義兄、義妹を捜す 3
はじめの数ページを読んだところで、誰かが扉を叩き、黄色い宝石の生徒達が這入ってきた。手に手に、巻紙や本、がらす壜やがらすの器、つぼなどを持っている。
彼らはアーヴァンナッハを見て、きょとんとした。アーヴァンナッハは立ち上がり、鞄にノートを押し込めた。それから、椅子に立てかけていた傘をとる。震えないように留意して声を出す。
「君らは、アニマフ先生の教え子か」
「……はい」
ひとりがおずおずと答えた。アーヴァンナッハは頷く。「では、ここに居た男は帰ったと伝えてくれ」
「え……あ、はい」
「あの、お名前は」
アーヴァンナッハは部屋を飛び出し、玄関広間へ向かった。気分がよくなかった。義妹もあのように、友人らと一緒になって、実験だとか調剤だとかをこなしたのだろうか。
義妹は、楽しそうだった。同室の女生徒と、旅支度を整え、うきうきした様子だった。それが、みずから失踪するだろうか。
アーヴァンナッハは現実を見ようと試みた。義妹は試験に意欲があり、楽しそうだった。同室の女生徒が同じ試験で嬉しいと書いていた。治癒魔法と錬金術で、エイフダーマの村人の役に立つのだと、はりきっていた。失敗したら、国へ帰るのだと、淋しげだった。
失踪する要素はない、と思う。義妹は泣き虫で意気地なしだが、あの文章からすると、失敗すれば国へ戻るのは仕方がないと捉えているらしかった。義妹の性格は解っている。血のつながりはうすいが、幼い頃から見てきたのだ。自分で決めたことを簡単に翻す子ではない。頑固さでいえばアーヴァンナッハなど到底かなわないのである。
となれば、失踪は自らの意思ではないのだ。
アーヴァンナッハは動揺していた。
「魔法学校の女生徒ふたり?」
「胸の宝石は赤だ」
「赤、赤……そりゃあ、三年生だろう。今時分は、試験の為にあっちこっちへ派遣されていく子ばっかりだから、旅支度でうちみたいな武器屋に来る子も多い。悪いが、心当たりがありすぎて解らんね」
武器屋の亭主は、そういって話を打ち切ろうとした。しかし、アーヴァンナッハは、義妹と、その同室者の名前を伝える。
すると、途端に亭主の顔がほころんだ。傷痕のある顔で、凶相だが、笑うとあどけない。
「ああ、フィルラム嬢か。あの子なら、友達と一緒に来たぜ」
「どのような様子だった?」アーヴァンナッハは急き込んで訊く。「エイフダーマ村以外に、どこかへ行くとか、寄るとか、いっていなかったか」
「聴いとらん」
亭主は素っ気なくいったが、カウンタの下からなにかをとりだした。つやつやとした白銀の刃が美しい、小刀だ。「俺は武器を売るだけじゃなく、手慰み程度だが、つくるのも好きだ。こりゃあ、フィルラム嬢のつくった金属で打ったのよ。あの子はこんなもんをつくれるくせに、成績はよくないらしくてな、一遍留年してる。友達と違って、試験に通っても三年生になるだけだと笑ってたぜ。すべったら田舎に帰らなくちゃならねえから、絶対に手は抜けないんだって、鼻息が荒かった。あの子はどっか遠いとこからグルバーツェに来てるらしいな。同室のお嬢さんは、ずっとにこにこしてたねえ」
「ああ、フィルラムちゃんのことね」
次に訪れた服屋でも、亭主の女性がふたりのことを覚えていた。
「あの子、薬とか、火薬の材料になるからって、わざわざ塀の外に出て魔物を狩ってきてね。同室のお嬢さんがよく付き合わされてたわ。こうもりの皮だとか、めずらしいものを売ってくれたんで、今度は相当おまけしたよ。学校の先生がおろしてくれる、丈夫な布地でつくったドレスに、歩きやすいくつ、魔法のかかったマントもまとめて、全部で金貨3枚」
そのようなことが聴きたいのではないといおうとしていたアーヴァンナッハは、金額に目を瞠った。
ラツガイッシュの貨幣の価値は、オークメイビッドの貨幣のおよそ二倍だ。オークメイビッドの銀貨2枚がラツガイッシュの銀貨1枚になる。
義妹は入学にあたり、家からの援助を一切受けないと約束した。アーヴァンナッハがその条件で入学をゆるしたのだ。すぐにねをあげて帰ってくると思っていたのに、義妹は三年もふんばった。
金貨3枚。義妹はそれだけの金を持っていたのだろうか。
「同室のお嬢さんがほとんど出してたね。いいとこのお嬢さんみたいで、羽振りがよくてねえ、お財布はいつも金貨でいっぱい。あの日も支払いの時に金貨を何枚か落として、悪いやつに見られてたら大事だから気を付けなさいって注意したんだよ」
次に行ったのは、両替商だ。義妹達が向かっていたエイフダーマ村は、ラツガイッシュの隣国、ティアッハメイブとの国境にほど近く、そちらから多くの商人が訪れる。だからティアッハメイブの貨幣も持っていないといけない、とふたりは考えたらしい。
両替商へ実際行ったかどうかは、アーヴァンナッハが読んだところには書いていなかったが、あたりだった。
「お出でになりましたよ。金貨ふた袋を、ティアッハメイブの貨幣にかえています」
二軒目の両替商で、アーヴァンナッハがなのり、記章を見せて訳を話すと、受付の女性が教えてくれた。眼鏡をかけている女性だ。くにでは見たことがない。
それにしても、金貨をふた袋だと? 金額ではもう驚かないと思っていたアーヴァンナッハだったが、口をぽかんと開けていた。貨幣はひと袋あたり、100枚がはいっているのが普通だ。つまり金貨200枚。その量を簡単に持ち歩くなど、不用心にも程がある。
眼鏡の女性は帳簿らしいものをめくった。
「おふたり一緒にいらしてます。いつもはメイノエ嬢だけなんですが」
「いつも?」
「はい」女性はにっこり笑う。「夏休みの前と後、それに年末年始には、かならずお出でになるんです。おふたりともご家庭からの援助はなしで、勉学にはげんでおいでですから。そうなると、本や材料を買うお金が心許ないでしょう?」
なんだか責められている気分になって、アーヴァンナッハは目を泳がせる。
いや、責められているのだろう。アーヴァンナッハも、自分を殴りつけたい気分だった。
よくよく考えれば、義妹は入学時にまだ十二だったのだ。結婚をせかしたりしなければよかった。それに、援助もしてやるのだった。十五にもなれば、分別もつき、納得して戻ってきただろうに。
女性は淡々と続ける。
「魔法学校での授業は、生徒であれば無料でうけられます。全寮制なので住むところも心配ありません。が、それ以外はお金が必要になります。ですので、ご自分で稼がないといけません。おふたりとも、ご自分でつくった金属や薬、装飾品などを、こちらへ持ちこんでいました。一年生のうちは」
「一年生? 二年目は違うのか」
「いえ、一年目の夏休みからですわ。行商人に話を聴いたとかで、夏休みや冬休みのような長期間の休みがあると、おふたりでトアク村やノイノ村へ。市場で買ったものを売って、利ざやで儲けていたようです。他国のかたでもご存じでしょう、人参村とたまねぎ村といえば?」
義妹が行商。
眼鏡の女性は更に笑みを深くする。
「フィルラムさんはそういったことに向いていないみたいでしたけれど、メイノエ嬢は才覚がおありで、長期の休みが終わる頃には毎度、金貨の詰まった箱をこちらへ運びこんでくれていました。それらは預かっております。貨幣よりも価値が安定している金そのものにかえて。それに、彼女はとても気の優しいかたで、行商へいった先で、病人や怪我人をただで診ているそうですよ」




