妖精
ティノーヴァは、アーヴァンナッハが眠ったので、安心して空を見た。アーヴァンナッハがうなされないといいなと思う。たいした悪夢ではなかったといっていたが、アーヴァンナッハはうなされ続けていた。
〈厄除けの蝶〉は舞っている。きらきらと、月の光を反射する。
シャラエーグの話は、フィルラムがしていた。ノーシュベル村に来たばかりで、なじめないティノーヴァに、歌を交えて話してくれたのだ。ティノーヴァはすぐに歌を覚えて、一緒に歌った。
シャラエーグは魔法力の妖精なのだろうか。
ノーシュベル村には、ダエメクの妖精が居る。ティノーヴァは見たことがないが、ディンプのとこのクーノは何度も見ている。それどころか、ダエメクの妖精と、あいつは親しい。ダエメク樹脂のような色をした、目がみっつある、六本指の大男だそうだ。
クーノは嘘を吐かないし、ヴィゼッラも見たといってまっさおになっていた。大体、はしごをかけないと絶対に採れない位置にある、ダエメクの実を、クーノはひとりでとってきた。それに、株分けの前には妖精と一晩過ごす。大人達はそういう時、ダエメクの林へ近寄らないし、ティノーヴァ達子どもも近寄ることは禁じられていた。
妖精は居る。でも、お話に出てくる妖精が、みんな本当に居るとは思えない。
シャラエーグが本当に居るのなら、フィルラムはシャラエーグに気にいられたのかもしれない。シャラエーグはお話のなかで、歌の上手な乙女を好きになる。フィルラムが歌っていると、ダエメクの世話をさぼっていると思った大人が、シャラエーグに連れて行かれるぞといつも脅していた。
歌?
フィルラムとメイノエの部屋から、歌と、それを喜ぶような声が聴こえる、と、女生徒がいっていた。
ティノーヴァははっとした。なにかきらきらしたものが視野をよぎったのだ。それはアーヴァンナッハの髪に触れようとしていた。その手は。
「誰だ!」
ティノーヴァが腹の底から出した声に、小さな手がひっこんだ。なにもなかったみたいに、消え失せた。
アーヴァンナッハが唸る。「ティノーヴァ?」
ティノーヴァは冷や汗を垂らしていた。今、俺は見たのかもしれない。妖精を。




