馴染みでね……港でお前を見かけた時、まさかとは思ったが……」


 意外な答えに驚いた。あの病弱がちでずっと家にいた母に人間の知り合いがいたのは意外であった。


「……お前のそのショートヘアー、綺麗な黒髪、ツンと立った耳、しなやかな尻尾、そして綺麗な翠色の目、あとその貧相な……プッ……」


 私の身体を舐め回すように見て、最後にとても失礼な笑いを見せる、悪かったね貧相な体で……


「お前は母親の小さい頃にそっくりだ」


 なんだか嬉しそうにそう言った彼女、一体母とこの人物はどのような関係なのであろうか。



 そして彼女は私を奴隷扱いするつもりはないときっぱり言い放った。


「だけど、アンタを買い上げた金、それはきっちり働いて返してもらうからね」


 ……そうですよね、そうなりますよね。


 一瞬、このまま解放してくれるんじゃないかと、甘い考えがよぎったがさすがに甘すぎた様だ。


「……働くって、私どこで何をすればいいんですか?」


 私は尋ねる。一体、こんなボロボロの猫娘に何をさせようというのだろうか?労働力としてはかなりしょぼいのは私でも自覚している。




「……旅館」


 女性の返答。


「りょかん……?」


 私の頭の上には多分「?」が浮かんでいたであろう。


「……困惑してるね、まあいいわ」


 と、彼女、そして「あぁそういや名前を名乗ってなかった」と呟く。


「私はラプター、今日からアンタの雇い主……まっ、よろしくね」



 これが、母の旧友ラプター、彼女が私の雇用主になった瞬間であった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 それから20分ほど歩いた、海都は広い。ここに連れてこられた当初は、全く心に余裕がなくその手のことを気にしてる余裕はなかったが、よく考えたらこんなに大きな都市に来るのは、この人生では生まれて初めてであった。


「そろそろ着くぞ」


 ラプターさんの言葉、そして遠くに奇妙な建物が見えた。


「あれよ」


 遠目で見えた建物を指でさす彼女。


「……?」


 私はその建物を見て、ものすごい違和感を感じた、だってその建物は……


 しばらく歩き、門の前にたどり着く私たち。目の前に現れたのは、この街の雰囲気に似つかわしくない、3階立ての和風の建物であった。


 旅館……たしかに、旅館だ……


「どうかしたか?」


 腕を組んでドヤ顔で私に聞いてくる彼女。よっぽどこの建物が気に入ってるのであろうか。


「……いえ、なにも」


 私は取り繕う様に答える。変な反応を見せてラプターさんの気を損ねる様なことはしてはいけないと直感的に思った。


 そして彼女はその旅館の名前を私に教えてくれた。


 ……旅館"海猫"


 目の前の旅館は……立派は立派だけど、なんていうかボロかった、小汚いし……とてもここで宿泊業を展開しているとは思えなかった。


 ……これ大丈夫なの?


 私の心は再び不安に包まれたのであった。

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