14話 猫娘、お嬢様に絡まれる
「おはようございますピクシー様、本日の朝食をお持ちいたしました」
私は襖を開け、朝食を机に配膳する。ピクシーさんは既に起きて窓から外の景色を眺めていた。
「ありがとう、昨日のご飯はとても美味しかったから今日も期待してるのよ」
褒めてくれるピクシーさん。昨日の夕食を片付ける時にも同じ事を言ってくれた、よほど気に入ってもらえたらしい。
私は、その言葉に頭を下げつつ朝食の準備をする、メニューは魚の照り焼きがメインの一般的な日本風の朝食。この魚……何処となく鰤に似てる、小ぶりだけど(鰤だけに)……海都近海でよくとれるものらしい。
この照り焼きというのも、前世の家庭科の時間で教わったものであり、おぼろげな記憶を辿って完成したものである。照り焼きのタレ、醤油と砂糖と酒を混ぜ作ったものだが、このタレは色々なものに応用できて便利かもしれない。
「では、私はこれで失礼します」
朝食の準備を終え、客室を立ち去ろうとする私。
「仔猫さん、ちょっといいかしら……」
と、ピクシーさんに呼び止められる。
「なんでしょうか?」
振り返る私、彼女は「ちょっと近くに来てもらっていいかしら?」と手招きをしていた。
私は彼女の隣に寄る。するとピクシーさんは私の服を捲り上げ……
「って! な、な、何してるんですか!」
い、いきなりこの人……何で!? ていうか既視感、この大陸では相手の服を捲るのが挨拶になってるの……!?
アワアワする私を気にもする事なく、冷静な顔で私の下腹部をサワサワする彼女。すると私の下腹部は熱を持ち始め……
「え……?」
浮かび上がる緑の紋様。周りにはキラキラとした同じ色の粒子が漂い始めた。
「……こ、これは」
思わず困惑する私。
「……凄い"呪い"ね」
呪い? 一体何のことであろうか。そんな変な事を言いつつ彼女はペタペタと触り続ける。
「んっ……」
くすぐったい。私は我慢しながら紋様を眺める。すると紋様は徐々に濃い緑から柔らかなエメラルドグリーンの光に変わり始めた。
「これで大丈夫よ」
お腹から手を離すピクシーさん。
「あの……今のは?」
私は彼女に意図を問いかける。
「ふふっ……ちょっとしたおまじない」
と、なんともふんわりとした答えしか返ってこず、結局その後も何をしたのか詳しく答えてくれることは無かった。
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「最高だったわ〜! お風呂は気持ちいいし、お料理も美味しいし……」
満足げなピクシーさん。朝食も食べ終わり彼女はそのまま帰宅するらしい。
「この度は"海猫"をご利用いただきありがとうございました」
「ありがとうございました!」
頭を下げる私とテルミナ。ホーネットさんは何故か不機嫌な様子で私達の少し後ろにいた。
「じゃあね二人とも、ホーネットも」
そう言って立ち去る……事はなく、何故か私の隣に寄ってくるピクシーさん。
「あの……何か?」
「これから先、色々あると思うけど頑張ってね」
と、小声で私に耳打ち、そしてそのまま去っていった。
「……どういう事だろう?」
いきなりそんな事を言われて困惑。隣のテルミナを見ると「?」な表情をしていた、テルミナには聞こえていなかったらしい。
「はぁぁ……ようやく帰ってくれたわね」
疲れた様子で深いため息をつくホーネットさん。彼女との関係を深く聞きたかったが流石にそれはここで聞く事じゃないかな……
こうして、"海猫"初めての宿泊客は大満足そうに帰っていった。私達のおもてなしは成功……って言っていいよね?
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ピクシーさんが宿泊してから2日、相変わらず他のお客さんは来なかった。
暇を持て余した私は、街に出る事にした。東家に醤油を補充しに行きたかったし、なんとなく、あの学園を近くで見てみたいという気持ちもあったからである。
また厄介な人に絡まれたくはなかったので、いつもの給仕服を着て、尻尾は隠し耳も頭巾みたいなものをかぶり見えないようにした。
そうして、東家で醤油を仕入れ、学園に向かったのだが……
「おっきい……本当にお城みたい……」
少し離れた場所から学園を伺う。
「ちょっとあなた!」
すると、突然後ろから声をかけられた。私は声がした方向を向いてみる。そこには金髪ドリルのいかにもお嬢様風な女の子がいた。
「えっと……私ですか?」
なんか面倒くさそうな人だな……あんまり関わりたくないけど。
「……あなた、匂いますわね、猫の匂いがしますわ!」
……突然この娘は何を言っているんだ。私匂うのか? 猫の匂いがするのか?
多分その時の私は何とも言えない困惑の表情を浮かべていたであろう。すると彼女は。
「……比喩もわかりませんの! あなた獣人でしょ!」
と、怒鳴る。やっぱり雰囲気でわかっちゃうのかなそういうのって。
「なんかすみません……」
取り敢えず謝っておいた。すると彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らし、その場をスタスタと立ち去っていく……はずであったのだが。
スッテンコロリン!
多分、漫画ならそんな擬音が描写されていたであろう。それくらい見事にコケた。何もないところで。
「みたわね……」
彼女は怒りをあらわにして私の方を見る。
「……ふんっ! 野良猫のくせに!」
そうして、彼女は立ち上がり今度こそ颯爽とその場を立ち去っていった。
「なんだったの……あの娘……」




