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義弟、義姉を調べる奇妙な男と対峙する 2


 ティノーヴァは、オークメイビッドの王女について、街で聴いたことを話した。

 魔法学校にこもりっきりで出てこない。

 なにをしているのか解らない。

 年始にある、魔法学校の式典でも、研究発表を断って出てこなかった。

 オークメイビッドの王家からお金が沢山送られていて、それを世話している両替商だけは王女さまのことを悪くいわない。

 フィルラム達と同時期に居なくなった所為で、衛兵隊が王女だけを捜し、その為に評判がどんどん悪くなっている。

義姉(ねえ)さんたちは人気があったんだ。義姉(ねえ)さんは魔物退治に便利なものをつくって、同室のなんとか嬢は凄い効き目の薬をつくってさ。なんとか嬢は治癒魔法もつかえたらしくて、教会にいって、ただで怪我人や病人を治療してたんだって。なあ、そういえば、オークメイビッドは神さまを信じてるんだろ?」

「ああ。神の御心に従って生きている。神が争いをいとわれるのだ。ひとの命が無用に失われるのも、土地を巡って醜く応酬するのも。だから我らは争いたくない」

 ティノーヴァは口を噤んだ。臆病者で、戦えないのだと思っていたが、男は強かった。戦えない訳ではないのだ。

 よく考えれば当然のことだ。魔物はどんな国にだってうろついているから、オークメイビッドでも戦って魔物を退治している筈なのだ。魔物に対して、戦うつもりはないなんていってもしかたがない。だから、戦えないのではなく、戦わないのだろう。

義姉(ねえ)さんの同室者は、オークメイビッドの出身だそうだ」ティノーヴァは傘を放り投げ、再び掴む。「臆病だけど、優しいんだな、あんたら」


 男はゴブレットを置いて、長い金髪に結びつけたリボンを解いた。そのリボンは、首に巡らせてあったようだ。途中に、きらきらとかがやく、金の記章がさがっている。

 髪は別の紐で括っていたみたいで、絹糸のような髪が解けることはなかった。男は記章をテーブルへ置く。

「これはオークメイビッドでの、身分証がわりだ。わたしは魔法学校に通っている義理の妹に会いに、ふた月かけてラツガイッシュへやってきた。半分以上は海の上だったが」

「そりゃあ……」

 ラツガイッシュには海はないし、ティノーヴァは海を見たこともない。父母が二度、国境(くにざかい)を越え、海辺の街まで行商にいって、見たことがある。世界中の水がそこにあるのではないかと思ったくらい、とにかく大きな湖だ、と父がいっていた。

 そういえば、オークメイビッドは海に張り出したような形の国だそうだ。内陸のラツガイッシュでは高い塩も、オークメイビッドでは買う人間は居ないと聴く。その辺で海水を汲み上げて、釜で煮詰めればできるからだ。


 それも、オークメイビッドの人間が嫌われる理由のひとつだ。オークメイビッド以外にも、海に恵まれた国はあるし、塩をつくって売っている国はある。だが、ラツガイッシュにはオークメイビッド産のものしかはいってこない。

 それは、大昔、まだラツガイッシュが王制だった頃の約束が、今も生きているからだと聴いている。オークメイビッドはそれを悪用して、塩の値をつり上げているのだとも。戦をしない国が、ラツガイッシュから不当に金をむしりとっているのだ。

 それが事実かどうかは解らないが、冗談めかして口に出す者は多い。あんまりにも値が張るものなどは、オークメイビッドの産か、と揶揄されるのだ。


 ティノーヴァは(かぶり)を振って、余計な思考を追い払う。この男は、ふた月もかけて、はるばるやってきたのだ。〈口伝て鳥〉ではすまないことだろう。だから、義妹(いもうと)に直に会いに来たのだ。なにか、のっぴきならない理由、ということである。どんな目的でフィルラムのことを調べていたのかは知らないが。

「……あんた、大変だったな。俺はグルバーツェまで来るのに、馬車で十日くらいだったよ」

「それは羨ましい。義妹(いもうと)を国外に出して、今後悔しているところでな。なにしろ、往復にはやくても四月もかかる。だからあれは、入学以来一度も帰っていない。わたしも、気軽に国外へ出られる立場ではないのでね。三年間も直に姿を見ていない。その上に失踪なんてされたら、生きた心地がしないというものだ」

 失踪?


 ティノーヴァは男を見る。男は顔を背けていたが、ゴブレットを掴む手がまっしろだ。かたかたと、ゴブレットとテーブルがぶつかって、音をたてる。

「フィルラム嬢と同室の、メイノエ・フェアマティが、わたしの義妹(いもうと)だ。わたしはアーヴァンナッハという。なのるのが遅れて、失礼した」

「それじゃあ、あんたが訊いてまわってたのは、義姉(ねえ)さんのことじゃなかったんだ!」

 男はかすかに頷いた。

 ティノーヴァは謎が解けてすっきりした後、顔をしかめる。自分の短慮には昔から祟られてきた。毎度々々、悔やんで、次はそそっかしい行動や、勘違いはしないと思うのに、こうやって傷付いている人間を更に傷付けるようなことをしてしまう。


 メイノエ……か。義姉(あね)から聴いた覚えはある。オークメイビッド人であることと、人参のような色の髪をしていること、勉強を見てくれることなど、〈口伝て鳥〉を通してぽつぽつと。耳馴染みのない名前で、忘れてしまっていた。

 メイノエ嬢は、気の優しい、好人物だったようだ。街の人間も、フィルラムを心配するのと同様に、メイノエのことも心配していた。メイノエも義姉(あね)同様、家からの援助はないと聴いている。

 それでも、つくった薬などを売って儲けた金を、教会に寄付していた。教会には身寄りのない子ども達が暮らしているが、メイノエ嬢はそれが可哀相だと、ケーキをさしいれてお遊戯会のようなこともやっていたそうだ。ちゃっかりしているフィルラムもそれに便乗して、ケーキを堪能していた。

 義姉(あね)に拠ると、メイノエ嬢は実の親と死に別れ、血のつながったきょうだいもない。アーヴァンナッハもさっき、義理の妹だといっていた。それでも、ふた月もかけて捜しに来るのだから、仲のよいきょうだいなのだろう。言葉はきついが、アーヴァンナッハは優しいようだ。

 メイノエ嬢は、相当気のいいひとに違いない、と、ティノーヴァは不意に思った。なにしろ、あの義姉(あね)とまともに付き合いしてくれたのだから。


 ティノーヴァは、気まずくて顔を伏せた。あらためて、なんてばかな勘違いをしたんだろう。妹が失踪して、ふた月もかけて勝手を知らない国へやってきた、傷付いた青年を、自分は尚更傷付けてしまった。今度こそはやとちりはしないと誓ったのに……。

「あの」ティノーヴァはごくっと唾を()む。「オークメイビッドを悪くいって、ごめんよ。あんたも、あんたの妹さんも、いいひとだ」

「そうか? わたしは君を叩きのめしたような気がするが」

「それは俺が、かっぱらいみたいなことをしようとしたからだろう。あんたは悪くないよ」

 それは偽らざる気持ちだった。だが、ティノーヴァはつい、言い訳めいたことを口にする。

「ただ、俺も、義姉(ねえ)さんが心配なんだ。衛兵隊はまともに捜してくれやしないし、村に居てもいい連絡はないから、俺、家族に黙って出てきて、ここまで」

「そうか。苦労したようだな、ティノーヴァ。それに、わたしと似たところがある。やはり気が合うらしい」


 ティノーヴァは顔を上げ、あおざめたアーヴァンナッハの顔を見る。

 アーヴァンナッハは溜め息を吐き、ゴブレットを持ち上げて中身をぐいとあおった。口にはいりきらなかった酒が顎を伝って滴る。からになったゴブレットをテーブルへ叩きつけるようにし、アーヴァンナッハは唸る。

「愚かしいことをしているようだ。わたしは、責務を放り出してきた。親にとめられたが、醜聞は義妹(いもうと)の為にならぬ。未婚の娘が長期間、姿を消すなど、あってはならぬこと」

 ティノーヴァはなにか、慰めになるような言葉がないかさがしたが、見付からなかった。こいつは酷く傷付いてる。

 憐れなアーヴァンナッハは、今にも倒れそうな顔色だ。ウィーマルラんとこのヴィゼッラが貧血を起こした時みたいだ、と、ノーシュベル三家の娘のことを、ティノーヴァは思い出す。

「そう理由をつけて、自分は責務を果たさないでいる。民は庇護しなければならないものだ。わたしには成すべきことがある。それなのに……このようなことになるのなら、義妹(いもうと)を城にとじこめておくのだった」

「城? ああ、あんた、貴族なんだな。そういえば、そんな感じがしたんだ」

 アーヴァンナッハはふふっと笑い、記章を裏返す。「君はレフェト語は読めるか」

「読めるとも。ウル語だって、ユスニアモラ語だって、公用語なら読み書きには困らない。ラツガイッシュの人間は、農村でだって読み書きはきちんと習うんだ」

「そうか、それも杞憂だったのだな。それではこれを見てみるといい。先にいっておくが、偽ものではないぞ。そのような騙りはしない」

 見る?

 ティノーヴァは立ち上がり、おずおずとアーヴァンナッハへ近付いていった。アーヴァンナッハは酒に弱いのか、頬や目のまわり、それに耳が赤くなっている。くびも見る間に真っ赤になっていった。上等な酒の、甘くていい香りがする。

 ティノーヴァはテーブルへ手を伸ばし、記章を掴んだ。文字が浮き彫りになっていた。

 魔物退治の功績を称えたものだ。贈られた人間の名前は、アーヴァンナッハ・フェアマティ。その称号を読んで、ティノーヴァは息をのむ。

「うさぎの穴に足をとられ、転んで死ぬ、か。どんくさい義妹(いもうと)なら本当にありそうな話だ。君は炯眼だな、ティノヴラセッツェン。ああ、すまない、君はこう呼ばれるのがいやなんだったな。しかし、義妹(いもうと)を侮辱されたのだから、少しくらいは無礼な態度をとってもいいだろう。無能でわがままな王女はわたしの義妹(いもうと)で、君のお姉さんの同室者だ」


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