日記9
メイノエは水を汲みに行った。
今は森のなか。ここはどこ?
おいはぎはまだうろついてて、わたし達は逃げ隠れしてる。あいつらは人間みたいに見えない。包帯、痩せこけた顔、ねじくれた唇、かさついた肌。それに魔物も居る。〈厄除けの蝶〉は舞ってないと意味がない。せまい範囲を舞い続けるものだから、移動中にはつかえない。
わたしは木のうろに隠れてる。メイノエがそうしろといったから。ふたりとも、メイノエが村でつかったり村のひとに分ける筈だった染め粉をつかって、ドレスとマント、前掛けを濃い色にかえた。飾り襟と帽子だけは魔法が強くて、どうしても色がかわらない。帽子は〈無限の鞄〉へいれた。飾り襟は、ないとマントも前掛けも着けられないから、そのまま。布一枚でもあったら心強い。鎧でも着てくるべきだった。そんなの無理なのにね。
わたし達は戦えない。
正確に書きなさいって叱られそう。そうね。戦えはする。でも、おいはぎは何人も居たし、こっちはふたりぽっちり。かなう訳ない。魔物よりも賢い人間は、〈ソイルス爆弾〉なんて避ける。恐怖と焦りが魔法を打ち損じさせる。幾らハルトネ布製だってドレスだから、鎧よりも安心できない。どうせわたし達ふたりは鎧なんて着れないけど
今のところおいはぎには見付かってない。それはいいことよね。でも今のところって書かなくちゃいけない。
はやく助けが来てくれますように。
せめてメイノエだけでも助けて。彼女はオークメイビッドに戻らなくちゃならないの。オークメイビッドの国民の為に、錬金術をひろめて、はやり病でひとが死ぬのをとめたいっていってた。そんなひとが死んじゃいけないよ。そうでしょ?
だって
だってねわたし、昔はやり病で死にそうになって、イスキア先生に助けてもらいました。ノーシュベル村がなくなるかもしれないからって先生がたは来てくれたけど、ダエメク樹液みたいな錬金術に役立つものを生産していない村で病がはやったらどうなってたと思いますか。
先生は助けに来てくれた? 先生がたは。
メイノエはそんな場所でも行くよ。
彼女は行く。みんなを助けたいと思ってるから。それに彼女は自分のつくったものに誇りを持ってる。
彼女は死なせちゃいけない。
暫く歩いた。メイノエは昨夜ほとんど寝なかったみたい。今寝てる。
集落ってどっち?
人間の欲なんて大嫌い。戦なんて大嫌い。戦をする国なんて大嫌い。全部大嫌い。
地図をどうにかして手にいれるべきだった。地図。国が発行を禁じてる忌々しい地図よ。図書館にだって置いてない。ひとに訊くしかないの。
(白い飾り襟、マント、前掛けの娘、下手から歩いてきて、弾む声で)
ごきげんよう衛兵さん、桃の村まではどう行けばいいですか?
やあお嬢さんごきげんよう(控えている衛兵踵を打ち鳴らす)桃の村までは北東方向へ歩きで二十日だよ。
あら。
(娘、口を塞ぐ。効果的に目を瞠って)
(衛兵にこやかに、穏やかな節をつけて)
馬車ならもう少しはやくに着くよ。途中、馬車で通れないところは、馬にのるか歩きだね。
まあ!
(娘、手を叩く。音楽高まる)
ありがとう衛兵さん! わたし、魔法学校の生徒なんです。さあ早速準備をしなければ!
(衛兵達口々に)
準備? なんの準備だい?
(娘、両腕を天へ伸ばしながら、力を込めて)試験よ!!
わたしって劇作家の才能はないみたい。イスキア先生、信じてくれないかもしれないけれど、わたしこれでも歌は上手なんですよ。メイノエを感激させるくらいには。それにとりの鳴き真似もとくいなんだから。
ねえまぬけなアークアスの質問を覚えてます先生? どうして地図をつくってはいけないんですかってやつ。
他国に知られたら攻め込まれるからです。簡単でしょ。あのまぬけはどうしてそんなことも解らないんでしょう。みんな笑ってましたね。メイノエ以外は。
オークメイビッドの地図なら本で見た。オークメイビッドが攻め込まれた? 少なくともこの百年は、侵略されたことはない。
まぬけはアークアスじゃないみたいね。この国の人間がまぬけだわ。わたしも含めて。居もしない敵に怯えてる。相手が剣をおろさなきゃ自分もおろさないっていって殺し合うのよ。わたし達の二百倍賢いオークメイビッドが剣をおろしてお手本を見せてくれたのに、誰も真似をしようとしない。
グリュシュタックがあった!
実を摘んできた。手が紫色になってる。メイノエはまだ眠ってる。わたしは皮なんてむかずにグリュシュタックを意地汚く食べた。ノートの汚れはそちらでも見えるんですか、先生。
メイノエはわたしがひとりでうろついたことを怒った。ごめんね。でも我慢ならなかったの。こんな情況。
グリュシュタックはふたりで分けて食べた。種も皮も残さず。そんなことしたら、おいはぎに見付かるかもしれないから。用足しも、成る丈痕跡を残さないようにした。
もう夜。疲れた。集落が見付からない。眠ろうと思っても眠れない。薬をつかうと眠りが深くなりすぎて、おいはぎに見付かった時にすぐ逃げられないから、薬は服めない。
メイノエは賢いし、こんな時でも落ち着いている。森のなかで、何本もの木に紐を結び、罠をつくった。どの紐もわたしとメイノエの魔法力が込められてる。ほかの魔法力を関知すると紐が解け、〈ネラフィン〉の容器が落ちてくる。メイノエって追い詰められる程に頭がまわるみたい。わたしはおたついてるだけ。
月が出てる。明日は晴れるかな。助けは来てくれる?
先生、これを読んでますか。




