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東へ 1


 ふたりは、市場や服屋、武器屋などで、必要なものを買い、酒場へ戻った。ティノーヴァは悔しかったが、両替商で金を下ろした。

 下着の替えがふた揃い。毛布。マント。鞄。焼きしめたビスケットと、干したくだもの、チーズ、ふかしてから干したヴァイデの実。靴と替えの靴。〈厄除けの蝶〉を幾つか。天幕。アーヴァンナッハは剣を研ぎに出し、ティノーヴァは剣を買った。


「魔法は」

「からきしだ」

「そうか」

 会話は少ない。ふたりは食事をとっている。

 ゼルドのことは話した。アーヴァンナッハは、そうか、といっただけだ。

 もし、本当にそんな妖精がいて、メイノエがゼルド達に好かれていたのなら、もう死んでいるかもしれない。一度魂をかじられただけでも長生きできないのに、何度もかじられたなら、成人することもかなわないだろう。

 だが、ティノーヴァは、ゼルドは迷信だと思っている。刺繍の巧い今の母が、ぴんぴんしているからだ。


 アーヴァンナッハはティノーヴァを見る。一瞬、死んだ兄を思い出した。

「ティノーヴァ、馬にのってくれと頼んだら、わたしを嫌うか?」

「あんたのいうことは俺はきくよ」

 アーヴァンナッハは微笑んだ。ティノーヴァもだ。フィルラムとメイノエは、こういう気持ちだったのかな。なにも見返りなんていらないから、こいつの為になにかしてやりたいっていう気持ち。

 食事を終えたふたりは、研ぎに出したアーヴァンナッハの剣を回収し、馬屋へ行った。ふたりは、もはやグルバーツェに用はない。用があるのは東の丘陵地帯とその近辺だ。


 アーヴァンナッハは葦毛の元気がいいのを、ティノーヴァは鹿毛の大人しいのを、それぞれ買った。どちらも銀貨8枚で、馬具もついてくる。

 アーヴァンナッハは葦毛を、ティノーヴァに似ていて御しやすそうだといい、ティノーヴァは鹿毛を、アーヴァンナッハに似ていて優雅だといった。

 葦毛はセーン、鹿毛はリアと名付けた。この子はリアだというと、アーヴァンナッハが少し赤くなった。アーヴァンナッハをからかうのは楽しい。


 ふたりは馬に荷物を括り付け、剣を帯び、マントを羽織り、馬にのって街を出た。


「それじゃあ、あれは嘘なのか。オークメイビッド人が塩を買わないっていうのは」

「嘘というか、迷惑な噂だ」

 ふたりは並んで、馬を歩かせている。不用意に急ぐつもりはない。アーヴァンナッハは流石に王子で、馬にまたがった姿はりんとしている。ティノーヴァは、およそ十年ぶりのまともな乗馬だが、感覚は体が覚えていて、無様なことにはならなかった。

 アーヴァンナッハは、絹糸の髪を耳にかける。うっすら日に焼けた肌は、つやめいて滑らかだ。「我らはそのようなことをいっていない」

「ああ、そうだろうな。オークメイビッド人はそんなに見かけないし」

「人魚と戦うのは、毎回、これが最後であってくれと思う。リウブではおいはぎや盗人が我が物顔でのさばり、すきあらば財布や金目のものを盗んでいく。そのような苦労をしてまでラツガイッシュへ訪れる者は、少なかろう」

「あんたは来た」

「ああ。義妹(いもうと)の為に」

「いや、あんたは俺の為に来たんだ、アーヴ」

 冗談にアーヴァンナッハが笑ったので、ティノーヴァはいい気分になった。


 オークメイビッド人が塩を買わないというのは、まっかな嘘だった。塩田で働いている人間は月に決まった量持ちかえっていいことになっているが、一般市民はラツガイッシュのように、市場で塩を買う。アーヴァンナッハはそういった。

「そんじゃ、値段は?」

「1Kgで半銀貨1枚」

「半……オークメイビッドの金は、ラツガイッシュの半分だろ? それじゃあ、半銀貨1枚あれば2㎏買えるじゃないか!」

 ティノーヴァは眩暈を感じる。「それじゃあ、ただ同然だぜ」

「ある程度までは、自動的に生成できるようになっているんだ。くわしい話はできないが、そういう道具があって。だから、人件費もさほどかからない。材料は海水だから、ただのようなものだ。できあがった塩は安くて当然だろう」

 アーヴァンナッハは簡単にいい、ふっと表情を曇らせた。

「だが、さっきもいった通り、海路には危険が伴う。ラツガイッシュで塩が高く取引されるのは、運搬費用がほとんどだ」

「ああ、そうか。海があるもんな」

 ティノーヴァは頷く。塩の値が張る理由が、よく解った。オークメイビッドが不当に値段をつり上げているなんて、誰がいいはじめたのだろう。そいつを殴ってやりたい。そういう思いこみから、アーヴァンナッハに刺々しく接した自分も。

「それでも……」

 アーヴァンナッハが馬を歩かせる速度を上げた。ティノーヴァはついて行く。「アーヴ?」

「君は繊細だから、動揺させそうだ。やめておく」

「なんだよ。気になるから、いえ」

「いい。気にするな」

 アーヴァンナッハは振り返る。「少し走ろう。日暮れまでに、水辺を見付けたい」


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