日記8
心配なんだけど。
うーん。
メイノエ、よなかに起きていない? 大丈夫?
調剤なら手伝うよ。それともわたしの手は要らない?
どうしてここに書いているのかって?
メイノエが寝てるから。こんなのめずらしい。彼女凄く疲れてるみたい。〈厄除けの蝶〉も、昨夜飛ばしたのはふたつなのに、朝になったらよっつ落ちてたし、どういうこと?
地面がどんどんでこぼこしてきた。
もうそろそろ集落だって。集落近くはもっと足場が酷いことになってるらしいから、手前でおりる。メイノエを起こしとこうと思ったんだけど、顔色がよくなくて、やってない。昨日洗っておいた洗濯もの、たたんで〈無限の鞄〉へいれておいた。集落への到着は夕がたくらい。歩きも計算にいれて。
お昼はなにを食べようかな。
ご飯おい
ねえ信じられない。最低だよ。迷った。
ここがどこだか見当もつかない。メイノエは泣いてる。わたしが怪我したから。治してもらえたけど、歩けそうにない。疲れてる。走りまわって。それに気分も悪い。目がまわって、手に力がはいらないの。
今メイノエが外で〈厄除けの蝶〉を飛ばしてる。巧く行かないみたい。彼女らしくない悪態が聴こえてくる。
わたし達は洞窟って
いうか、横穴のなかに居る。自然にできたものじゃないと思う。 のみた
誰かが掘ったも い
ね
ごめんねるね
フィルラムちゃんは眠っています 大丈夫
イスキア先生 わたし達は失敗しました 救援をお願いします。
現在地は解りません グルバーツェから北東方向へ馬車で五日以内のエイフダーマ村へ向かう道程の間にある集落その近くだと思います逃げまわりましたがわたしはあしが遅いですからそんなに離れてはいない筈なので
おいはぎが出ました御者さんは無事でしょうか 御者さんの無事も確認してください エクレン商会に謝罪を伝えてください そして御者さんのご家族にお伝えくださるよう頼んでください御者さんの治療費はわたしに請求してください両替商に預けていますブィグラスですメイノエ・フェアマティはイスキア・アニマフ先生を代理人に指定します。この文面を見せれば両替商は納得するでしょう。もし怪我ですまなかったのならその分は賠償します。なんたる
オークメイビッド王女メイノエ・フェアマティは魔法学校教師イスキア・アニマフを代理人に指名し、両替商ブィグラス商会にて保管されている資産をひきだすことを許可する
わたし達は馬車から降ろされて、御者さんは気絶させられてしまって、フィルラムちゃんが腕を切られました血が流れました。とても。
夢中で、杖を振りまわしました。つかったこともない、攻撃用の魔法をつかって、フィルラムちゃんの腕を掴んでいる男にあてました。
殺してしまったかも
そんなことになっていたら生きていられません
いいわけだわ ここにかいているのはいいわけ
フィルラムちゃんは治癒しました。心配なさらないで下さい。出血は多かったです。薬はあります。おいはぎ達は困窮しているようでした。痩せたひと。咽に痰が絡んでいるひと。わたし達の身ぐるみをはいで、どこかへ売り飛ばすといっていました。お金がないからと。怪我人も居ました。この辺りは魔物が多いのですか?
誰も答えてくれる訳ない。
フィルラムちゃんの容態は安定しています。念の為治癒魔法をもう一度かけました。汚れたドレスは脱がせて、新しいものを着せました。ハルトネ布製でなかったら袖だけ切っていたけれど、ハルトネを切れるような刃ものを持っていなかったので。
呼吸も脈も熱も問題ありません。お水で濡らした布で唇をしめらせておきました。つづらを置いてきたので薬の材料があまりありません。薪を拾ってこなくては。
わたし自身も元気です。
薪を拾ってきました。入り口あたりに罠を仕掛けてあります。わたし以外の魔法力を関知すると解けるように、魔法力をなじませてエグラフ紐を結んでおきました。さっきフィルラムちゃんに〈上級毒予防薬〉を服ませ、わたしも服みました。エグラフ紐には〈ネラフィン〉をいれた容器を括り付けてあります。不届き者が近付いてきたら、あの猛毒を浴びることになります。
わたしは調剤をします。それが一番落ち着けることだから。
生きた心地がしない 主よどうぞ導いてください
わたしが死んだら持ちものはすべて教会へ。いえ、エグラフ紐をひとまききお兄さまへ。それ以外を半分はあの御者さんかその家族へ、残りを教会へ。エグラフ紐はお兄さまの髪を束ねるのに丁度いいでしょうから。
それから魔法学校には一切の責任を問いません。これは証拠にしてください。メイノエ・フェアマティはその死の責任を魔法学校へなすりつけるつもりはありません。すべて自分の責任です。お父さまお母さまお兄さま、わたしが死んだことで魔法学校を責めないでください。
この文章を公開してください先生。わたしは今の両親も兄も、心から愛しています。わたしの家族が誤解されないようにしてください。わたしのわがままで入学したのです。わたしの勝手なのです。
誰かが
フィルラムちゃんは大丈夫。わたしも生きています。わたし達はまだ生きています。くらいなかを移動する勇気はありません。夜が明けるまでここに居ます。人工と思しい横穴です。とても寒いところです。動物も魔物も来ないでしょう。
夜が明ける前にフィルラムちゃんを起こして逃げます。〈厄除けの蝶〉は人間には効きません。わたし達を追ってくるかもしれません。
集落を目指します。おいはぎに追われれば進路をかえざるを得ないでしょう。わたし達はとにかく北東を目指します。グルバーツェへ歩いて戻る気力はありません。近くにあるという集落もしくはエイフダーマ村を目指します。はやくこの地帯をぬけて馬車に逃げ込みたい。




