13話 初めての宿泊客
私の目の前に現れた神秘的な女性。女将を呼べ……あ、この人まさか!?
「もしかしてお泊まりのお客様でしょうか!? すみません今呼んで参ります!」
私は急いで旅館の中に入り、ホーネットさんを探す。ようやくきた初めての宿泊客! 私の心は少しだけワクワクしていた。だが……
「ホーネットさん何処にいったの!?」
なぜか何処にもいなかった。
「ホーネット様なら先程、下の市場にお出かけになりましたよ、お姉様」
テルミナが教えてくれた。あの人、仮にも営業中だというのに何をしているというのか……
「仕方ない……テルミナ! 私達だけでお相手するわよ!」
「はい! 頑張りましょうお姉様!」
こうなりゃ、やるしかない……市場に行ったというならホーネットさんもすぐ戻ってくるだろうし。
「すみませんお客様! 女将は今外出中でして……私達がお相手させていただきます!」
私とテルミナは玄関先に戻り、女性に頭を下げる。
「私は仲居のベールクト、こちらはテルミナートルです、本日はようこそお越しくださいまひた……」
噛んでしまった……まだこういうのには慣れない。
「かわいい娘たちね、今日はよろしくね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「失礼します、お湯加減はいかがでしょうか?」
ガラリ、と引き戸を開け浴場の中に入る私、中は湯気でモクモクしている。
「ふぁぁ……気持ちいわね」
温泉に浸かりながら、大きく伸びをする彼女、満足しているみたいで何よりだ。
「……失礼ですが、お客様のお名前をお伺いしても」
そういえば、名前を聞いていなかった。お客様呼びでもいいがやはりしっかりとしたお名前でお呼びすべきであろう。
「んー……名前なんてないけど、強いて言うなら片羽の妖精かな?」
なんとも意味深な返しというか……名前がないとはどういう事だろうか。
「は……はい、ピクシー様」
「そう固くならなくていいのですよ、ふぅ……気持ちいいわね……」
満足そうなピクシーさん。
「では、私はこれで失礼します」
その場を立ち去ろうとした私だったが、ピクシーさんに呼び止められる。
「あなた、ラプターやホーネット、ラファールにいじめられてない?」
と、突然よく知る三人の名前が出てきて困惑。知り合いなのだろうか。
「いえ、そんな事は……あの、三人のことをご存知で?」
私はそう質問する、するとピクシーさんはどこか懐かしげな表情をしながら空を見上げた。
「ホーネットとは……魔法学園時代の後輩でね、私の"妹"だったの」
なんと、そんな関係であったのか……ん? 妹だった? なんとなく気になる言い回しだけど詳しく聞くタイミングを逃してしまった。
「ラプターとラファールは幼馴染でね、昔は三人でよくバカをやってたなぁ」
……この人、見た目によらず結構やんちゃな人なのかな、と思ったり。
しかしこの人があの三人と繋がりがあったとは。そうすると、この人も割と只者じゃなさそうな気がするけど。
「お姉様ー! ホーネット様がいつまでたっても戻ってこないんですけどー!!」
その時、テルミナが慌てた様子で浴場に入ってくる。あぁ、そんなに慌てたら転ぶ……
ツルッ
案の定濡れた床に足を取られ、ってやばいこのままじゃ私も巻き込まれる!!
そうして、転んだテルミナに私も巻き込まれて、ドッボーン!! と大きな音を立てて私達は温泉に落ちてしまった……
「ちょ……ケホッ……テルミナ!」
ずぶ濡れになった私。
「す、すみませんー!!」
ザバァ、と温泉から浮上して申し訳なさそうにそう言うテルミナ。ピクシーさんはそんな私達を見て「あらあら」と可愛いものを見るような温かい視線を向けてくる。恥ずかしすぎる……
「すみませんピクシー様! 今出ますから……」
「んー……どうせならこのまま二人も一緒に入らない?」
と、驚きの提案をしてくるピクシーさん。遠慮する私であったがピクシー様の押しがやたら強かったので断ることもできず一緒に入浴することになってしまった……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なんで来ちゃうのよ……」
微妙な表情をするホーネットさん。
「連絡入れたじゃない、あなたが主人をしてるっていう宿に泊まりに行きますって」
ニコニコとそういうピクシーさん。なんとなくホーネットさんはピクシーさんとは少し距離があるような感じがした。
「どうぞ、ピクシー様」
私とテルミナは机に夕食を用意する。メニューはご飯、味噌汁、お漬物、それと新たに覚えた肉じゃがである。
肉じゃが……旅館で出すには少し家庭的すぎるかもしれないけど、この大陸じゃほとんど知られていない料理だし、何より美味しいし、問題はないよね、ちなみに本当はカレーを作ろうとしたのは内緒である。
「二人ともよく働くいい子ね、料理も美味しそう……あなたが作ったの?」
「はい、私が……テルミナも少し手伝ってくれていますけど」
実質この旅館の板前は私になっていた。だってホーネットさんはアレだし……
「……二人とももう下がっていいわよ、私はこの人とお話があるから」
と、ホーネットさんがなんとなく固い雰囲気で私たちにそう告げる。
「は、はい……行こうテルミナ」
「はいお姉様」
私たちは客室を出る、一体どんな話をするのだろうか、気になったけど流石に盗み聞きする訳にもいかないよね……
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「で、本当は?」
ホーネットがそう問いかける。ピクシーは食べ終わった夕食の空き皿を眺めながらベルのことを考えた。
「……わかってるでしょ? あの娘が普通じゃないって」
真剣な口調でホーネットにそう返すピクシー。
「治癒魔法の事ね?」
ベルは消失魔術であるはずの治癒魔法を扱える、その時点で彼女の魔力適性は計り知れないものであろう、と、ホーネットは考えた。
「……星堂もあの娘に目をつけてるわ」
星堂……この大陸において一大勢力である教会のことだ。
「星堂じゃなくて、あなた個人の間違いじゃない? "イーグル"」
ホーネットは最後の名前を強調するようにそう言った。
「私をその本名で呼んでくれるのも貴方とラプター、ラファールだけになってしまったわね……」
少し悲しげな表情でホーネットを見つめるピクシー。イーグルは彼女の本名であり、ピクシーというのは彼女の称号でしかない。
「みんなは私をピクシーとしか呼ばないわ……」
彼女は星堂における最も高位の聖女、片羽の妖精という名を与えられた星堂の象徴的人物であった。
「昔みたいにイーグル姉様、って呼んでくれてもいいのよ?」
軽い冗談を言うピクシー。
「……冗談やめて」
不機嫌そうに返すホーネット。そんな彼女を見てピクシーはクスリと笑い立ちあがる。彼女は障子の窓を開け外を眺める。そこからは夜の海都が一望でき、非常に綺麗な景色が見えた。
「あの娘には魔法学園に通わせる予定よ」
「それが賢明ね、力の使い方を誤って悲しい思いをして欲しくないもの」
ピクシーはホーネットの方を振り返り自分の服をペラリとめくり、下腹部をホーネットに見せる。そこには緑色に輝く紋様が浮かび上がっていた……




