27話 桜閃刀流
結局、剣聖さんはこれから暫く"海猫"に滞在する事になった。私としては剣術を教えてもらえるし都合がいい。
直接、私と海猫に来るつもりだったのだろうけど「その前に仕事があるでしょ!」とラファールさんに首根っこを掴まれて、何処かに連れ去られてしまった。
「ふぅ……」
私は今、旅館の離れにいた。今日の仕事は大体終わっている。これから何をしようかな。
午前中は日課である温泉の掃除、午後は買い出し、そこでラファールさんばったり会い、それから剣聖さんとも再会した。
うん、中々濃い一日だったなぁ。
私はチラリと外を見てみた。空は茜色に染まっている。
「……海都に来てからもう二ヶ月かぁ」
濃いといえばこの二ヶ月も大概だ、なんだかあっという間だった様な気がする、海猫で仲居をする事になったり、魔法学園に入る事になったり……
ホント、色々なことがあったなぁ。
私は畳の床に寝そべりながら天井を見つめる。
「お姉様、ここにいたのですね」
と、テルミナが部屋に入ってきた。
「ん〜……」
私は気の抜けた返事をテルミナに返した。
「夜からまた鶴の剣聖様が泊まりにくるそうですね」
彼女は私の隣に座る。
「そうだね……」
「剣聖様の対応はお姉様に任せるとの事です」
ホーネットさんからの伝言だろう。私は手を振ってそれに応えた。
ふと私はテルミナの方をチラリと見た。
「……お姉様?」
彼女と視線が合う。今更だけど、テルミナって本当に可愛いというか、ウサギ耳もキュートだし、ちょっと変人で仕事もサボりがちだけど、まあ、いい娘だし。
……こんな娘に慕われてるのって、結構幸せなことかもしれない。
「……ん、なんでもない」
私は彼女の頭を撫で撫でした。
「は、はわわ……お姉様なにを!」
照れてる、この娘ってグイグイくるけど、押されると弱いタイプなんだよね。
私は撫でるのをやめ立ち上がる。剣聖さんが来るとわかっているなら、早めに食事の準備をした方がいいだろう。
「さぁて……仕事しますか」
〜〜〜〜〜〜〜
予告通り、剣聖さんは夜にやってきた。旅館に入る前に例の如く、稲荷神社にお参りをしていた。そしてその後、前と同じく"椿"の部屋にお通し、私は調理場に向かう。
「料理はもう出来てるよ!」
と、グリペン。今日のメニューは天ぷら御膳、前々から練習を重ねて私達の賄い料理としてちょくちょく食べていたけどお客様に出すのは今日が初めてだ。
天ぷら、と言えばこれこそザ・和食って感じだ。
卵、小麦粉、水で作った衣液に食材を浸し油で揚げる。天ぷらってかなり難しい、揚げすぎたり、早すぎたりで何回も失敗した。
今日の主役はとりの天ぷら、丁度いい鶏肉が手に入ったのでこれをメインにしてみた。醤油で下味をつけた鶏のもも肉を前述の衣液に通して揚げる料理だ。
とり天って、確か大分県の郷土料理なんだよね。お母さんが何度か作ってくれたなぁ……
そして、さらに海都近郊で採れた野菜も同じく天ぷらにして天ぷら御膳の完成。
そしてもう一つ、天ぷらといえば欠かせないのはポン酢である。
ポン酢……私は詳しい作り方を知らなかった、名前からして多分柑橘系のなにかを使うんだろうなとは予想できたけど……
試行錯誤の末ようやく先週完成した。醤油と酢、そしてレモンやライムの果汁を混ぜるのが正解だったみたいだ。
これでさらに和風な調味料が増えた。心強い心強い。
「へぇ……天ぷら、また懐かしいなぁ」
湯を張り直したばかり、一番風呂な温泉から上がって部屋で食事を待つ剣聖さんの元に料理を配膳する。
「少しでも故郷の味を思い出して頂けたらと」
「ん〜! ベルちゃん最高!! ありがとう!! いただきます!」
天ぷらに齧り付く剣聖さん。
「あの……お味の方は?」
私はドキドキしながら感想を待つ。
「……最高」
私は小さくガッツポーズ、大和の人のお墨付きを貰えたなら胸を張っていいだろう。
〜〜〜〜〜〜〜
そうして食事の後、私は剣聖さんに庭園に連れ出された。私の手には"桜"と"菫"。
「二刀流……私あんま得意じゃないんだけど、まあ桜閃刀流にも双剣術はあるし、他ならぬベルちゃんの頼みだし、頑張ってみるよ」
「は、はい! お願いします!」
因みに"桜閃刀流"とは、東方剣術の中でも最強とされる流派の事であり、鶴の剣聖さんはこの流派を最も極めた達人らしい。
「まずは適当に打ち合ってきてよ」
木刀を構える剣聖さん、その佇まいから発せられるオーラとプレッシャー、やっぱりとんでもないよこの人……
私の手には小さめの木刀が2本、因みにこれらの木刀は"東屋"で仕入れたものだ、あそこホントになんでも置いてあるなぁ。
「い、いきます!」
意を決して、剣聖さんに斬りかかる。
そうして、稽古が始まった……
〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ……はぁ……」
私は地面に倒れ込む、一方剣聖さんは汗ひとつかかず涼しい顔で私の事を見つめていた。
まあ、わかってはいたけどまっっっったく歯が立たない、本当に赤子と大人が勝負しているような感じ。
でも、雰囲気からしてあの人全体の0.000001%も力を出してなさそう、本当にとんでもない……
私はこう見えても結構、双剣の扱いには自信があった、ノースガリアにいた頃は2本のナイフで狩を行っていたし、ここに来てからもちょくちょく庭園で、鍛錬は続けていたつもりなんだけど……
「これが……鶴の剣聖」
やっぱり、ヤバいよこの人。
「我流で鍛錬していたみたいだね、粗がすごいや、でも磨けば光りそう」
「ほ、本当ですか?」
ほ、褒められたの?
「よし、決めた! ベルちゃん、しっかりとした私の弟子になってよ」
願ってもない言葉だ……!
「はい! ありがとうございます!!」
そうして、私に剣の師匠が誕生したのであった。




