日記2
わたしはノーシュベルっていう村の出身。村は、ロダブレール大陸の西西南の、ラツガイッシュっていう国にある。
十六歳、黒髪、身長は低いほうで、体重は軽いほう。性別は女。特技は歌。トロエラ家は、ラツガイッシュでは結構名が通ってるかな。
ノーシュベル村は(あなたも知っているかもだけれど)、ダエメク樹が特産なの。
錬金術の勉強をしてたら当然、解るよね。ダエメク樹の樹液は、大概のものを溶かす液体に加工できる。土器だけは平気なんだよね、あれ。
って、偉そうに書いちゃったけど、これは先生の受け売り。わたし、つくったことないんだ。メイノエがよくつくって、つかってるから、どうやってつかうのかは知ってる。でも、わたしの技術だと危険だからって、先生が作成も使用も許可してくれないの。ねえ、わたしを優秀な生徒だと思ってくれてたら、ごめんね。どちらかというと不良生徒だよ。留年するし、魔物退治ばっかりやってるし。
わたしと違ってメイノエは、一年生の時から、三年生や、下手したら先生達でもつくれないみたいな、凄い薬を沢山つくってきたんだ。秘薬って呼ばれるようなものは大概。冗談じゃないんだよ。メイノエは凄い子なの。調剤の腕もそうだし、治癒魔法も凄く上手につかえる。妖精 妖精に好かれるくらいにね。
ごめん。また話が逸れちゃった。
ノーシュベル村のなかでも、ダエメク樹を管理する家はみっつだけ。トロエラ、ディンプ、ウィーマルラで、ノーシュベル三家っていうの。知ってる?
そうだなあ、議会みたいなものと思ってくれたらいいかも。三家の偉いひと達でノーシュベル村のことを全部決めてるからね。
その三家だけがダエメク樹を世話するっていうのは、昔からの決まりなんだけど、わたしも小さい頃から村を出るまで手伝いばっかりで、全然面白くなかった。ダエメク樹って、絶えず世話する必要があるの。だからその三家の人間は、基本的に村を出ずに一生を終える。
魔法学校にはいったら、凄く役に立つ材料だって解って、もっと真面目に手伝いしとけばよかったなあって思ったよ。
ラツガイッシュの、そうだなあ。丁度まんなか辺りだと思う。それか、まんなかより少しだけ南。そこに、わたしが今、住んでいる街、グルバーツェはある。
これを読んでるひとなら知ってるよね。だって、魔法学校がある街なんだもん。
もしかしたら魔法学校が移転してるかもしれないし、一応書いておこう。記録を残すのは大切だって、先生がたもよくおっしゃるし。
グルバーツェは、ラツガイッシュが王制だった頃、王都だった。
その当時から魔法学校はあったの。王立で、当時の王家のひととか、貴族とかが、若いうちに通ってた。魔法力があっても、一般市民は入学できなかったんだって。酷い話。
王立魔法学校ができてから何百年も経って、エシュカシュの落日の日が訪れた。王家がみんな殺されて、最後に残った王女さまは殉教、教会という教会が全部焼き払われて。
そういうとても酷い出来事が起こったの。この間授業でくわしくならったけど、信じられないよ。その酷さもだけれど、まだたったの二百年かそこら前の話なんだよ。
でも当時の、農村や漁村なんか、貧しかったところのひと達は、神さまの教えを盾にして贅沢三昧だった、王家や貴族に、とても腹を立ててた。だからそういう手段に出たんだって。
そこなんだよね、先生がたが授業でおっしゃるのは。
当時は、教会とか王家が、知識や技術を独占してた。魔法とか、錬金術に関してね。そりゃあ、魔法力が高くて、教わらなくても魔法をつかえるひとは居たけど、そういうのって魔法力を上手に扱えなくて、事故を起こしたり、すぐにばてちゃったりするでしょ。
先生がたは、王家と教会が賢明だったら、知識は独占しなかっただろうっていう。どうしてって思った?
ええとね。一般市民にまで知識を行き渡らせれば、無残に殺されることはなかったから。贅沢三昧はできなかっただろうけれどね、とも、おっしゃってた。
知識や技術があって、教育をきちんと施されていれば、暴徒化しなかっただろうってお話。そんなことしたって、犠牲が多すぎる。実際、解放軍は最終的に、半分以上が死んでしまったんだし。貴族だけがきちんとした魔法をつかえたんだから、そうなっちゃってもおかしくないよね。
でも、解放軍の数が圧倒的だったから、多大な犠牲を払いながらグルバーツェを占拠して、グルバーツェを拠点に各地の貴族と戦った。
ノーシュベル村はさいわい、戦禍からは逃れられたの。
当時からダエメク樹を育て、ダエメク樹液を生産してて、貴族も解放軍も、こわくて攻めてこなかったんだよ。だって、ちょっと加工すればほとんどなんでも溶かしちゃうんだもん。
そういうやつらは口ばっかりの腰抜けだったんだって、村のおじいちゃん達の口癖。エシュカシュの落日の日がどんなだったか、詳しく知らないのにね。
ノーシュベル村はだから、今でも昔ふうの暮らしが残ってる。グルバーツェへ出てきてから、びっくりした。いろんなところに井戸があるし、オーブンがある家がふつーにあるんだよ! オーブンって、広場の近くに設置してあって、みんなでつかうものじゃない? あなたにとっては違う? 各家庭にあるもの?
魔法学校は、落日の日を過ぎても、そのままだった。王立、はとれちゃったけど。
それには理由があって、残ってた先生とか研究員が、貴族なのに全然、戦いとか土地争いに興味がないひと達だったのね。ほかの貴族が軍を動かして各地で戦いをするなか、ひたすら研究や調剤をしてたの。
なかには、王家が殺されたり、教会がこわされて燃やされたこと、それに民衆が議会をつくって国を運営していこうとしていること、そういう諸々を知らなかったひとも居たらしいんだ。研究ばかってやつ。
初代の議会員達は、まったく事情がわかってない研究者や先生達を、どう扱うかって、困ったんだって、そりゃあそうだよね。貴族が贅沢をしてるって、みんな殺すか追い出すかだって息巻いてたら、本に埋もれて調剤してるひと達を発掘しちゃったんだもん。わたしだったら見なかったことにしちゃうかも。なんだか厄介が起こりそうじゃない?
でも、厄介なことにはならなかったんだよね。議会のひと達は、先生達が善良だったから、全員に特赦を行ったの。
どうして善良なのかって? 貴族や王族を殺した時に怪我をした、解放軍のひと達を、なにもいわれてないのに治療したから。
もともとそういう、浮世離れしたひと達だったんだろうね。落日の日のことを訊かれても、そういえばある日から構内の人数が減ったなあ、とか、生徒が半分以下になったから調剤の手間が増えた、とか、そんなふうにいってたらしいし。
その先生達が、魔法学校をたてなおした。っていうか、魔法力さえあれば誰でも通えるっていう、今の規則に変更したの。
勿論、三回留年して、その後試験に落ちたら、放校処分だけど。
わたしの家族は、わたしが勉強することに反対してて、わたしの場合は二回留年決定でお仕舞なんだよ。村に帰るの。そういう約束。
魔法学校は段々、ラツガイッシュ国内だけじゃなく、国外からも生徒を募るようになった。経営が厳しかったってのがあるみたい。とある筋からの情報。
海外の、やっぱり、王族から一般市民まで。魔法力さえあれば、分け隔てなく誰でも受け容れる。勿論、ラツガイッシュと敵対関係にある国のひとは、めったに来ないけどね。でも、居ない訳じゃないよ。カイザナーグの貴族の子とか、居る。普通に。勿論、身の危険を理解した上で、それでも勉強したくて来てる。でもフェルは、卒業したらグルバーツェに残るんじゃないかなー。そんな気がする。彼、貴族の仕事は嫌いだっていってたし。
そういうふうに、国外からも生徒をとるようになったから、わたしはメイノエと同室になれたんだ。
彼女はオークメイビッドの出身。知ってるでしょう? 他国を侵略しないって法典に明記されてる、あのオークメイビッド。戦いをしないって決めるなんて、とても素敵な国なんだろうな。いつか、行ってみたい。
海路でふた月以上かかるらしいから、在学中は無理ね。また留年しちゃうぞ、フィルラム。