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捜索


 ふたりは森をさまよった。それぞれの義理の姉妹のように。だが、それよりは希望を持って。

 少なくとも俺達は疲れていないし、充分食糧を持ち、馬も居る、と、ティノーヴァは思う。だから、フィルラム達がどれだけ心細かったかは、解らない。

 アーヴァンナッハは顔色が悪く、今にも倒れそうだった。仕方ない。いもうとが居た証拠を見付けたのだ。ティノーヴァだって吐きそうになっている。


 ふたりは目下、フィルラムがのぼった木をさがしている。川の近くだろう、とは話し合った。木にのぼって集落らしきものを見付けたという記述の後に、川で手足と顔を洗ったという記述がある。

 それにしても魔物を見ない。おかしな程に森は静かだ。たまに鳥が鳴いたり飛んだり、小動物がうろついているが、魔物は一度も見ていなかった。ティノーヴァは魔法をつかえないし、剣も自己流だ。だから、魔物が出ないなら出ないほうがありがたいが、違和感はあった。

「こんな気持ちは初めてだ」

「え?」

 女の細腕でも充分のぼれそうな木にのぼり、周囲をひと渡り見て、ティノーヴァは地面へ飛び降りる。アーヴァンナッハはぼんやりしている。「アーヴ?」

「気持ちが悪い」

「おい、大丈夫か?」

 アーヴァンナッハはゆるく、(かぶり)を振った。ティノーヴァはアーヴァンナッハの腕をとり、その辺に座らせる。苔むした石を椅子がわりにしても、アーヴァンナッハは姿勢よく、りんとしている。無表情に空を見ている。

「アーヴ?」

「なんだか奇妙な気持ちなんだ。わたしは焦っている」

「そりゃそうだ。アーヴァンナッハ、あんたは正常だよ。俺だって焦ってる」

「時間がないんだ。それが解る。時間が足りない。もう間に合わないかもしれないと思っている。いもうとを見捨てようとしているんだろう」

 アーヴァンナッハは表情をかえることなく、涙をこぼした。「わたしは非情な人間だ」

「そんなことない。あんた、妹さんが心配で、まともで居られないだけだ」

 アーヴァンナッハはそれには答えなかった。目を閉じて、がくっと(こうべ)を垂れる。彼は眠っていた。


 セーンは主に忠実だった。ティノーヴァがアーヴァンナッハを苦労して抱え上げると、この葦毛の元気がいいのは膝を折り、アーヴァンナッハを背負ったのだ。

 ティノーヴァは礼をいいながら、アーヴァンナッハが転げ落ちないよう、ベルトと鞍を紐でつないだ。それから、邪魔になった傘を、自分のベルトへさしこんだ。

 アーヴァンナッハは死人のような顔色になってる。魔法力が乏しくなったのかもしれない。明日か明後日には満月になるだろう。


 ティノーヴァは、馬達を導いて、歩いた。フィルラムならどちらへ行くだろうと考えさせられる場面は多々あった。フィルラムのことは解っているつもりだったが、ティノーヴァは度々迷った。

 アーヴァンナッハは目を覚まし、紐を外して、自分で歩いた。うっそうと茂った木の葉のすきまからさす、わずかな光で、その金髪がぎらぎらとかがやいた。アーヴはますます人間離れして美しい。ティノーヴァはその思考を追い払おうと、アーヴァンナッハを成る丈見なかった。

「時間がない、ティノーヴァ」

「ああ」

「わたしは薄情だ。わたしは誠実さに欠ける」

「そう、自分を卑下するな。哀しくなる」

「どうして君が哀しむ」

「どうしてもだ」

「君とお姉さんはそっくりだ。友人に優しく、励ましが巧い」

「あんたと妹さんもおそろしいくらいに似てるぞ。そそっかしいうっかり屋を友人だと称する辺りな」

 日はのぼり、落ちていく。


 ふたりは木かげに座り、チーズとパンと、干したくだものを口へいれる。馬達は座っている。水と塩は与えてあった。草を食べていたから、大丈夫だろうとティノーヴァは思う。

「アーヴ」

「ああ」

「兄さんの名前を、忘れてるんだ、俺」

「そうか」

「村に帰ったら、父さんに訊いて、思い出すよ」

「それがいい」

「俺は向き合う。兄さんや、両親のことに」

 アーヴァンナッハは日も差さないのにきらきらする金髪を揺らして、微笑んだ。「わたしも向き合わねば。サートゥンといもうととの縁談はなかったことにしよう。ほかに思う相手の居る男へ、いもうとをやることはできない。そして、いもうとに結婚の意思がないのなら、わたしは強要しない」

 ふたりは微笑みあう。どちらも、胸のつかえが幾らかとれたような心地だった。

 ふたりは〈厄除けの蝶〉を飛ばし、日がのぼるまで休むことにした。


 物音がした。ティノーヴァは目を覚ました。アーヴァンナッハは死んだように動かない。ティノーヴァは危険を感じて、アーヴァンナッハの腕を掴み、引き寄せる。アーヴァンナッハは魂がぬけたみたいだ。起きない。

「誰だ」

 返答はない。

 だがなにかを感じた。なにかを。

 ティノーヴァはアーヴァンナッハを背負おうとしたが無理だった。仕方ないので肩に腕をまわさせ、ひきずって歩く。賢明な馬達は、手綱をひかなくともついてきた。

 月明かりで視野は確保できている。アーヴァンナッハがぼうっとした声を出した。「ティノーヴァ、君はひきかえせ」

「なにを……」

「わたしは行かないといけないらしい」

 アーヴァンナッハの涙がティノーヴァの肩に落ちた。「君をまきこみたくない。いもうともそうだったのだろう」

「アーヴ、お前、参ってるんだ。大丈夫だ。妹さんも、フィルラムも、生きてる」

 アーヴァンナッハが地面を踏む。ティノーヴァから離れようとする。だが、ティノーヴァはそれをゆるさなかった。失うのはもういやだ。「アーヴァンナッハ、お前は俺の為に来たんだ」

 どうしてだかそんな軽口が出た。アーヴァンナッハは微笑んだようだった。

「そうだったな、ティノヴラセッツェン。ありがとう」

 どうして礼をいうんだ? 軽口を笑ってくれよ。ふざけるなと怒ってくれてもいい。アーヴァンナッハ。

 ティノーヴァが口を開いたのと同時に、光があらわれた。その光のほうから声がした。か細く、震え、泣いている声が。

「どうしてですか、おにいさま、どうしてこんなところにいらしたのですか」


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