儀式
四人は夜を待った。本当は、昼間のほうが儀式に適している。だが、翌日の昼間まで待つ時間はない。メイノエのつくった延命の薬が底をつき、シャラエーグが今にも死ぬかもしれないからだ。アーヴァンナッハの髪があれば、効きのいい延命の薬もつくれるが、それよりも代がわりを急いだほうがいい。
女ふたりは、星の位置や、風の向き、暑さ寒さ、そういったものを考慮して、一番いい時間を割り出していた。それが、シャラエーグの部屋がある場所から見える空に、月がかがやく時だった。
ティノーヴァはアーヴァンナッハを見ていた。その顔を。二度と見られない顔だ。
本来、シャラエーグが代がわりをする時期は過ぎ、代がわりに必要な魔法力が足りない。アーヴァンナッハがそれを補うしかない。フィルラムはそういった。ティノーヴァが決して受け容れられないことを。
アーヴァンナッハの目が必要だそうだ。儀式の時に、シャラエーグがそれをとる。どうやってとるのかは知らないし、知りたくもない。だが、アーヴァンナッハは目を失う。
ティノーヴァが儀式を手伝うことで、失うのを片目だけにできるかもしれない。
アーヴァンナッハとメイノエは美しかった。星あかりが彼の上に降り注ぐ。あにの影に居るメイノエは、それなのに何故か、ティノーヴァにはきらきらとかがやいて見える。こんなに美しいのに、どうして魔法学校の連中には解らない。
ティノーヴァはふたりにみとれ、フィルラムの言葉を聴いていなかった。「ねえ、ティノーヴァ?」
「ああ……」
「ほら、きちんと確認して。もうすぐだから」
フィルラムは、手にした二枚の羊皮紙を振る。楽譜だ。古ウル語で書いてある、古い形式のものだが、ティノーヴァもフィルラムもそれを読むことができた。
ダエメクの世話それ自体は、ノーシュベル村ができる前から続いていることだ。あの木の世話をしていた人間達が、いつの間にか村をつくった。だから、ダエメクの世話をする年齢になると、村で大切に保管されている。古ウル語で書かれた指南書を読む必要がある。
ティノーヴァは羊皮紙をうけとり、フィルラムが青銅の燭台で照らす。燭台に点った火は、火のようだが火ではないそうだ。理屈は解らない。
古ウル語のなかでも、相当ややこしい装飾文字だ。しかも、形式が古い楽譜なので、読むのに時間がかかる。昼間のうちに一度目を通し、フィルラムと音を合わせてはいたが、もう一度はじめから目を通した。
古ウル語は縦に書く。詞と音階が、それぞれ別の紙に書いてある。音階を覚え、詞を覚えた。フィルラムはその逆で、詞を覚えてから音階を覚えたそうだ。
詞はあって、ない。古ウル語ですらない、もっと古い言語だろう。おそらく文字がない為に、古ウル語で書きあらわすほかなかったのだ。だから、意味は理解できなかった。
ティノーヴァはそれを読む。こうやって、俺達がここに引き寄せられたのは、なにかの定めだったのだろう。そう思った。
メイノエは、オークメイビッドの王家の者で、乙女の役をすることができ、延命の薬をつくることができた。
フィルラムは、乙女のかわりに歌うことができる。
アーヴァンナッハは、オークメイビッドの王家の者で、夢見る者。
ティノーヴァは、夢見る者のかわりに歌える。
そして、歌えるふたりは、たまたま古ウル語を理解でき、楽譜を読むこともできる。
シャラエーグの言葉を借りれば、天の配剤、だろう。
それならばもっとはやくに、こうやって引き合わせてくれればよかった。そうすれば、アーヴァンナッハは目を失わずにすんだのに。
あいつの為なら目のひとつふたつおしくない。シャラエーグが俺の目をとればいいのに。
月がだいぶ、のぼった。
アーヴァンナッハがメイノエへ手をさしだし、メイノエがアーヴァンナッハの手に手を重ねる。ふたりの後ろ姿を見ていたトロエラ姉弟は、ぼんやりと言葉を交わす。「メイノエは、おにいさんと結婚すればいいのにね。はとこの子同士、血も離れているんだし」
「だったらお前も俺と一緒になるか? いとこ同士」
「気味の悪いことをいわないで」
「お前がいっているのと同じだろう」
ティノーヴァは頭を振る。「きょうだいとして育ったんだ。そういう気持ちにはなれないさ」
ふたりは、王子と王女を追いかける。手をつなぐことも腕を組むこともない。草を踏むと、ふわっと青い香りがして、草の汁で足裏がべたつく。
つたのカーテンをくぐった。
アーヴァンナッハの後ろ姿は、この世で一番美しい。そう思ってから、ティノーヴァは心のなかで付け加える。なんてことだろう、メイノエもこの世で一番美しいぞ、と。
それからなにかを感じて前方を見た。シャラエーグが部屋の前に、まるで月のようにかがやいて、立っていた。




