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義兄、義妹を捜す 4


 アーヴァンナッハは打ちのめされていた。

 義妹(いもうと)が商人のようなことをやって口を糊しているのも信じられなかったし、魔物を狩りに行っているというのもまた、信じられない。信じられないことばかりだ。動揺で足許は覚束ないし、考えもまとまらない。

 しかし、アーヴァンナッハは日が暮れ始めた街を歩いていた。まだ話を聴くべきところが残っている。

 酒場へ向かうアーヴァンナッハを、ある人物が睨みつけ、そっと後を追っている。


 酒場は、当然だが酒臭く、冒険者達であふれていた。壁に設置された掲示板には、護衛やひと捜し、魔物退治の依頼が、紙に書いて貼り付けてある。魔法学校の生徒が依頼したのか、薬の材料をとってきてほしいというものもあった。

「嬢ちゃんらはよくあの席で、飯をくってたぜ」

 酒場の亭主は、アーヴァンナッハよりも若い男だった。無口な妻がカウンタの奥で酒を用意し、ラツガイッシュ人らしくない浅黒い亭主と、ひげ面の従業員が運んでいる。アーヴァンナッハは亭主についてまわった。「試験に発つ日もここに来たなア。その前の前の日も来てたんだけど、伝え忘れたことがあったってな。自分達が居ない間は、後輩に頼んで酒を運んでもらうから、ってよ」

「酒?」

「あんだア? 妹さんから聴いてねえのか。あんたの妹さんは、酒座のもんよりよっぽど素晴らしい酒を造るんだぜ。あれを吞んだらその辺の安酒は呑めないね」

 亭主は(かぶり)を振る。「でも、量をつくれるようなもんじゃねえ。味がよくなるまでに、秘密の場所で寝かさないといけないらしい。だから、ここで、数量限定で提供してる。吞み頃になったらおたくの美人さんが持ってきてくれるって寸法よ。高い買いものだが、おかげでうちはグルバーツェいちの酒場になった」

「酒もグルバーツェいちだが、亭主夫婦が無愛想なのもグルバーツェいちだぜ!」

 傍のテーブルから冒険者がはやしたてる。亭主は無表情に、さっと切り返す。「入り浸ってる冒険者の質でも街一番になりたいもんだな」

「うっ」

「あんまり下らねエことをいうんじゃねえ」

 亭主がアーヴァンナッハを見た。

「にいちゃん、妹さんをとっとと見付けてくれや。来年まで妹さんが戻らなきゃ、旨い酒が吞めなくなっちまう。俺ァそれだけはいやなんでね」


「フィルラムちゃんの話? またかい?」

 最後に訪れた薬種問屋で、アーヴァンナッハは迷惑顔の亭主に迎えられた。母くらいの年齢だろうか。母と違って、鳥のように痩せている。

 アーヴァンナッハは頭痛がしていて、はやく宿をとって休みたかった。義妹(いもうと)のこともそうだが、酒場で酒の匂いを嗅いだのがいけなかった。

「また、とは、どういう意味だろう、ご婦人」

「ああ、いえ」アーヴァンナッハの口調と、服装を見て、上流階級だと判断したか、亭主の態度があらたまった。「一昨日、男の子が来て、フィルラムちゃんがここに来たのはいつが最後だったか、その時誰と一緒に居たのか、って、店員達にしつこく訊いてまわったんです。たしかに同室のお嬢さんと買いものをしていったけれど、その時にかわった様子はなかったと説明したのに、あんまりしつこいんで、衛兵隊を呼ぶ騒ぎになって……ま、逃げちまったけど」

 衛兵隊を呼ぶとは、穏やかではない。そもそも、この街に衛兵隊などあったのか、と、アーヴァンナッハは少しだけ驚く。居て然るべきだが、散々街をさまよって見なかったので、考えていなかった。門のところに居たのは衛兵だろうが……。

 アーヴァンナッハの戸惑った表情が面白かったのか、亭主は初めて微笑んだ。しかし、すぐに表情が曇る。

「今は、オークメイビッドの王女さまをさがしに、半分が外に出てるんですよ。なにもフィルラムちゃん達と同時期に居なくならなくってもねえ。ああ、残りは防壁に詰めてるのと、魔法学校の防衛にあたっていますから」

 成程、魔物の侵入を防ぐには、防壁で待ち構えるのが一番だ。数が足りないから、街中の警邏までは手がまわらないのだろう。

 亭主は困ったみたいに眉尻を下げた。

「それにしても、フィルラムちゃん達どこへ行っちまったんだろう。ティアッハメイブの動きもきなくさいし……妖精の話も聴くし……なにかにまきこまれてなきゃいいけど」

 本当に心配そうな声だった。義妹(いもうと)達は、街のひとからは好意的に見られていたようだな、と、アーヴァンナッハは思う。泣き虫で、引っ込み思案で、書庫に隠れるようにして暮らしていた義妹(いもうと)が、これだけの人々と交流を持つとは。


 アーヴァンナッハは義妹(いもうと)に関して色々の事実を知り、自分のことがおろそかになっていた。しかし、それでも、十年以上魔物退治でならしてきた男だ。

 いきなり突き飛ばされたが、アーヴァンナッハはノートをはなさなかった。灰色の髪の少年がそのノートを奪おうとしているのが見え、アーヴァンナッハはベルトにはさんでいた傘をぬいて、少年を一発殴る。

 傘の骨組みは丈夫で、絶対に壊れないと義妹(いもうと)がいっていたが、それは真実だった。傘はなんともなく、少年が倒れる。

「ああ」亭主があおざめている。「この子だよ、フィルラムちゃんのことをしつこく聴いてまわったのは」


 アーヴァンナッハは酒場に逆戻りした。少年を負ぶって。

 酒場の無愛想な亭主夫婦は、無愛想なりに優しかった。二階と三階は宿になっていて、そこでその子を休ませてあげればいいといってくれたのだ。その上、無口な妻は治癒魔法をつかえ、少年の様子を見て簡単に魔法をかけてくれた。しかも、治癒のお代はいらないという。

 アーヴァンナッハはひと部屋とって、半銀貨4枚をはらった。貨幣の価値は二倍だが、宿の相場は五割増しくらいだろうか。

 少年をベッドへ放り、ちょっと考え直して毛布を掛けてやってから、アーヴァンナッハは食事を運んでもらった。部屋まで運んでもらうと割高だが、義妹(いもうと)の失踪について事情を知っているかもしれない少年を、みすみす逃がす訳にいかない。かといって、空腹は耐えがたい。だから妥協した。


 半銀貨1枚と四分銀貨15枚を支払い、アーヴァンナッハは食事にありついた。グルバーツェへ来てから初めての食事だ。まるまっちいパンがかごいっぱいと、どろりとした黄色いスープに、野菜でも肉でもなんでも鍋へぶち込んで火を通したような、炒めものといえなくもないもの。

 これアあんたの妹さんの手になるものだぜ、と亭主が酒をおまけしてくれて、アーヴァンナッハは義妹(いもうと)のようにどぎまぎし、断り損なった。


 食事は悪くない味だった。海に恵まれたオークメイビッド人の舌には、少々塩気がうすく感じるが、ラツガイッシュは内陸の国だ。この程度で充分なのだろう。

 酒には手が伸びなかった。吞んだら義妹(いもうと)の功績を認めるような気がした。誇らしく思ってもいいのに、と、アーヴァンナッハは自分のさもしい心を笑っている。

 少年が身動ぎした。起きたのだろう。だが、アーヴァンナッハはなにもしない。

 少年は毛布にくるまり、そのなかからアーヴァンナッハを睨みつけている。アーヴァンナッハはスープの皿をパンで拭って、綺麗にした。スープがまといついたパンは旨い。

「あんた、なにもんだ」

 少年が掠れた声を出す。アーヴァンナッハはパンを嚙みしめ、酒のはいったゴブレットを掴んだ。「気が合うようだ。こちらも同じことを尋ねたい。お前はどこの誰だ。なんの目的でわたしを襲った。この」ノートを示した。「ノートが目的か?」

「お前が先に答えろ。フィルラムのことを訊いてまわっていただろう、臆病者のオークメイビッド人」

「オークメイビッドを侮辱するのはやめろ」

「オークメイビッド人は争わないんじゃないのか? くちごたえはするんだな。俺の質問に答えろ、負け犬め」

 アーヴァンナッハは腹を立てたが、黙って少年を睨んでいた。オークメイビッド人は争いを好まない。神の御心に反しているし、無駄が多すぎるからだ。

 だが、戦って勝てない訳ではない。

 少年は黙っていたが、アーヴァンナッハが微動だにしないので、体を起こした。と思ったら、そのままアーヴァンナッハに掴みかかってくる。アーヴァンナッハは片手で軽くいなし、少年を床に転がした。少年は諦めずに立ち向かってきたが、アーヴァンナッハはもう一度少年を転がし、その手の甲を踏みつける。

 長旅に備え、丈夫なくつをはいてきた。痛かったようで、少年は身をよじる。アーヴァンナッハは感情のこもっていない声でいう。

「どこの誰か明かせ」

「くそ……」

「くそというのか? 変わった名前だ」

「違う! 俺はティノーヴァ、ティノーヴァ・トロエラ! フィルラムの義理の弟だ!」


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